
先日10月11日(日)の大運動会の記録撮影をもって、博多総鎮守・櫛田神社のお膝元である冷泉自治協議会(兼まちづくり協議会)の記録係を担当して11年目に突入しました。
先日の運動会時に公民館長に言われて気づいたのですが、私がなぜ冷泉の役員会に顔を出し毎々の地域行事などを手弁当で記録撮影しているのか、役員の皆さんも全員世代替わりしてしまって、今の方々はご存知ない方も多いよう…。そう、11年前の地域の役員さんも高齢化で全員入れ替わり、記録係(オブザーバ)の私が最古参になっていたんです。
再来年は自治協議会も50周年、戦後復興期から昭和30年代にかけての地域活動の記録は、当時の役員(ふくや創業者の川原様、明月堂創業者の秋丸様ら)のご尽力で、写真のような地域活動がきちんと記録写真として保存されています。
私の役目は、役員さん達が入れ替わっても、過去から現在への動きを把握し記録として遺すこと。それが事件(火災など)でも記録しろ、とお歴々の大先輩方に指導いただきました。
記録誌の一端をサイトにまとめた「博多・冷泉のあゆみ~まちづくり戦後史」がマイタウンマップ・コンクールで優秀賞を戴いた事も(内閣総理大臣賞候補だったそうで、当時は新聞記事で大きく紹介されました)、残念ながら今の役員さん達はご存知ないみたいです。
時代の変化とは、こういう事も含めてなのだと感じている今日この頃…。サイトは8年前に更新したままですが、冷泉の方よりも他の地域の方々が熱心にチェックされています(笑)。
まちづくりに携わられている若手の方々にも、これら先人の遺した資料群の存在を知ってもらう努力、活用いただく提案も今後は必要になりそうです。