以下の文章は、「月刊Voice」2018年6月号に寄稿した記事を、タイトルを変えて転載したものです。3回に分けて掲載します。
思想家・西部邁氏が二〇一八年一月二一日、東京都大田区の多摩川で自裁されました。発見当時、西部氏は土手の樹木にロープで体を結びつけていましたが、手が不自由で単独作業は不可能とみられていたことから、捜査関係者は、当初から事件性を疑っていました。
四月五日、西部氏と親交があり深く彼の思想を信奉していた二人が、自殺幇助容疑で逮捕されました。本人たちは容疑を認めています。一人は昨年九月ころから道具を用意していたという報道もあります。西部氏はかなり前から周囲に自殺の意思を周囲に打ち明けていたので、二人とも十分覚悟した上でのふるまいだったのでしょう。
幇助が報道されるまでは、おおむね、西部氏の自裁は日頃の死生観を言葉通りに実行し、思想家としての、また一人の実存者としての自己完結性を示したものという肯定的評価が多かったようです。しかし幇助が明らかになるに及んで、ずいぶんと議論が巻き起こりました。批判的なものだけを集めてみますと、「二人には妻子があるのだから、日頃、人に迷惑を及ぼさない死に方を提唱していたのと矛盾する」「最後の番組で、一人で生まれ、一人で生き、一人で死ぬと語っていたが、その言葉を裏切っている」「手が不自由でも一人で死ぬ方法はいくらでもある」「少し裏切られたような気分だ」等々。
それほど深くはありませんが、近年浅からぬお付き合いをさせていただいていた筆者としても、他人事のように客観的な語り口に終始するのはフェアではありませんので、少しだけ感想を述べます。
西部氏は、ずいぶん前から自死を選ぶことを語っていました。筆者は率直に言って、「そういうことはあまり公言すべきことではないのではないか」と感じていました。
もちろん、彼の思想は、ただ「いのちの大切さ」や「人権尊重」ばかりを声高に主張し「よく生きること」を忘れた戦後社会のだらしないあり方に対する激しい否定性を秘めていましたから、その部分ではよくわかるところがあり、半ばは共感していました(あくまで「半ばは」です)。
しかし、言論や思想としてそのことを訴え続けることと、自分の身の処し方をどうするかとは、別問題です。そこは切り離しておいた方がいいのでは、と思っていたのです。
このたびの「事件報道」を知って、まず、西部さん、ダンディだったのに、ちょっとカッコ悪いな、という印象を抱きました。あの配慮の行き届いた西部さんが、手伝ってもらう二人に迷惑が及ぶことを考えなかったはずはないからです。
でも、次に思ったのは、三人の間の具体的なやり取りを詳しく知らないこちらとしては、あまりそこに介入できないなということでした。二人のほうも、自分の家族に対してはアフターケアを十分に考えた上でのことだったかもしれませんし。
結局、これはプライベートな成り行きであり、西部思想との関係をあまり大げさに論議するのもどうかと思います。言行不一致を道義的に問題にしてもあまり意味はない。小林秀雄ではないけれど、出来上がった思想は「言葉」としてすでに実生活からは自立しているのだから、後世の人に味わい尽くされることによって、残るものなら残るべくして残るだろう――こんなところに落ち着きました。
ところで、ここからは、西部氏個人にまつわる問題とは少し離れて、自殺幇助(または安楽死)ということを、倫理的にどう考えたらよいのかという一般的問題を扱ってみたいと思います。
法的な面を整理しておきます。
自殺幇助罪は、刑法202条「自殺関与・同意殺人罪」のなかに含まれ、自殺教唆罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪と並んで、六か月以上七年以下の懲役または禁錮と決められています。
自殺について、違法か違法でないかの二つの考え方があり、幇助罪もこれに準じて考え方が異なります。自殺を違法とみる場合は、当人の「責任」が阻却される形で結果的に罪に問われないことになりますが、幇助はそのまま違法とされます。また違法ではないとする立場では、自殺自体は違法性が阻却されますが、幇助は他人の意思に影響を及ぼし生命を侵害する行為だから違法であるとされるわけです。
この二つの考え方に従って、幇助の着手時期にも違いが出てきます。
前者では、実行開始時が着手時期とされますが、後者では、自殺関与自体が独立した犯罪ですから、幇助を始めた時期が着手時期となります。薬物や道具の準備などを始めれば、それが着手時期となるわけです。
これは、準備期間中に当人が翻意した場合、前者の場合なら犯罪として成立しませんが、後者は未遂罪が成立するという違いとして現れます。
判例をつまびらかにしないので正確にはわかりませんが、幇助では、現実的に後者の立場(自殺を違法でないとする立場)の方が厳しい形を取るのかもしれません。
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