お役目を終えた旧瓦。
先の雪害から無傷で残った瓦を、眼鏡橋のモニュメントの上に、瓦のモニュメントとして残していただきました。
瓦職人さんには、本業以外のお仕事を暑い中にもかかわらず真摯に取り組んでいただいて、
誠に有り難うございました。
後ろ姿。寂しくも見えますが、これまでお堂を護ってくれた旧瓦には、歴史の証し、モニュメントとしてのお役目を担っていただきます。
おそらく、3年も時が流れれば、石橋の石と一体化していくことでしょう。
お役目を終えた旧瓦。
先の雪害から無傷で残った瓦を、眼鏡橋のモニュメントの上に、瓦のモニュメントとして残していただきました。
瓦職人さんには、本業以外のお仕事を暑い中にもかかわらず真摯に取り組んでいただいて、
誠に有り難うございました。
後ろ姿。寂しくも見えますが、これまでお堂を護ってくれた旧瓦には、歴史の証し、モニュメントとしてのお役目を担っていただきます。
おそらく、3年も時が流れれば、石橋の石と一体化していくことでしょう。
小首を左に曲げて見て下さいm(__)m
日本古来の先祖崇拝のかたちに、水辺に小屋(棚)を建て、祖先に捧げる布を織ってこの小屋の棚に載せた棚機(たなばた)都女の行事、ってのがあって、・・・(棚機都女はこの祖先に捧げる布を織る女性のことで、その織物を織る機織り機が棚機)
後代に中国からやってきた七夕(しちせき)の節句は、この土着の棚機の行事ときわめて似通っているもんで、いつのころからか意味も混同されるようになって、日本の行事として定着化し、最終的には、「シチセキの節供」が「たなばたの節供」と呼ばれるようになり、「七夕」を「たなばた」と読む不思議な読みが定着してしまったのでありました。・・・ということらしく。
くわしくは、http://koyomi8.com/directjp.cgi?http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0728.htm
で。
蛇足:織り姫と彦星のお話は、今の世の感覚ではとっても人権蹂躙。仲が良すぎることは善きことと思う、よ。
人間に口が一つなのに、耳が二つあるのは、自分が話す倍だけ他人の話を聞けということ。 (ユダヤの格言)
なるほど、わかりやすい格言ですね。
仏様の耳も、多くの人々の悩み苦しみを聞き入れるために、大きくふくよかな耳をしてらっしゃいます。人の話を多く聞きなさいという教訓は、言い換えれば、自分の主張はそこそこにしておいて、その人の気持ちを理解しなさい、察しなさい、思いを深めなさい、イメージを深めなさい、ってことだと思います。
仏教の修行にある「利他行リタギョウ」の中に、「 同時ドウジ」ってのがありまして、
他人の立場に立って、その人の気持ちと同じ位置に立って物事を考え、そして行動をする、という修行です。このユダヤの格言は、まさにこの仏教の修行だと思いました。
自分の事ばかり主張したり、相手の気持ちを理解しようと努力をしない習慣のままでいると、人の心はどんどん離れていきますし、ややもすれば、ひどいしっぺ返しがあるやも知れません。人の気持ちに耳を傾けることは、結局は自分が救われる為の、解放される為に大切な修行なんです。
合掌
殺風景な岩肌に、凛と咲く一輪の花。
忌明け法要終了後、参会者とともにお斎会場へ移動。
お料理が垢抜けしていて、この地域ではとてもおいしいことで有名な会場でした。
でも、食事療法で病気の治療と体質改善につとめている私にとって、
それほどうれしい場所ではありません。
でも、会場に設けられた住職席に着席してすぐ目に入ってきたのが、
大皿一杯に盛りつけされた色とりどりのお野菜。
周囲の席を見ても、こんなでかいサラダはどこにも見当たりません。
そうです。私の為だけにしつらえてくれたお料理です。
お施主様のお計らいのようです。正直とってもうれしゅうございました。
カロリーゼロのノンアルコール飲料もたくさん並んでます。
おかげで、なんのストレスもなく和気藹々とした忌明けの供養ができました。
お施主様のご配慮は、きっとすてきなご供養になったことと思います。
自分よがりな住職の性格まで見通して下さるお施主様の気遣いに、とてもうれしい一日でした。
深感謝 合掌