紫外線に
2015-04-26 | 日記
やられる。やっと車洗えたんだけど、この時期は大変。
学校に行ってる時は平気だったんだけどなあ。
そで口とか服着てないところはあきらめてるんだけど、
わりと厚手の濃い紺のコーデュロイのシャツの上から貫通する勢い。
紫外線当たると、ものすごくはれちゃうし、そのあとなんかしんどくなるんだよなあ。
映画の批評のことでもめてて、いろいろ考える。
気に入らんってことを書くのは別に悪いことじゃないと思う。
専門の人から見たら文句の一つも言いたくなるっていうのはわからないでもないし。
その映画、先週くらいの夕刊に別の人(だと思う)の映画評がのってたんだけど、
なんかこう歯切れの悪い感じで少なくともほめてはないっていうことはよくわかった。
邦題もちょっと内容とずれているっていうようなことも書いてあったと思う。
で、それにかみついた「映画評論家」の方は、
影響力のある人物が公開前に映画を酷評することについて非難した、ということらしい。
まあ、そういう暗黙のルールがあるそうで。
でも、少ないおこづかいの中から映画館にわざわざ行く人にとって、
これを見よう、あれはやめとこう、って判断するには、いろんな感想があるに越したことはない。
そしてやっぱりその専門の人がほめてるかほめてないかっていうのは、大きな判断材料になるんじゃないかな。
BURRN!っていうHM/HR専門誌がむかし圧倒的な支持を得たのは、悪いものはちゃんとけなしたからだったと思う。
その人も、自分をあてにしてくれる人のためにもいいかげんなことは書くわけにはいかないはず。
「映画評論家」の人は、悪い評判が出て映画の入りが悪くなったら、
配給会社も映画館ももうけがでなくて困ってしまう、みたいなことを書かれていたけれど、
それは、微妙な邦題をつけた人が悪いし、そういう映画を買い付けた人が悪いし、
そういう映画の上映を決めた映画館の責任なのではないかな。
そういう人たちを守るために少々難がある映画でもとりあえずほめておかないと、
って考える評論家がいるとしたら、それもどうかしていると思う。
そういう評論を見てだまされたって感じたお客さんが、
もう映画館に足を運ばなくなったらなんの意味もないと思うんだけどな。
一生懸命映画を守ろうとする人たちが、つまらない映画をヘンにかばってしまったら、
逆に普通の人が映画から離れていくんじゃないかな。
「ブラバンは体育会系」ってよく言っておられる某大物アーティストの方が、
その映画を見てどう思われるか、ちょっと気になる。
個人的には、音楽って、ある程度の技術を持っているってことは前提のうえだけど、
基本的には、やってる本人が楽しまないとだめだと思っているので、こういうのはまったく共感できないかな。
まあそれでも、賛否両論の意見を聞いたことで、どんな映画なんだろうって興味は持ったので、
時間とお金があったら見に行こうってなるかもね。
同じようなこと考える人、意外と少なくないような気がするんだけどなあ。
で、大本営発表よりも、その方がよっぽど健全な気がする。