県庁おもてなし課/三宅喜重監督
最初はほのぼのとした役場を改革するような話なのかな、という展開だったのだけど、なんだか民間の方がかなり暴力的になって行って、ちょっとやりすぎかな、とも思われた。そうしてみんな、なんだかそのまま暴力的になっていく、ということではないが、妙に不自然になっているような印象を受けた。役場の問題はそうかもしれないが、しかし民間がこれでは良くないと思う。皆、なんだかあんまり本気じゃないというか…。まあそれはテンポということもあるし、話のつながりの不自然さにもあるのかもしれない。結局高知は魅力的だけれど、やっぱりダメだという感じもする。どこの田舎の市町村でも、いいところでありながら、観光的にダメというのは多い。そういうところで観光を担当するのは苦労するのが当たり前だろう。それをアイディアで打開するというのはいいけれど、そういうことだからダメなんじゃないかということも言えるのだ。結局多くの人の選択から選んでもらうということを考えると、競争するということを意味する。リンゴを買う人はミカンを買わなくなるかもしれない。単純にブームで一時良いだけでもダメだろうし、そうするとやはり地元を意識的に育てるよりないだろう。それで勝てないのなら、やはりダメなんであって、そもそもそんなに観光に力を入れるべきなのではないかもしれない。それを素直に口にする必要は無いにしても、他の役場の職員の態度を見ていると、そういうことをわかっているから、パンダを誘致するような話に乗らなかっただけのことなんではなかろうか。まあ、個人的には、高知って行ってみたいですけどね。それもかなり熱烈に…。
しかしながらお話は、実はやはり恋だろう。告白できないというのは、それは別段普通の人の普通のことで、しかしタイミングを見計らって、しかるべき時にしかるべき決断をしなくてはならないだけのことだ。いや、その「だけ」が難しいのは分かるが、きっかけなんかも欲しいのは分かるが、基本的には自分なりに悩んで自分なりにけりをつけるより無いではないか。結果が上手くいくかいかないかということはあるにせよ、そういうのは二人のドラマとして自然に残るわけだ。もちろん小説や映画なのだから、そういうところで楽しいという必要はあるんだろうけど、だからと言って不自然すぎても良くないと思う。僕のような短気な人間からすると、いささかタイミングが遅すぎるし、皆があまりにも鈍すぎる。いや、僕は本来もっと鈍いはずだが、それでもこの分かり合えない感じは少しどうしたものかと思ってしまう。そのくせ周りは妙に説教くさい。分かってたんなら自分のことを先に考えろ、ということである。
そういうことで、この映画で知った高知の魅力でないところで高知には行きたいし、この映画でやはり魅力的だった堀北真希を見るということではいい映画かもしれない。