夏の裁断/島本梨生著(文芸春秋)
作家の千紘は、帝国ホテルのパーティで、柴田という男と会った際にフォークで手を突き刺そうとする。何故千紘はそんなことをしたのか、そうして突然それほどの行動をさせてしまう憎悪がなぜあったのか、という過去がつづられていく。
題名の裁断は、祖父の蔵書をデジタル化するために行う作業(自炊といわれる)を指してつかわれている。それは祖父の家が鎌倉にあり、その作業を母からやってくれと頼まれた時期に、柴田という男とのあれこれがあった時期と重なるためにつけられたようだ。柴田は編集者で、千紘と仕事の付き合いがあるために知り合う。そうして千紘は、精神的に振り回されることになるということかもしれない。柴田以外にも男は出てきて、そのような過去とのいきさつが絡んで、感情が様々に揺さぶられる様が描かれているのだろうと思う。
それというのも、実は僕は読んでいて、そういう感情がどうして起こるのかという具体的なところが、上手く分からないのだった。いや、正確に言うとそう書いてあるはずなんだが、どうも単語や文章が唐突すぎて、具体的にどうしていきなりそうなるのか、ほとんど読み取れないのだ。いきなり吐き気がしたり、言っている言葉の意味が変わったりする。むかむかしたり、じめじめするような感じもする。感情は不安定だし、時に精神のことをよく知る先生がいきなり解説するが、その意味もよく分からない。彼は、実際は素人なのではないか。とても信じられるような根拠が分からない。しかし、それは正しいのである。小説にはそう書いてあるのだから。
まあ、幻想小説として読めばいいのかな、という感じかもしれない。凄まじい恋の感情の葛藤なのだが、これは男である一部の僕のような人にはわかりません。男が何を言っているのか、どういう意味なのかのも分からないし、それを受けて、勝手にあれこれ傷つく主人公の感情もよく分からない。ほんとにそんな人がいるんだろうか? なんで離れたりくっついたりするんだろう。どうしてもっと電話で話さないのだろう。疑問ばかりが浮かんだけれど、ひょっとするとこういう支離滅裂が恋愛というものの真実なのかもしれない、という感じではある。僕が体験したものとは違うけれど。いや、そういうところもあるのかな、実際はそれなりに不可解なものでもあるわけだし。
短い話だけれど、まあ、大変です。こういうことになると、いろんな事故が世間にあるのも当たり前かな、という気はする。道を歩くときには注意を致しましょう。