読書日記 嘉壽家堂 アネックス

読んだ本の感想を中心に、ひごろ思っていることをあれこれと綴っています。

青春のうた 第21巻 1970年代後期③

2006-11-10 21:24:45 | 読んだ
1.贈る言葉/海援隊 1979年11月発表

この歌「3年B組金八先生」の主題歌であるが、当時、僕は何に夢中になっていたのか、テレビも見ず音楽も聴かずにいた、らしく、よく覚えていないのである。

「ああ、いい歌だな」
とは思ったものの、ちょいと「いい子」ぶっているんではないの?とも思っていた。
海援隊は、この歌をきっかけに、方向が「清く正しく美しく」のほうに行ってしまったような気がする。

思えば遠くへきたもんだ、のように「私」の世界から離れていって「公」に近づいていって、それはそれで成功をしたとは思うのだが・・・チョイとがっかりという気分もあるのである。

2.大都会/クリスタルキング 1979年11月発表

出だしが強烈な歌である。
そして「完成度」が高い歌である。

でも、共感、がないのである。
片田舎、に住んでいるという「ひがみ」なのでしょうか。
いい歌だとは思うが、遠くで聞こえている感じなのである。
その証拠に、出だししか知らないのである。
今回初めて、歌詞を読んで「フーン」と思った。

3.サクセス/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド 1977年3月発表

いい歌だなあ、覚えたいなあ、と思いつつ、とうとう覚えられなかった歌である。
当時は主にFMラジオのエアチェックで歌を覚えていたのだが、この歌は、カセットの収めることができなかったんだろう。
そして、それほど熱心に覚えようとも思っていなかったのかもしれない。

♪待たせたね♪

という部分のみ歌いたい、そんな歌である。

4.陽はまた昇る/谷村新司 1979年6月発表

谷村新司は歌がうまい、いい声だと思う。
だから、その特徴を生かした歌を歌うのは当然だと思う。

しかし、当然のことだからといってすんなり心に入ってくるかとおもうと、そうでもないのである。
「好きなこと」と「できること」とは違うということと同じような気がする。

あの声で、このメロディーで、人生について歌われると、なんだか自分がすごくすごく軽薄に生きているような気がするのである。
自分は軽薄に生きているんではないか、とビクビクしているところに、そのとおりと太鼓判を押されたような気がするのである。

だから、谷村新司のアリス時代の歌は好きだけれどソロになってからは「ちょっとなあ」という気分なのである。

5.私に人生と言えるものがあるなら/高石ともや&ザ・ナターシャ・セブン

これは今回はじめて聞いた。
こういう歌は「苦手」なのである。
谷村新司の歌におびえるのと一緒で、なんだか「つらい」のである。

「私に人生と言えるものがあるなら」
というのは、では俺には人生と言えるものはないのか、と、そう受け取ってしまう僕なのである。

それと、当時は「自然派」みたいなものがあまり好きでなかった。
まだまだ将来は輝いていたのである。
それなのに、なぜ後ろを振り向いて人生を考えなければならないのか。
それよりも「人生を語らず」だったのである。

6.織江の唄/山崎ハコ 1979年9月発表

五木寛之の小説はいくつか読んだが、とうとう「青春の門」は読まなかった。
そして、映画も見ていない。

それから山崎ハコは気になる人であった。
しかし、気になる、のもなんだか「ついで」のときのようで、いつもいつでも気になっていたわけではない。

ということから、この歌はしっているが、一生懸命に聞いたことがない、というか、聞こうとしたことがない。

*まとめ
 今回のCDに入っている曲を、共通の言葉でくくると「共感がもてない」ということだろうか。
 「そうね、そうなんだけどね」
 という印象なのである。
コメント
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