まこねこまどかブログ

マンガ家まこねこの気ままな日記

疋田孝子さん

2011年11月15日 | 歴史

内田ゆめさんは、勝海舟の長女で、次女は疋田孝子(ひきたたかこ・こうこ)さんです。
二人とも美人です。
お姉さんといつも一緒に、ホイットニー家の祈祷会に来ていました。
杉田玄白の跡取りである武のあかちゃんが亡くなった時、「洗礼を受けていました。」と聞いて、お姉さんのゆめさんは、洗礼が病気の名前だと思いましたが、孝子さんは洗礼の意味を教えてあげました。
クララのお母さんが亡くなった時、孝子さんは「あなたのママを姉だと思って慕っていました。」と言ったのです。
弟の小鹿(ころく)の奥さんのおたてさん(20歳)が結核で亡くなる前に、ゆめさんとクララでイエス様の救いについて話をしました。
しかし、おたてさんは、理解できなかったのですが、ゆめさんに、毎日聖書を読んでくれるように頼みました。
それを見ていた勝海舟の奥さんは「ありがとう、また来て、かわいそうなおたてのために福音について話して上げてちょうだい。」と言いました。
その後、孝子さんが救いについて話しをしましたが、おたてさんがなんといったか分かりませんでした。
しかし、そのすぐ後に、クララの兄のウイリィが行くと、「もっとイエス様の話を聞かせて欲しい。」といい、話を聞いてお祈りをした後、おたてさんは「私は、このようなことを信じます。私はキリスト信者です。」と言って意識が無くなり天に召されたのです。
その後、孝子さんは「私は、新しい考えを持ったので、夫の家とごたごたしています。クリスチャンになったのだから、異教徒として火葬され埋葬されることには同意できません。(クララの)お母さんの平安をうらやましく思いました。私もお母さんの側にキリスト教式で埋葬されたい。」と言っていました。

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内田ゆめさん

2011年11月15日 | 歴史

 1879年(明治12)10月10日、勝海舟邸内に住んでいたホイットニー家のクララは、勝海舟の長女ゆめさんに福音の話をしました。
福音と言うのは、神の子であるイエス・キリストが自分の罪の身代わりとなって十字架にかかって死んでくださり、三日目によみがえって下さった。
それを信じて「イエスは、主です。」と告白すれば、死後、永遠の命が与えられ天国に行けると言う意味です。
ゆめさんは、結婚して内田夫人になりますが、御主人は早くに亡くなり、子供もいないので妹の子を養子にしています。
そして、「福音について教えてくださってとてもありがたい。あなた方がいる間にできるだけ多くを学びたい。」と言いました。
クララが、亡くなったおじいさんのおだやかな一生と荘厳な死について話すと、ゆめさんは熱心に聞いていて「そんな死に方ができるのは素晴らしい。キリスト教こそ、真の信仰に違いありません。日本では、そんなに喜んで死ぬことはありません。侍は死を恐れずに勇敢に死にます。でも、あなたのおじいさんがご覧になられたような天国を垣間見ることなど聞いたことがありません。あなた方の信仰こそ本物です。」と言いました。
クララたちが、一時帰国している間、勝邸では集会が持たれ続け、門のところには「ヤソ教」の表札が出ていました。
だから、勝邸では、教会を持っていると言う噂が立っていました。
勝邸に出入していた、牧師はたくさんいますが、たぶん津田仙が、中心になっていたのではないかと思います。
そして、ゆめさんは妹の疋田夫人や、その子供たちと一緒に洗礼を受けて、祈祷会ではオルガンを弾いていました。
彼女たちは、勝邸内に本物の教会が欲しいと祈っていましたが、クララのお母さんが亡くなった時、お兄さんのウイリィがいただいたお金で勝邸の横に土地を買い教会と病院を作ったのです。
その後、病院は閉鎖され、記念館が残っていましたが、それが赤坂教会になったのです。





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