野呂邦暢ミステリ集成(中公文庫)
表題の通り、野呂邦暢の特にミステリだけを集めた作品集。小説だけでなく、エッセイもある。
地元の文士なので興味をもっていくつかの作品は読んでいたが、恐らく初めて読むものばかりだった。要するにまだほとんど僕は何も知らなかったわけだ。もともと野呂はミステリ作品を好んで読んでいたらしく、また、ミステリらしい作品のアイデアも温めていたらしいことも見て取れる。亡くなる少し前に書かれたものが多かったようだが、印象としては、それまでの作品より、やや俗っぽいかもしれない。もっとも発表した雑誌や編集者の意向もあったのかもしれない。
サスペンスとミステリが合わさった作品が多く、さらに血の絡んだ話もあるので、動きのあるものもある。仕掛けとなるミステリも味付けはそれなりに凝っていて、なるほど意外性もある。短編ばかりだから勝負が早いのだが、いくつか組み合わせて長編にもできそうな作品もあるように思った。もう叶わないことではあるが、そういう少し長めのミステリも読んでみたかった。
ミステリ作品の多くは、読者を欺いてあっと言わせることに主眼を置いていると思う。野呂作品にももちろんそういう仕掛けがあるのだが、しかしそのトリックの奇抜さを競って書かれたのではないのではないか、と思われた。むしろそのトリックを解く前の緊張感のようなものに、翻弄される感情的なものを上手く表現しているように思う。なんだか不快でありながら、しかしそれを脱するには、謎を解かなければならない。解かれたからと言ってすべてが解決する話ばかりではないが、やはり少しホッとするものがある。嫌な感じをそのままにして突き放すようなものもあるにせよ、終わってみると開放が無いわけではない。考えすぎかもしれないが、そういうものから逃れようとする感情を、描くことに長けた人だったのかもしれない。
なお、出身地である長崎の地名がそれなりに出てくる。住んでいる身としては、それだけでも何となくドキドキする。少し細工はしてあるけど、たぶんあそこらあたりのあの事情なのではないか。そういうところは地元サービスということだったのだろうか。少なくとも、地元民には楽しめる感情ではないだろうか。