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Mind Feeling 0911-3 『夏の夜』というエッセイから・・・

2007年09月11日 20時00分10秒 | 急行特急TH発2007年→2019年5月1日AM11:59

 季節外れな話は承知の上である。
 けれど、夏の時期にどうしても「儚げ」というか、「ドロついた」(いつもそんな感じだが・・・滝汗)話を書きたくなかったので、あえて書かなかった。丁度、昨日9月10日、「今年の夏について」という事で書いたので、それのカップリング的な感じ(?)で、いつ書いた忘れた1つのエッセイを紹介したいと思う。原文をそのまま掲載しているので、表記揺れ等ある事をご勘弁頂きたい。

 タイトル:夏の夜

 こんな事を頭の中に思い描いてみる。
 夏の夜。時間がどれくらいなのかは解らないが少なくとも多くの人間が眠りにつこうとしているか、その為の準備をしている位の時間だと思う。そして、今日と言う日があと2時間か3時間か1時間かは解らないが、タイムリミットも同時に近づいている時分である。
  少年と呼ぶべきなのか、青年と呼ぶべきなのか、呼ぶのに困りそうな年齢の人間達が、街からほんの少しはなれた時計台のある公園の1角にあつまっている。人数は6、7人か7、8人かその位である。その集団のひとりが、多分、リーダー格なのであろう彼が、集まっている人に言う。

「今夜はよくあつまってくれた。短い夏の1夜、今夜は楽しく過ごそう」

 と声がすると、集団から歓声が上がる。そして、携帯の着メロやらロケット花火やら何か怪しげな話、彼女の話等皆がどこかバラバラでありつつもまとまっているそんな雰囲気で彼らはバカ騒ぎを始める。それぞれの表情は明るくイキイキとしている。だが、そんな集団の中で、片隅に2、3人かたまって自分と同じメンバー達であるのにもかかわらず背を向けているグループが見える。彼らは言う。

「1体、何が楽しんだろうな」

「バカらしい」

 と。彼らはそのバカ騒ぎの中で、何かをつかめないでいるのは確かである。けれど、同時に彼らは気付いている。「空まわりの、何の事態もないまま、何の理由もないままに騒ぐ事をしても何も意味はない」と。そして、

「そんなつまらない事の為に自分の時間を犠牲にする事はどこか変だ」

  と気付く。ならば、

「ひとりで自分の為に、自分の価値観で満足出来る事をしよう」
 
 と思い始める。それはいつしか閉鎖的な時代を迎える為の第1段階にしかすぎないが、案外と今の時代があまりこう温かみがないという事への基礎をつくったのかも知れない。
 それはさておき、こうして盛り上がりを見せた夏もいつかは終わりを迎えていく。それのはかなさを知りながらも、最大限楽しもうとする姿勢は本当にただしいものかと思う。
 数が少ないから価値がある。時間も少ないから、期間も少ないから価値がある。本来、そう言う時は、目一杯楽しんだあとで「良かった」と言う為のものと言うのは解っていてもどこか・・・。


 これを書いた時、私は何を思って居たのかは、あまり解らない。今にして思うと、どこかで「赤面」してしまう位の「恥ずかしさ」がある。死ぬ前に確実に処分しておきたい文書その1とはならないだろうが、それに近いものはありそうだ。
 閉鎖的な現代を描きたかったのか、それとも、そんな時代であっても、人は「グループ」を作って、それぞれに「楽しんでいる」という現実を知り、私自身が孤独な存在である事を嘆いたのか・・・は解らない。
 このエッセイ中の、「今夜はよくあつまってくれた・・・」のくだりは、小学校6年に行った修学旅行の「キャンプファイヤー」で、「今宵は皆仲間です」という台詞を言った修学旅行のイベント企画者が居た事を思い出して書いた様に思う。「皆で一体感を持とう」する姿勢を強調する為のものであるが、その後の学生生活で、「皆で一体感を得ようとする姿勢」がどれだけあったかと言われれば、ほぼ「無かった」と言っても過言ではないように思う。殊更、「行事」となると、「中学時代、高校時代の憂鬱の種の1つ」だった様に私は思う。それは特に下記の話に繋がる。

 「やりたくなくても教員達から強引にやらせられ、〝キレイゴト〟が蔓延す
  る」


 「本当にやりたい訳ではないので、どこかで、憂鬱さを引き摺って行事が
  進行される」

 「行事に向けた前段階の作業(=練習)が、〝やりたくない〟という気持ち
  が強く、どこかでやはり〝憂鬱〟さを引きずり、〝衝突〟を招く」

 「〝憂鬱〟からくる〝死んだ瞳〟と〝疲れた表情〟で溢れる雰囲気」

 「〝人間関係の劣悪さ〟や〝醜さ〟が露呈される」

 その5つが特に私は嫌だった覚えがある。特に、「思っても無い事を思わされて言う」言葉、「キレイ言」が大嫌いだった。所詮、その場しのぎで格好いい言葉でしかないのに、「それに酔う周囲」が嫌だった。全ては、幻ともいえる「その場しのぎの感情あるいは一瞬の感情」でしかないのに、事態が終息すれば、「あれは良かった」と言う「キレイ言」がもっと嫌だった。
 そして、四面楚歌(こんなねじまがった考え方してれば、当り前ではあるけれど)
だった(高校時代は特に)あの時、自分と言う存在が単なる「邪魔者」に見えて嫌だった。
 学校の行事もある意味、ありふれた学校生活の中の「パーティ」の1つだとすると、私はある曲のフレーズに行き着く。

 「 華やかさの陰 苛ついた視線…中略…こんなに賑やか
 なパーティ ひとりだけ海の底みたい ひとりきりなんて 馬鹿みたい」

  これは、篠原美也子の『パーティ』(1994年)という中にあるのだが、まさにその文章達の様な心境になっていたのは事実で、学校が嫌いだったし、憂鬱だったのは言うまでも無い。
 他人が他人が集まるなかで、1つの集団が出来上がり、その中で、他人が「友人」になっていく・・・というのは言うまでも無い。しかし、それはあくまでも「原則」であり、常にそうなるとは限らない。「集団の中で生まれそして想われる〝憂鬱〟に似た感情」に、気付いてしまうと、その場から離れたくなるんじゃないか、とも思う。人は人からは離れらないというのに、離れたくなる感情。高度な能力を持った事の「弊害」の1つなのかもしれない。
 一度、夏だったかは忘れたが、深夜の近所を自転車で走った事があった。いくつの時だったかも覚えていないが、そんな時、ちょうど、先ほど記載した「エッセイ」の中にあるように、数人が座談会的に集まっていたシーンに出会った事があり、それも書く動機になったのかは解らない。その時、彼らはそんな時を楽しんでいたのだろうか?
 閉鎖的な世の中とは言え、「通信手段」は発達し、「コミュニケーションを円滑かつ濃密に行える」様になった。だが、それでも、生の人と人のつながりは、どこまであるのだろうか?稀薄になっていく人間関係を見ていれば、「閉鎖的な社会になっている」と思う。けれど、「通信手段は発達していく」という方向に向かっている。
 そんな事を思っているのは自分だけなんだとは思う。けれど、そう言うのって全く無いとは言えないと思うのだが・・・。  

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Mind Feeling 0911-1

2007年09月11日 19時45分18秒 | 急行特急TH発2007年→2019年5月1日AM11:59

 曇空続きの9月の第3週。
 9月の長雨、秋雨前線。あまりこう取り立てて、気にした事がない。それは、期間が短いからなのか、夏明けで何かと忙しい・・・というのもあるんだろうか?
 今日は、9月11日。アメリカで2つのビルがテロで襲撃された日である。2つの大戦でも、アメリカ本土は被害を受けた事がない(ハワイは除く)様で、その傷跡は、物も人にも大きかった様だ。日本の長崎・広島の原爆投下と同じく、過去を色あさせない為に、その事件もずっと語りつづけられるようにする動きが、アメリカでもあるようだ。
 あの事件があった当日、私は、地元でその当時付き合っていた友人達と酷く酔って大騒ぎしていた。今は、無くなってしまったが、ちょっとした「バー」みたいな店で、強烈に強い?「三蛇酒」(ほぼアルコール消毒液と同じ感じ)をショットで一気に3杯も飲まされて、思考力は相当低下していたと思われる。そんな店で、ツインタワーが崩壊するシーンを見て、「第三次世界大戦開戦か?」と思った事を今も強く覚えている。
 国でない、ある「組織」という「個人集団」による脅威にその日から、世界が怯える様になったのは言うまでも無い。私の知っている人類の戦争史は、国家間同士の争いが戦争の火蓋を切って落とし、国を叩けばとりあえず戦争は終結する・・・という感じなのだが、「組織」が戦争の火種を作るというのは、これまでに無い事で、解決するのが難しい事は言うまでも無い。
 今も、テロ騒ぎは時折どこかの国で、聞く事がある。組織と言うある意味の「個人」が「国家」を相手にする、あるいは「世界」を相手にするというのは、考えられない事である。根底には、「宗教観」があるようにも思えるが、そんな「人の考えの対立」が、いつでも争いを引き起こす事はままあると思うけれど、「宗教的な考え方の差異での争い」は、相当、解決するのは難しいし、根も深そうである。
 結局、この9.11テロ騒動で、国を相手にする形で戦争が起こり、とりあえず「血を流す国家間同士の戦争」は終わったものの、「組織」との戦闘はまだ続いたままであると思うし、集結は闇の向こうという感じである。
 我が国も、「テロ特措法の延長」をめぐって議論がなされているが、良い意味での「国際協調・国際協力」が、一方では「戦争に荷担しているのではないか?」という「悪い意味」が生まれてしまっている様だ。善意にある意味で逆になってしまう事ほど、悲しい事はないが、その解決策は模索されたままだ。ある意味、「ジレンマ」な状況に我が国はあるのかな・・・と思っても居る。「外交は言葉で言う以上に
難しい」という事が、露呈されるけれど、「何もしないわけには行かない」という頭の痛い問題である。
 一方で、9.11が起こる前まで、アメリカで飛行機に登場する時の手荷物検査が我が国と比べると「緩い」というのは驚いた。向こうでは、「航空」は、日本以上に「身近な物」で、操縦ライセンスも比較的容易に取れるのは、凄いなと思う。日本だと、テロが起こる前から手荷物検査は結構厳しい感じが私はしていて、ましてやアメリカとなれば、もっと厳格なものだと思って居たのだが、意外な話ではあった。今は、違うようだが。
 ずっと、この先、9月11日が来る度に、その日の事を思い出す事になるんだろうが、「平和」な時代が来るのは一体何時なんだろうか?人が「思考」や「思想」という「崇高で素晴らしい能力」を身につけてしまった以上、「衝突」が起こるのはいた仕方ないのだろうか?そうは思いたくは無いが・・・。

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Mind Feeling 0911-2 「秋休みが無い事から始める話」

2007年09月11日 19時44分58秒 | 急行特急TH発2007年→2019年5月1日AM11:59

 「春休み」、「夏休み」、「冬休み」とあって、「秋休み」が存在しないのは、不自然な感じである。
 人名でも、「高」と言う文字で始まる苗字(例:高田・高野・高山)があり、「中」という感じが使われる苗字(例:中田・中野・中山)があるが、「低」で始まる苗字は聞かない。しかし、「上」または「下」で始まる苗字は存在する。何てこと無い不思議な話。
 これは、所ジョージ氏が言っていたのだが、「明日」と呼ばれる日はあっても、いつも「今日」しかない、という不思議。
 どうでもいい話だが、多少は気になる所だとは思う。
 しかし、4つの季節中3つも休みがあるというのは、なかなか珍しいのかなと思う。海外だと「夏期休暇」「クリスマス・新年休暇」はあるが、「春休み」に「秋休み」はなさそうである。かなり休みすぎという感じで、日曜以外の「休日」も日本は抜きん出て多いみたいな話を聞いた事がある。
 「秋休み制度」は出てこないだろうが、以前、第2のゴールデンウィークがやってくる年があると聞いた事がある。それが9月だったような気がするのだが、見ていても特にそんな事がなさげであるので、別の月なんだろうか?今年は割合、しっかりとした「3連休」となり、「秋休み」って言っても良さそうなものである。
 諸外国は、「まとめて長期間、一気に休みを取る」と言う傾向にあるようだが、我が国は「短期間の休みがポツポツと来る」ので、ある意味「疲れる」のかもしれない。「遊べるには遊べる」かも知れないし、「たとえ短くても、回数多くやってくる方がお得な気分になる」というのはありそうであるが、そのあたりは価値観によるのでなんとも言えないけれど・・・。
 とは言え、我々はそんなに「休みに期待」しなければならないほど、「日常がすさんでいる」のだろうか?とも思う。以前も似たような話をしたけれど、「休みは、一瞬」で「休み以外の日は、それよりも長い」。故に、「一瞬にかける想い」が強くなるのは、よく解るけれど、「休みの日以外のありふれた日常」を変えていかないといけない気がする。
 「不自由である事で、自由である」という一見矛盾した事が、「ありふれた日常、つまり、普通の日」という事になるのは、どんな立場であれあると思う。そんな物から解放されるのが「休日」という感じである。ならば、その「不自由」を「自由」に変えたい・・・所ではあるが、なかなかうまくはいかない。「不自由」である事で「ストレスを感じる」と思う。ならば、そこをどうにかしたいと思うのはきっと誰もが同じだと思うだけれど・・・。
 これからの時期、色々ともの想いをするにも良い時期だとは思うが、忙しい日常に縛れるとそんな事、思いもしなくなるし、思わなくなると思う。人は機会にはなりえないが、ある意味「機械的に日々を過ごす」事になり、「機械的な人間」へ知らず知らずのうちになっていくんだろうな、と思う。
 あんまりそんな話をすると、「醜さ」を露呈する事になってしまうので、この辺りで止めておきたい。
 
 

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