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あれはまだ僕が小学校低学年の頃だったと思う。夏休みに学校のプールが開放(今思うとある程度時間は決めたれていたのだろうが)されていて、海パンにバスタオルをまとって学校に通っていた。目的ははっきりしているのだから、いちいち着替えるのが煩わしかったのだろうと思う。そうやってプールで遊んで帰る途中に、道でばったり「坂本九」に出会った。
いや、正確には人だかりがしていて、何だと覗くと坂本九が僕に話しかけてきたのだ。普通の住宅街になぜ坂本九がいたのか不思議なのだが、テレビ局のような取り巻きはいなかったようにも思う。大人がたくさんいた中に僕のような水着だけの小学生に目が留まって声をかけてきたのだろう。
「このあたりに海でもあるの」と聞かれて、「いえ、プールです」と答えた。
元気いいね、とか何とか言われたかもしれない。まあ、あんまり覚えていないが、近くにいたおばちゃんに「坂本九ちゃんに話し掛けられてよかったじゃない」とうらやましがられて、それなりに恐縮した。
その頃には既にそんなにテレビに出ていなかったようで、ずいぶん後でテレビに出ている坂本九を見て「あのときのおじちゃんだ」と妙に感激した。航空機で死んだときも、お気の毒だと思った。
何のイベントであったかこれも忘れたけれど、何故か父と二人だけで公園かなにかに行ったときに欽ちゃん(萩本欽一)が来ているというので見に行った。ものすごい人だかりで何がなんだかわからない。大人の股下からもぐっていって前に出て、人ごみの中から顔を出した瞬間に欽ちゃんに話しかけられた。確かマイクを向けられた。
「誰ときたの」「おとうさん」「お父さんどこ」「うしろ」
僕の後ろには知らない爺さんがいた。「あなたおとうさん」と欽ちゃんが聞くと当たり前だがその爺さんと僕がかぶりを振る。人だかりがどっと笑う。
あとは違う人にまた何か聞いていたようだ。
帰りに「欽ちゃんって馴れ馴れしいね」
と父に話すと、「誰とも知り合いみたいなもんだからな」というので、なんとなく納得したのを覚えている。
三井グリーンランドのステージでマジックショーが行われていた。失礼ながらこのマジシャンが有名なのかは不明なのだが、確かばってん荒川ショーの合間にこのショーが行われていた。それなりの人だかりで、大いにウケていた。僕にはばってん荒川が男だとは信じられなかった。どう見ても面白いおばちゃんである。
さて、そのときも「坊やちょっと手伝って」とステージに上がらされた。別に一番前に陣取っていたのではなかったが、なんとなく目が留まったのだろう。もじもじしていると「せっかくじゃないか」と誰かから(兄だったのだろう)せっつかれて、ステージに上った。
白い紙を細く長く切れ、といわれて、そのようにして、テーブルの上のどんぶりに入れる。ヤカンのお湯を注いでハンカチをかぶせてしばし待つと、中の紙がうどんになっていた。仕掛けがあるに違いないが、マジシャンは種も仕掛けも無いと言った。もちろん、僕には見抜けなかった。「ちゃんとしたうどんだから食べてごらん」といわれて嫌々口にすると、不味いながらうどんであった。「うどんです」と答えると、まさに拍手喝采。恥ずかしかった。
後になって考えてみると、あれは「どん兵衛」ではなかったろうかと思い当たった。母に頼んでカップ麺を買ってきてもらって食べたが、やはり不味かった。
あれ以来、どん兵衛は何度となくマイナーチェンジして、ダシがうまくなったとか何とかいっているが、もう騙されないぞと思う。もちろん確認はしていない。