これでいいのダ

心をラクに生きましょう。どんな日々もオールOKです!

この国を護る存在(1)

2015-09-29 22:10:34 | 国を常しえに立てます
草津に長逗留したため、シルバーウィークの最終日は完全に湯あたりしていました(笑)

湯あたりというのは、詰まるところエネルギー過多の状態です。
熱が出たり、頭痛がしたり、頭がクラクラしたり、気持ち悪かったりして食欲もありません。
こうなると半病人ですから、ひたすら寝て自然なチューニングを待つことになります。

それを見越して最終日は自宅に戻ったのですが、目論見ハズれ、急遽茨城に行くことになりました。

まだ大阪に住んでいた頃、今年は東京に戻らないとマズいという感覚とともに、行くべき場所が何ヶ所か
浮かびました。
箱根もその一つだったわけですが、同じように鹿島神宮と香取神宮が来てました。

箱根に行ったあとは流れとして南九州が先に来て、そのあとは湯あたりでシンドイ体調だったりして、
さて少し休んでから次の週末にでも行ければいいかと思っていたのでしたが、そうは問屋が卸さずでした。
こうなると、むしろ草津白根山のエネルギーをマックス帯電したからこそ行くのかと割り切るしかありません。

鹿島神宮と香取神宮は、昔から利根川水系と関東の地を護ってきました。
とても由緒ある神社で、『延喜式』の神名帳には伊勢神宮と並んでこの二社だけが神宮の神号で記されて
いたそうです。
創建は古く、いずれも二千六百年以上前と言われています。

鹿島の御祭神である建御雷神(タケミカヅチノカミ)と、香取の御祭神である経津主神(フツヌシノカミ)
は、天照大御神の命を受けて大国主命に国譲りの交渉に赴いた神様です。
神話にも書かれていますように、最初は話し合いで解決を図り、最後は剣を置いて力くらべで説得を試み
ました。

これを両軍同士のせめぎ合いと見ることも出来ますが、ここでは神話に描写されたその精神性、心の
内面性に着目したいと思います。

力くらべなどと言うと平和な響きに聞こえますが、昔の相撲が殴ったり蹴ったりするのも有りだったように、
恐らくパンクラチオンルールのようなものだったのではないかと想像します。
但し、目や急所を突いたり、背骨や後頭部を折りにかかるような凄惨なものではなく、子供の清らかな心
での喧嘩と同じものだったでしょう。

卑怯なことなど、しようとも思わない。
武器を捨て、素っ裸になって己の身一つだけでぶつかり合う。

喧嘩に限らず戦さもそうですが、己の我欲のために闘う場合と、己の損得に関係なく公や義、あるいは
相手のために闘う場合とでは、自ずと魂の定まり方が違ってきます。
物理的な優劣というのとは明らかに違う、魂の部分での大きさ、言い換えればどれほど濁らずクリアで
在るか、天地と一体になっているか。
そうしたものは、お互いの心に響き合います。
相手を打ち伏せたとか、そのような見た目だけの短絡的な判断ではなく、心にじんわりと感じるものです。
あぁ、到底かなわない、なんて大きな心なんだろう。
そのような気持ちが心の底から湧き上がるわけです。

見た目の結果だけを追おうとする時、その心は私利私欲に染まっています。
姿形としては優勢であろうとも、心は自分だけの世界となっており、そこには天地と断絶した単なる一個体
があるだけとなります。
互いの心に響くものなど、カケラもありません。
力でねじ伏せるという、見た目の結果だけを100%追いかける行為には、人としての崇高さや深淵さなど
皆無で、そこには軽薄さしか残りません。
仮に、形としての勝ちを良しとするならば、人間よりも遥かに力の強い野獣の方が偉いのかという話になって
しまいます。
お互いが私欲を捨てて、透明な心でぶつかり合った時に初めて、人としての深淵な心に触れることが
できるのです。


それこそは、現代の武道にも通じるものです。
スポーツというのは、決められたルールの中での勝ち負けが基本のため、結果を求めがちになってしまい
ます。
しかし、武道では勝ち負けというのはあくまで単なる結果でしかなく、それよりも大事なことはその過程、
その最中であり、その心の清らかさにあるわけです。
つまり、スポーツとは心の向いている方向が根本的に異なるということです。
結果の方などには向いていない。
途中途中の感覚を追っている。
気づいたら勝っていた、あるいは負けていた。それだけです。
だから武道におけるガッツポーズなどというのはあり得ないのです。
それは「結果」という上っ面しか追っていない心の現れであり、私利私欲に囚われた自我の現れであるとして、
そもそもの一歩目から明後日の方向を向いてしまっていることになります。

これは武道が、スポーツとは遥かに遠い異質のもので、むしろ座禅や禅行などに近いものであることを意味
しています。
肉体を使い、自他が対峙するというスタイルを見るとスポーツに近いのではないかと思ってしまいがちですが、
実際は、料理や読書がスポーツとは全く違うのと同じくらいに、別ものであるわけです。

そもそもそこには、勝ち負けという概念がありません。
自分に克つ(かつ)とか、そういうことですらありません。
心の透明性を追い、天地との一体化を目指すだけです。
ですから、ガッツポーズなどという発想自体あり得ません。
ガッツポーズをしてはいけない理由として、対戦相手への礼儀だとか、惻隠だとか、感謝だとか、そういう
優等生的な理屈を並べること自体、すでにピントがズレたものであるわけです。

国譲りを見ますと、そこには同じように心の透明性が感じられます。
だからこそ鹿島神宮と香取神宮の神様は、古来、武道の神様として篤く信奉されてきたのだと思います。

神話では他にも、素戔嗚尊(スサノヲノミコト)が天照大御神のところへ攻めに来たと疑いをかけられた際、
その誤解を解くために互いの持ち物を砕いて吹いて、その清らかさを確認し合う、「誓約(うけひ)」という
ものがありましたが、これもまたの我欲のない濁り無さを確かめ合うものだったと言えます。
「うけひ」にも、国譲りにも、武道にも、日本人が知らず知らずのうちに追い求める天地人合一の清らかな
精神性が、共通して流れているように感じられます。

「うけひ」について、もう少し触れてみたいと思います。
この時に何をもって勝ちとするのか事前に決めていなかったのがミスだと言われますが、古代の清らかな
心の日本人からすれば、それは言わずもがなであったのではないかと思います。

天照大御神が、須佐之男命の刀を噛み砕いて吹いたら三女神が現れました。
素戔嗚尊が、天照大御神の玉を噛み砕いて吹いたら四神が現れました。

つまり、そもそもが勝ち負けという次元のものではなく、いかに互いが濁りなき清らかな心にあるかを確認し
合うものだったということです。

そうなると、そのあとの場面として一人で大はしゃぎする素戔嗚尊の行動が理解に苦しむところですが、それも
後世の人間考えで、「うけひ」を勝ち負けの勝負だと解釈してしまい、無理な話を付け足した結果だと考えれば
辻褄が合います。
さらに、そのあと素戔嗚尊が高天原で乱暴狼藉の限りを尽くす場面に至っては、完全にストーリーが無茶苦茶
だと言わざるを得ません。
私も子供心に、この部分が全く受け入れられずにモヤモヤして気持ち悪かったことを覚えています。
この場面を思うと、今でも心の底がドンヨリとイヤな気持ちになります。
この部分は、悪意をもった改竄を感じずにはいられません。

素戔嗚尊は凄い神様です。
スサまじい神様です。
益荒男(ますらお)の象徴です。

関東というのは、素戔嗚尊系が数多く祀られた土地です。
武蔵国一之宮である氷川神社の系統だけでも200社あると言いますし、大国主命をご祭神としている
神社を入れたらさらに凄い数となります。
出雲族の末裔が、都が栄える前の片田舎に大勢流れて来たとも言われますが、そうした歴史以上に、
結果として素戔嗚尊系統が多く祀られた土地が、この国の中心として栄えているということが、非常に
意味深いことだと思います。

この天地宇宙は、のっぺりした単一のものではなく、陰陽の濃淡に彩られています。
あらゆるエネルギーの循環が、陰陽となって現れています。

天照大御神は女性のエネルギーであり、和魂(にぎみたま)のエネルギーです。
素戔嗚尊は男性のエネルギーであり、荒魂(あらみたま)のエネルギーです。

和魂のエネルギーである天照大御神の中にもさらにまた和魂と荒魂がありますし、荒魂のエネルギーで
ある素戔嗚尊の中にもさらにまた和魂と荒魂があります。

エネルギーの流れるところに陰陽が現れます。
極大から極小に至るまで、この天地宇宙はエネルギーの循環で充ち満ちているということです。

陰と陽がそうであるように、和魂や荒魂もまた、本来一つのものであり裏表です。
どちらがより良いという次元のものではありません。
結果としての現れに過ぎず、互いに互いがなければ元より存在すらしていません。

私たちも、男性は、表の男性性の裏に女性性があり、女性は、表の女性性の裏に男性性があります。
どちらか一方ではなく、その循環とバランスによって、力強く生かされています。

プラス極とマイナス極というのは、磁力線が流れているから存在するわけです。
プラスとマイナスがあるから磁力が流れているのではありません。
流れることによって、プラスとマイナスというものが生じるのです。
流れが無ければ、そもそもプラスもマイナスも存在しないわけです。

私たちだけでなく、天地宇宙そのものも、そこに存在するということは、そこにエネルギーの循環が
あるということです。
循環が発現したものが、存在であるわけです。
言い換えれば、陰陽のエネルギーというのは、私たちが今ここに存在できている証し(あかし)なのです。


(つづく)


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大地の恩恵

2015-09-22 22:02:44 | 日本を旅する


今週は群馬の草津温泉に行ってまいりました。

そもそも温泉というのは、大地のエネルギーそのものだと言えます。
温泉郷ともなると、町全体が地面から湧きあがるエネルギーに満ち溢れています。
こうした場所は、地球のマグマのエネルギーがほんの少しだけ地表付近に洩れ出した所です。
私たちは大地のエネルギーのおすそわけを頂いているわけです。

自噴泉というのは、こうしたエネルギーが地面の下には収まりきれずに溢れ出たものですから、
強大なエネルギーを帯びています。
逆に、掘削して地下から引き揚げた温泉というのは、いわば注射器を刺して吸い上げているような
ものですから、どうしても質の異なるものとなってしまいます。

また、草津のようにあちらこちらに入浴場があると分かりやすいのですが、同じ源泉でも距離と
時間によって質が変わってきます。
当然のことながら、源泉に近ければ近いほど、あるいはお湯が新しければ新しいほどそのエネル
ギーはクリアかつストレートになります。
ちょうど炭酸水の封を開けると、時間とともに気が抜けていくようなものです。

あるいは、入浴者が多いほどエネルギーが薄まっていくということもあります。
人がエネルギーを吸い取るわけではなく、人の帯びたエネルギーを中和して行くことで薄まって
いくと言った方が近いと思います。

とは言いながら、鮮度が良ければいいのかというと、それも自分の体調によりけりで、エネル
ギーの強いお湯というのはそれだけガツンと身体に来るものです。
体が弱っている時や、氣の流れが滞っている時に、いきなり強いエネルギーを受けてしまうと
逆に大きなダメージとなる場合もあります。
どこが一番ということではなく、その時々の自分に合ったお湯が一番ということです。
そうしてまた、どのようなタイプの泉質が好きか、人それぞれの好みにも分かれていくわけです。

人間はもともと、外から内へ、内から外へと天地のエネルギーが流れることで生かされています。
様々な夾雑物で濁ってくると、その流れが滞り気味になってしまいます。
本来は、自分で清らかにしていくのがベストですが、大地の力を借りてそれを整えていこうという
のが湯治であるわけです。

大地のエネルギーに人智を超えた畏れ多さと有り難さを感じればこそ、古い湯治場では昔から
その縁起として役行者や空海、聖徳太子、日本武尊などの名前が出てきます。
温泉が効く理由については、物理的な有効成分があげられますが、実際は目に見えないエネルギー
が大きな要因を成しているのは、日本人ならば感覚的に分かることだと思います。
実際、大した有効成分が入っていない無色透明の単純泉であっても、いいお湯はガツンと来るものです。
何だか分からなくとも間違いなくそこにある有り難さ。
こうした誰の目にも明らかなエネルギーに触れると、人間はどんな偏屈者であっても真っさらな
素の状態に戻ります。

草津のような酸性の強い温泉地では鉄が錆びてしまうということで、江戸の昔から刀などお腰の
物は全て預けさせられて、武士も庶民も関係なく一人の人間として丸裸で風呂に浸かりました。
衣服だけでなく世間的なしがらみも脱がされて、肩の荷をおろし心も素っ裸になって、大地のエネル
ギーに身を預けたわけです。
身分制度が無くなった現代であっても、相変わらず人は世間に縛られて暮らしていますが、やはり
温泉に来ると同じように素っ裸になります。

目に見えないおかげさまのエネルギーを前にした時、人は素の状態に立ち返って我が身を預けたく
なる衝動に駆られます。
それは田舎の実家に帰った時の感覚と同じものと言えるかもしれません。
故郷の温もりに身をゆだねて、生まれながらの状態に戻る。
誰に気兼ねすることもなく、窮屈な服装もかしこまった肩書きも、あらゆる装飾を脱ぎ下ろして
フーッと息をつく、絶対的な安心感に包まれるわけです。
それこそが、母なる天地の懐にいだかれる魂本来の状態ということです。

自噴の掛け流しの温泉であれば何も言うことはありません。
そこに浸かると、誰もが無の境地になっていきます。
最初のうちは様々な雑念が湧いてきますが、気持ち良さに心を乗せていくうちに、湯に溶け出す
ようにして何も無くなった状態になっていきます。
ボーッとした状態とも言えます。
これが無我の状態です。

無我というと、ピシッと背筋を伸ばして我欲や執着を昇華させたのち辿り着く境地のように思い
がちですが、実際は単に我を忘れた状態であるわけです。
もちろん、自らを律してピシッとやった先にも同じものが現れるでしょう。
しかしそれはそれとして、私たちは我執を手離し、周囲と溶け合って天地と一体となる状態を身近で
経験しているということです。

日本人はお風呂好きで有名ですが、結局は、日々この無我の境地を知らず知らずのうちに求めている
ということになります。
湯船に浸かって頭をリセットすると言いますが、スバリその表現の通りなわけです。
そして温泉の場合は、そこに大地のエネルギーも加わるということです。

湯に入った時に賑やかだった人たちも、10分もすれば自ずと静かになっていきます。
我執が湯に溶け出していくからです。
また、温泉帰りに電車の中で元気に騒いでいた人たちも、ものの10分もするとスヤスヤ寝息を
立てて天地と一体となっていきます。
先ほどまでうるさかったのが、フト気づくと全く気配が無くなり、振り返るとスヤスヤ寝ている。
気配がないというのは、そこに存在感がないということです。
存在感がないというのは、内外の隔たりが無くなり、天地の風が通り抜け、透明な状態になって
いるということです。

以前、箱根の山深い日帰り温泉に行った時の話ですが、そこの休憩室はフルオープンで緑の風が吹き
抜ける造りになっていました。
湯あがりにその休憩室へ行くと、30人以上もの人たちが足の踏み場もない状態で横にくつろいで
いました。
最初はあちこちがザワザワしていたのですが、20~30分もするとスーッと気配が消えていきました。
そこには30人もの人が居るとは思えないほど、透明で爽やかな風が流れていました。
誰もがスヤスヤと気持ち良く眠って、不思議なことにイビキひとつ聞こえません。
その風景と感覚に触れた時「眠っていればみんないい子」という言葉がスッと湧き上がってきました。
眠れ良いコ、ズンチャッチャ...と旋律が流れてくるようでした。
いい年の大人ばかりが寝ていたのに、それが赤児と重なったわけです。
この感覚というのは、果たして誰のものだったのでしょう。

私たちは、素直に寝ている時、誰もが天地と一体になっているのだと思います。
逆に、寝ている時にも日中のしがらみを手放せずにいると、天地とツーツーには成りきれないと
いうことになります。

当たり前のことですが、具合が悪い時は寝るに限ります。
それ以上に、重い病状になると意識不明に陥ることすらあります。
もしかするとその時、私たちは天地と一つになって懸命の自己治癒を図っているのかもしれません。

寝ても起きても、我が勝り過ぎると、天地との間に壁が生じてしまいます。

温泉地に来てもガツガツしたままだと、どんなに素晴らしいお湯であっても半減かもしれません。
湯に浸かり、すべてを湯に預けてしまことは、天地に浸かり、すべてを天地に預けきっていること
に通じます。
日ごろからその感覚にあるのが理想なのでしょうが、せめてその時だけでもその感覚に浸れるのは
本当にありがたいことです。

温泉のエネルギーとは、大地のマグマのエネルギーです。
日本列島ならではの大地の息吹きであるわけです。
それは時に大災害をもたらすこともあります。
決して綺麗事で割り切れるものではないでしょう。
それでも、今はただ、純粋に大地へ感謝の思いを置いていきたいと思います。

そうした様々な思いとともに、次は、鹿島と香取へと感謝を伝えに行きたいと思います。



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太古のロマン

2015-09-19 16:50:09 | 日本を旅する


先週末、鹿児島に行ってきました。

南九州というのは足元からグツグツと沸き立つエネルギーに満ちています。
阿蘇から高千穂、霧島、桜島、錦江湾、開聞岳、屋久島へと縦に走ります。
実際、 太古からこのラインで途轍もない噴火が繰り返され、今なおグツグツと煮えたぎっている
わけです。

先日テレビの特集でも、富士山の噴火というのは関東・東海エリアの被害にとどまるのに対して、
南九州の大噴火となると遠く北海道まで火山灰が降るほどの凄まじさだと言っていました。

確かに、阿蘇のあの広大なエリアが全てカルデラだと言われると、いったいどれほどの山が吹き
飛んだのか、想像しただけでもゾッとします。
そうした噴火跡が阿蘇以外にも点々とあるというのですから、九州というのは全くもってとんでも
ない場所です。

当然のことながら、こうした山の麓には、太古、都が栄えていたことでしょう。
今もそういう場所に行くと、私たち現代人でもその溢れ出る大地のエネルギーをビシビシ感じます。
ましてや自然とともに生き、天地とともに在った人たちならば、それこそ野生の動物たちが水飲み
場に集まるようにそのエネルギーのもとに集まったことでしょう。
それは南九州だけでなく、富士山麓もまた同じだったと思います。
今でも八ヶ岳や富士五湖のまわりには、色々な人たちが集まっています。
今よりもマグマが活発に流動していた時代、そうした場所はもっと強大な大地のエネルギーをほと
ばしらせていたのではないかと思います。

神話の始まりは今の宮崎から鹿児島あたりとなっています。
それ以前に阿蘇山麓や富士山麓に栄えていたものは、日本版ポンペイによって散り散りになったと
考えるのが自然でしょう。
そうした中から、他の豪族との和合を重ねながら、より良い土地へと都を移していく一族が現れた
ということです。

日本列島の活動と合わせるようにして、数千年から数万年の歴史の中でこのような変遷があったと
考えると、この千年や二千年というのは比較的平穏な時代だったと言えるかもしれません。

今回の鹿児島旅行では、開聞岳から桜島、霧島連山、高千穂峰を仰ぎ見てきました。
大地からフツフツと沸き立つエネルギーは未だ健在でした。
屋久島のすぐ隣の口永良部島が噴火し、桜島も相変わらず噴火を繰り返し、そして阿蘇山もまた数年
ぶりの中規模噴火を見せました。

こうした地球の活発なエネルギーが大地を貫いているからこその、日本列島であるわけです。

国常立様とは、大地のエネルギーであり、地球のエネルギーでもあります。
真っ青な肌に憤怒の表情の蔵王権現そのものです。
神話からも想起されるように、それは須佐之男命のエネルギーでもあります。

日本列島では、その大地のエネルギーを氏神、土地神、国つ神、須佐之男命、国常神として大切に
祀るとともに、天照大御神を最高神として天つ神のエネルギーも祀っています。
国つ神とは「国土に充つる神」、天つ神とは「天に充つる神」です。
地に充ち満ちる神々のご神氣(エネルギー)と、天に充ち満ちる神々のご神氣をお祀りする。
全くもって天地合一、隙の無さです。

それだけにとどまらず、先祖を祀ることで、そうした天地の無限の広がりに、さらに悠久の時の広がり
をも付与させています。
時間と空間というのは、心の囚われや滞りによって知らず知らずのうちに翳っていき、遠くボヤけて
しまうものですが、そこにサーッと風を通すことでその滞りを霧散させてしまうわけです。

心に隔たりがなく、天地が無限に広がり、時間も永遠に広がっている感覚というのは、魂本来の
状態と言えます。
まさに天地宇宙と溶け合い、天地人が一つとなった状態です。

そうしたことを理屈っぽく考えたりせず、ただ心のままに自然体で天地を祀り、先祖を祀って
きた神道というのは、文字通り「神ながらの道」であるわけです。
私たちのご先祖様たちは、ごく自然に、天地人が合一する状態を、日々に目指してきました。
それは襟を正すという生真面目さや、清廉たろうという道徳観念によるものではなく、単にその
状態が心地良いからでした。
そして心地が悪い状態をケガレと感じ、その都度スッキリ清潔にしてきました。
そのような気持ちが内から湧き上がるというのも、もとは天地のエネルギーに浴していればこそ
なのでありました。

さて、少し横道に逸れてしまったので鹿児島の話に戻したいと思います。

開聞岳の東、薩摩半島の南端には長崎鼻という岬があります。
ここは浦島太郎伝説の地だそうです。
そう聞いて、全国にある伝説の類だろうと思いながら観光していましたが、思いのほか素晴らしい
場所でした。

長崎鼻には乙姫様を祀った竜宮神社があるとのことでしたが、実際は豊玉姫が祀られていました。
乙姫様と豊玉姫は同一人物と見られたりしますが、豊玉姫となりますと浦島色は薄まり俄然真実味が
増します。

豊玉姫とは、天孫・瓊瓊杵命(ニニギノミコト)の子供である火遠理命(ホオリノミコト)、別名・
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)のお后様です。
ですから義母が木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)ということになります。
そして息子が鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)で、孫が神武天皇という流れです。

『日本むかし話』にもありました「海幸彦・山幸彦」の話に出てくる山幸彦(=火遠理命)が結婚
したお相手が乙姫様(豊玉姫)です。

そう考えると、指宿周辺に住んでいた豪族の姫が、高天原の一族と婚姻したと見ることも出来ます。
息子の鵜草葺不合命を祀る鵜戸神宮は宮崎県にありますし、その息子の神武天皇も日向(宮崎)から
出征しています。
当初は南九州がヤマトの本拠地だったとすれば、その地の豪族の姫というのも十分有り得る話かと
思います。

後日、霧島神宮で手を合わせた時、龍がヒュルヒュルヒュルと波打ちながら飛んできて鼻先が下に
なって、そこが薩摩半島と大隈半島になっていくイメージが浮かびました。
なるほど、だから先っぽが長崎鼻なのかと。
そしてそこでは、乙姫様になぞらえた豊玉姫が祀られていたわけです。

よくよく考えたら竜宮城というのは、そのまんまです。
子供の時からあまりにも聞きなれた言葉なので、タイやヒラメが舞い踊るきらびやかな御殿を想像
していましたが、そのものズバリ、龍の宮ですからもはや隠語ですらありません(笑)
そこのお姫様というと、これまたそのまんま龍神様のお嬢様ということになります。

古事記では豊玉姫の姿についてワニ(サメ)と書かれていますが、日本書紀では龍と書かれている
そうです。
豊玉姫の父は大綿津見神(オオワダツミノカミ)となっており、いわゆる海神であるわけですが、
竜宮城の主人であるならば、やはり父もまた龍とは無縁でないと考えるのが自然です。

そして日本列島も、龍体の頭のあたる南九州が、まるで火を吐くようにして噴火を繰り返しています。

木花咲耶姫の父、大山祇神(オオヤマツミノカミ)は山の神様として知られています。
このことをもって、天照大御神の一族が海と山の両方を身内にしたと解釈されますが、別の見方も
できるかもしれません。
つまり、肉体と魂という見方です。

この国土は、まず大地としての実体があります。
大地としては大山祇神の系統たる木花咲耶姫を身内としました。
一方、日本の国土は龍体でもあります。
国の霊体として、大綿津見神(海神、龍神)の系統たる豊玉姫を身内とした。
つまり、国土だけでなく国魂も合わせて一つに治めたということです。
土地の統治だけならば盛者必衰となってしまいますが、見えないものも大切にしたとなれば、その
弥栄はとこしえのものとなるでしょう。

そういえば、薩摩半島の篤姫が中央の徳川家に嫁いで孤軍奮闘する姿は、同じく薩摩半島の乙姫様
(豊玉姫)が皇室にお嫁にいく姿と、どことなく重なるのが面白いところです。
篤姫は両藩を護り、そして日本を護りました。
豊玉姫も龍体(国土)を護り、国魂を護ったと言えるかもしれません。

さて、そもそも龍体というのは強大なエネルギーがほとばしる姿の現れでもあります。
大地ではマグマであり、天空では稲妻や風雨となります。
地震のエネルギーもやはり黒い龍のようになり、それはナマズのような姿にも見えるわけです。
実際の龍と、神様と、こうしたエネルギーとは本来は別個のものですが、エネルギーを神様と見て
それを祀る行為は理にかなっていると言えます。

量子の世界を見ても明らかなように、人間の思いは結果に反映されます。
エネルギーに対して、思いを向けるというのは非常に大きな意味を持ちます。
打算的な思いではノイズがひどくなりますが、純粋な感謝ならばクリアに伝わっていくでしょう。

この国土は太古の昔から、活発に流動してきました。
それは龍動と言い換えてもいいかもしれません。
この島にあまねく流れるそのエネルギーで、ご先祖様や今の私たちは生かされてきました。
天地の雷同は、今や当たり前となってしまったおかげさまを改めて知らしめてくれます。
そうしたものを全身の毛穴から鮮明に感じますと、居ても立ってもいられない気持ちになってきます。

有り難く、かたじけなく、申し訳ないというこの思いを、いったいどうすればいいのか。

それを私たちのご先祖様たちは、祀るということで解決しました。
つまり、神社への参拝とは、感謝の気持ちを伝えることが本分ということになります。

土地神である氏神様へ感謝を向けることは、この島に流れるエネルギーへの感謝となり、同時にまた
皇祖神たる天照様への感謝となります。
すなわち、天地への感謝となるわけです。

自分を包むおかげさまへ心を向ければ、大地から溢れるエネルギーに毛穴が開き、天頂から注ぐ
光のシャワーを全身に感じることでしょう。
幾度もの天災に遭いながら、祖先たちは太古からこの地を離れることなく、日々のありがたさを
その全身に浴び続けてきました。

一代や二代という短いスパンではなく、幾千年もの長きに渡って授かってきた恩恵を、今こそ
私たちは思い出す時なのかもしれません。



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この世を貫く光の柱

2015-09-12 20:24:35 | 国を常しえに立てます
国会の前に何万人ものデモが集まっている映像を観ました。

確かにこの世界は、考えるだけではなくて行動を伴うことがとても大切です。
ただ、これを観たお笑いの大御所が、戦争反対は分かるにせよ、ナゼ国会議事堂に向かってそれをやるのかが分からないと鋭いことを言って
いました。

その通りなのです。
こんな奇妙な現象が違和感なくスルーされてしまっていることこそ、今一度、考え直さなくてはいけないことではないかと思います。

反戦を訴えるなら、そもそも当事国やその大使館に向かってやるのが筋です。
不鮮明な領海の珊瑚を次々と埋め立てて滑走路を作ったり、大々的に軍事パレードをやったりというのは、明らかに力でもって強引に事を
成そうとする態度です。
顔色をうかがったりせず、その国に対して反戦を訴えるのは極めて自然なことだと思います。

PEACEというプラカードは相手にこそ向けるものなのに、なぜ身内に向けて叫んでいるのでしょう。
本当に、私たちの国が戦争を引き寄せると思っているのでしょうか。
日本さえ何もしなければ戦争には巻き込まれないと本気で思っているのでしょうか。

そのような思慮不足でないとするならば、もはや日本の国防を崩すための確信的な扇動だと疑わざるを得ません。

このおかしな構図に、しかし私たち日本人だけは全く違和感を覚えなくなってしまっています。
厳しい言い方ですが、正直、他の国から見れば正気の沙汰ではないでしょう。

そもそも今の隣国の力で来られたら、日本一国だけでは支えきれません。
それは国防に対して足を引っ張り続けた結果ですから仕方ありません。

そして、私たちでさえそのように思うくらいなのですから、まして自信過剰の隣国がどう思ってしまうかということです。
ひとひねり、余裕、と鼻息荒くなるに決まっているわけです。

戦争の気運というものは、雰囲気だったりエモーショナルなものが全てです。
勝てる!と思わせてしまった時点で極めて危険な状態へ突入してしまうということです。

舐められるネタをジャイアンに渡したら、その傍若無人ぶりに拍車がかかるというのは子供でも分かることです。
実際の兵力はまだ勝っているとかそのような客観的事実は全く意味を成しません。
彼らの感情的なものを抑えられるかどうか、余裕で一捻りなどと思わせないことが全てであるわけです。

だからこそ、アメリカとの協力強化の姿勢をはっきりと示す必要があるのです。
もしもここで安保はやめて日本一国だけで軍事強化していったらば、その先の展開は火を見るよりも明らかです。
それはそれで過度に不安を膨らました隣国が、早いうちに手を打っておこうと考えるでしょう。

逆に軍備をおろそかにしてイイ人を演じても、単に弱い人と見られて一巻の終わりでしょう。
弱く見られても構わないというのは、想像力の欠けた自己満足でしかありません。

外交というのは、自分がどう思うかではなく、相手がどう思うかです。

それを悲しいとか、そんなはずはない、などと感情や観念の土俵にあげてしまうこと自体、幼いと言わざるを得ません。
それは「自分の立ち位置に相手を置いて考えている」ということに気づくべきです。

相手の立場に自分を置いて考えるのが大人というものです。
自分が動かずに相手を動かそうとするのは傲慢以外のなにものでもありません。


アメリカと手を組むというのは昔からやってることですので、今さら隣国が過剰なヒステリーに陥ることはありません。
それによって別の苦労が生じるのは仕方のないことです。
一番大事なものは何であるかを考えなくてはいけません。
何も波立たせずに安穏と暮らしたいというのは単なるワガママです。

もとより、黙っていても危機が近づいているのは明らかなことです。
遅かれ早かれ、このまま平和に過ごしていくことは不可能なわけです。

だからといって相手をなだめすかしたところで、何か変わるようなものではありません。
何故ならば、相手は自分たちのやってることを悪とは思っておらず、むしろ正義であると本気で思っているからです。

そもそも価値観というのは、私たちが作った幻想に過ぎません。

国によって、また人によって、もとより違うのが当たり前です。
みんな仲間だ、みんなおんなじと、お花畑で輪になって踊るのは幸せなことかもしれませんが、希望的観測だけの安心感に浸るのは身を滅ぼす
ことにしかなりません。

人間は、分かり合えないところがあるのが当たり前なのです。

相手の芯の部分まで分かろう、自分の芯の部分まで分かってもらおう、とするのは単なるエゴでしか無いわけです。

相手の立場になって考え、分かってもらえる部分と、分かってもらえない部分を明らかにする。
そうしてお互いの分かり合える部分で会話を図ろうとするのが、相手を一人の大人として、また自分も一人の大人として互いを立てることに
なります。

「皆それぞれに違う」という事実を受け入れることが、調和への一歩となるのです。

ベトナム戦争の時のように自国が引けば収まるような場面ならば、政府にプラカードで訴えるのもありでしょう。
しかし今現在、私たちの国は何一つ押してなどいません。
逆に、玄関のすぐそばにまで暴漢が押し寄せようとしている状況です。

そうした状況を一切合切無視して、坐して冷静に振る舞うのが大人の態度なのだと幼稚にカッコつけても、状況など変わるものではないのです。

道路を斜め横断する輩は、車が近づいてきても慌てることなく、当てつけのように足の速度を緩めて堂々と歩いたりします。
あたかも、悠然と振る舞っている姿が男らしいのだとでも言いたげな様子で。

しかしいくら、自分は己の危険も顧みず車の減速を勝ち取ったと言い張ったところで、それは約束された安全に寄りかかった虚勢でしかないわけ
です。
極めて危うい行為であることに気付いていないのは己一人だけなのです。

それは、車の運転手が自分と同じルールに生きているという決めつけだけが唯一の頼りでしかありません
轢かれて死んで怒ったところで、もう命が戻ることはないわけです。

「自分たちの好きなように道路を横断したい。私たちを縛るな。それが自由だ。」
つまりは、そういうことなのです。

車は人を優先するものというのが当たり前になりすぎて、命の危険が想像できなくなってしまっている。
でも世界には、それこそ、車が人を優先させない国もあるわけです。

人が道を渡っていようともお構いなしに車がガンガン走る映像を目にしたことがあると思います。
そのような国では、車とか人とかではなく、あくまで他人よりも自分を優先させるのが当たり前のルールなのです。

そこには、約束された安全などどこにもありません。

そうした日々の生活マナーこそが、その民族の根本的な価値観であることは疑いようもありません。
つまりは、表向きはどうであれ、国の外交においても間違いなくそれと同じものがベースにあるということです。

それがいいとか悪いとかではなく、価値観とは、もとより違うのが当たり前というだけの話です。
心の底から全てをわかり合おうというのは夢物語でしかありません。
アカの他人なのだから、通じるところもあれば通じないところもある。
それを四の五の言わず、そのまま受け入れた上で、その先の会話をするのが大人の対応であるわけです。

重ねて喩えるならば、武装した相手に遭遇した時には、逃げるか構えるかどちらかしかありません。
相手を刺激しないように両手を挙げて相対する場合も、心だけはスッと引き締めるものです。
そこで心も緩めて「刺すはずないよね」と独り言を唱えても、その声が届くかどうか、そんなことを知っているのは相手だけです。
こちらが決められることではありません。

自分で自分の暗示に掛かって、ニコニコしながら両手を広げるのは危険極まりない行為です。
絶望的な結果に見舞われたところで、全ては後の祭りでしかないわけです。

殴るより殴られたほうがいいなどという綺麗事は、責任ある大人のセリフではありません。
己の甘さで我が子を命の危険にさらすようなことは、どのような弁解をしても許されるものではないのです。
何が一番に優先されるべきかです。
己の価値観や美意識よりも大事なことがあるはずです。

戦後から昭和、そして平成へと、日本は目に見えないおかげさまに囲まれて幸せな時を過ごしてきました。
当たり前すぎてその特別さを忘れてしまうものが、お陰様であるわけです。
過去の周辺諸国の情勢というのも、今となってはそんなおかげさまの一つだったと言うことができます。

自分のどんなワガママ放題も許される社会というのは、ある意味、理想の社会と言えるでしょう。
何故なら、好き勝手を受け入れて見守るだけの余裕が社会にあるからです。
そして、たまたま様々なお陰様があったために、今までの日本は奇跡的にそれが成立してきました。

本当にこれから先もそれが続けばいいだろうなと私も思います。
ただそれは国内の平穏とともに、周辺情勢の平穏があればこそ叶う話なわけです。
おかげさまの一角が崩れて状況が変わってしまったのなら、それはそれで仕方がないと心を決めるしかありません。

家庭や仕事でも同じでしょう。
現状を変えたくないと思っていても環境とは意図せず変わるものですから、それで自由度が目減りしたとしても、私たちはそれを受け入れる
しかありません。
こんなのはイヤだと納得できずにその場で悶々とするのは、オモチャ売り場でしゃがみ込む駄々っ子と何も変わりありません。

そして、親があってこそ初めて子供がワガママを言えるように、国があってこその国民のワガママであるわけです。

余裕のあるうちは、親も甘くなってワガママを見逃してあげます。
しかし当然ながら、親としては常に子供の命こそが最優先です。
その場の点数稼ぎを優先させてワガママを許した結果、子供の命を危険にさらすようでは親失格です。

あまりにも優先順位が違いすぎます。

危険地帯へフラフラ歩いていく子供を止めるのは当たり前のことです。
それを「自由を奪う行為だ」と非難するのはお門違いです。

そこで己の我欲が抑圧されることに苛立ちを覚えるなら、親ではなく相手国を恨むしかありません。
にも関わらず、親に向かってヒステリックに騒ぎ立てる姿は、駄々をこねる行為でなくしていったい何だと言うのでしょうか。
本人としてはもっともらしい理屈を並べているつもりでも、ハタから見れば子供の域を出ません。

本当に、いま一度真っさらになって、冒頭のシーンを眺めて観てみて下さい。

あれだけの人数が国会議事堂に向かって非難轟々に騒ぎ立てている姿をです。
隣近所に物を申すことができず自分の親に向かって偉そうに暴言を吐いている子供にしか見えないのではないでしょうか。

子供は、自由と我欲の区別ができません。
何となれば、自由とは我欲のままに好き勝手できることだと勘違いしてしまいます。

調和とは、我欲を光のケシ粒へと浄化させた先に生じるものです。
オンリーワンだとかオリジナルだとかアイデンティティーだとか聞いたような口を叩いて己の我執を正当化しようとするのは、思考停止のまま
安全地帯に逃げ込もうとする子供の理屈です。

自由さとは好き勝手にやっていいことではありません。
やりたい放題というのは単なるワガママ、欲に溺れた行為でしかありません。

それを自由人だとか、独自性だとか言うのは、どこまで行っても逃げ口上です。
己のワガママが抑えられてしまう窮屈さを、論理のすり替えで、自由の侵害だと叫ぶ。

もしも自由と我欲の区別をつけて叫んでいるというならば、単に逃げたいだけだと言われても仕方のないことでしょう。

デモの中には、国の解体を心底願って扇動している輩も入り込んでいます。
昔はヘルメットをかぶったりタオルで顔を隠したりしていましたが、今はもっとスタイリッシュに若々しく颯爽と振る舞っています。

見た目だけではアッサリ騙されます。
でもその言葉をマスコミを介さずに、しっかりと自分の腹で聞けばその浅さは明らかです。

私たちは自分の心に柱を立ててしっかりと全景を見渡すことが大事ということです。

あたかも何かをやり遂げたかのようなマラソン感覚だけを求めて、何となく市民運動に参加することほど愚かしいことはありません。

戦争は誰だって嫌です。
だからこそ色々なことを我慢してそれを阻止しようと頑張るのです。
我慢は嫌だ、でも戦争も嫌だ。
これのどこが大人だと言えるのでしょうか。

そしてバカのひとつ覚えのように自由侵害を叫ぶ。

しかし、そもそも我欲に溺れて居なければ、ワガママを抑える法律や風潮が押し寄せてきたところで、そんなものはどこ吹く風になるはずです。
何故ならば、自分とは接点のない話になるからです。
そこでは自由は何一つ侵害されていないということです。

調和というものは、各々の我欲が薄れていくことで自然と生じて来ます。
各々が好き勝手にやっても調和が成立するなんていうのはファンタジーでしかありません。

「自由の中で個性を育てる」として我欲の垂れ流しを許した、ゆとり教育というものがありました。
しかしその先にあったのは調和どころか学級崩壊でした。
これを愚民化政策でなくして何だというのでしょうか。

私たちは自分一人の力で生きているのではありません。
色々なものに庇護されながら生かして頂いています。
そしてその庇護する存在も、私たちに庇護されて生かされています。
これが本当の調和です。

国が我欲に走り、短絡的で幼稚な態度を取った時には、私たちはそれを死ぬ気で食い止める必要があります。
しかし、自分のその公憤が本当に我が親のことを思ってのものであるのか、それとも単に自分自身の我欲を正当化するための駄々に過ぎない
のか、そこをしっかりと見極めなくてはいけません。

隣の子供が泣き出したからといって自分もつられて泣き出すようでは話になりません。


話を隣国に戻します。

相手のワガママが過ぎる時には、相手が自ずとそれを止める気持ちになるように導かなければ、調和というのは生じません。
いくらこちらがニコニコ平和に諭そうとしても、相手のワガママを許してしまっている限り、永遠に調和など訪れません。

ワガママの過ぎる人に対してヘラヘラしたり、聖人君子を気取っても、相手には何も伝わりません。
つまり、そんなことは相手を受け入れる行為でも何でもないわけです。

相手が大人である場合は成立しますが、子供相手にそれをやったところで、むしろ相手は勘違いして増長するだけ。
結局は、相手の暴走の片棒を担ぐことにしかならないわけです。
つまり単なる自己満足だけでは済まず、罪作りになり兼ねないということです。

相手に自制を促すためにこちらも毅然とした態度を示すのは、当たり前のことなのです。

それによって相手も我欲にエネルギーを注ぐことをハタとやめるようになります。
つまり、内側から己の我欲を透明化させることになります。

まさしく、これと同じことが目の前で起こっています。
いま私たちの国は、私たちを守り、そして相手をも守ろうとしているのです。

それでもまだ「いや日本だって昔は隣国と同じく幼かった」とか「相手はまだ成熟してないのだ」「だから見守ってあげよう」と言う人が居る
かもしれません。
ただそうやって棚上げして先送りにできる時代はとっくの昔に過ぎ去りました。
それが綺麗事のお花畑でしか無いのは誰の目にも明らかです。
そんな余裕は、こちらが圧倒的な腕力を持っていて初めて成立することです。

もう時間がないのです。
今どうすれば良いか、たとえベストの答えが出なくとも何かをしなくてはいけないのです。

「昔の日本も子供だったのだから、いま子供である相手も大目に見てあげよう」
それは責任ある大人の態度ではありません。
昔は子供を厳しく躾けるのが大人の務めでした。
誰だって子供の頃ちゃんとしていなかったのは同じです。
それでも大人になって子どもを厳しくガツンとやる。

自分のことは棚に上げてでも、いや、むしろ同じ道を通っていればこそ、道を誤らせてはならないとガツンとやっていたのです。

それが大人の務めというものではないでしょうか。

今は子供を叱れないオトモダチ感覚の大人が増えてしまいました。
それをもって、成熟した社会であり人権を尊重した自由な社会だとするのは、あまりにも幼稚すぎます。

その結果、子供たちは大人をますます馬鹿にするようになり、己のワガママを抑制できなくなりました。
いま相手国に対してやっているのは、それと同じことであるわけです。

そうして、今もまた自国ではヤイノヤイノと騒いでいます。
このまま子どものワガママを許し続けていては、親も堪え切れなくなってしまいます。
暴漢に親が倒されてから自分はなんてバカなことをしてたのかと悔やんでも遅すぎるのです。

今その一番のタガとなっているのは総理大臣と言っていいかもしれません。
もちろん両陛下という存在もおられますが、昔の父親のような厳しさで必死に家を護ろうとしているのは総理であるわけです。

世界から見れば、それは誰が見ても明らかなことでしょう。
ましてや、この国をどうにか倒してやろうと考えている人間たちからすれば、まさに苦々しい存在であるわけです。

彼らからすれば、どんなことをしてでも外してしまいたい棟持柱です。
今はたったこの一柱の強さでもって、この国は支えられています。

だから危ないのです。

それさえ無ければ、あとはワガママ放題の放蕩息子しかいない。
彼らはそう考えています。

今さら他の政治家が頑張ればいいということではありません。
嫌われようと噛み付かれようと、我が身を顧みず子を護ろうとする人間はそうそう居ません。

もはやそのような他人まかせでどうにかなるような時代ではありません。
私たち一人一人が、独り立ちする時なのです。
それこそが散々言われてきた、オリジナリティであり、アイデンティティーであり、オンリーワンであるわけです。

私たち一人一人が、頑強な棟持柱でなくてはなりません。

一柱を外したところでどうにも揺るぎそうにないと、相手にそう思わせなくては真の調和は訪れません。

国会に向かっていつまでも群れ成して騒いでいるようでは、これからの時代、本当にやられます。

いま、己の命を懸けて御子を護ろうとしている親柱を、あろうことかその子供たちが大勢で揺すって倒そうとしています。
その先にあるのは、学級崩壊などではなく日本崩壊です。
この国が無くなったら、人類の希望は永遠に失われてしまいます。

今こそ、一人一人が自らの心に柱を立てて、幾千万もの棟持柱となる時です。
もしかしたら私たちが、いまここに生まれてきたのはそのためなのかもしれません。

それは何も、全身全霊、精魂込めて頑張るということではありません。
心にスッと芯を通す、ただそれだけのことです。

この国が危うい。
何とかしなくては。

その思いは、すでに光の柱となって天地を貫き通すことでしょう。

これまでも、そして今この時も、私たちは数多くの目に見えないおかげさまによって護られています。
幾千億もの光の柱が、この国を、そしてこの世界を支えています。
私たち赤子は、その下でこうして生かして頂いています。

まずは、今この私たちが大人などではなく、ただの赤子でしかなかったことに気がつくことです。

そして私たちは、この小さな手をほんの少しでも伸ばして、ひとり立ち上がってみる時に来ているのです。



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オマケが一番おいしい!

2015-09-03 23:13:10 | 心をラクに
銀座の裏通りにある古い喫茶店に入ったら、こんなやり取りがありました。

「今日は金曜だっけ?」

「いや、木曜だよ。良かったねぇ、1日トクしたねぇ(笑)」

お店をやってる老夫婦の会話でした。

珈琲一杯350円。
この界隈では破格の安さと言えます。
お世辞にも綺麗な店とは言えませんが、こんな感じで半世紀近くも、移り変わる景色を眺めていたのでしょう。

一方の私は、眠い目をこすりながら朝の満員電車に揺られ、夜は残業で帰れない日々を続けるうちに、
気がつけば指折り数えて週末を待ちかねるようになっていました。
もしも同じように曜日を勘違いしたら、ガックリと肩を落としたに違いありません。
そして思いました。
いま忙しい時は1日1日を乱暴に扱っているけれども、自分も老齢に達すればその1日1日を心から
惜しむようになるのだろうかと。

頭では今を大事に生きようと思いつつも、一方では「週末の休みが待ち遠しい」と思ってしまう。
心が今この時から離れてしまっているということです。

いつまでもあると思うと、知らず知らずのうちに我欲に流されてしまいます。
そうして日々の時を雑に過ごしてしまうわけです。
命というものが限られているのは、天が唯一私たちに差し伸べた助け舟なのかもしれません。

都会の街を歩いていますと、数年のうちにみるみる景色が変わっていきます。
しかし、その喫茶店の中だけはまったく違う時間が流れていました。
まさにご夫婦の心の時間なのでしょう。
半世紀近くの時を、同じ空気のままに、静かにゆったりと流れてきたのだと思います。

世の中がどれほど騒がしくとも、それはそれ。
自分たちの暮らしは、自分たちの心の世界に包まれているものなのです。

ちょうど今朝に読んでいた『余命』(五木寛之)という本の中に、日野原重明先生が「与命」という
字を当てておられたというくだりがありました。
医者である日野原先生はクリスチャンでもあったそうです。

一方で五木さんは「余命」とは、残り僅かな儚いものなどではなく、「余裕」や「余暇」と
いった語感に通じる、贅沢なオマケのようなものだと表現していました。

喫茶店の老夫婦が、20代の頃から今に至るまでその空間を紡いできたものこそ「与命」であり、そこに
流れた時間というものが「余命」であったのかもしれません。

本の中では60歳以降の人生を指してそのように書かれていましたが、見方を変えれば、私たちは
生まれてこのかた人生の全てが余命であると言えるかもしれません。

生まれた時からすでに死に向かってカウントダウンが始まると考えてしまうと、1日1日を惜しむという
何となく閉塞的な息苦しい感じになってしまいますが、そうではなくて、生まれただけで丸もうけで
あとは贅沢なオマケであると考えるわけです。
そうすると私たちは誰しも年齢に関係なく、生まれた時から今この時も、「余命」を過ごしている
ということになるのではないでしょうか。

どんな経験も、すべては本来なかったオマケなのだと思えば、なんだかトクした気持ちになってきます。

もともと自分のものではない、天から与えられた命で、オマケの日々を楽しく過ごす。
冒頭に書きました老夫婦の会話からは、心の余裕とともに感謝の気持ちを感じました。

私たちの目の前に広がる世界は、私たちの心一つで一瞬にして変わるものです。

子どもの時のように、素直にオマケを喜ぶ。

たったそれだけで、この世は楽しい世界へと早変わりするのかもしれませんね。



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