marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

(その15)異邦人の僕ら、世界のキリスト者は何を信じているのかなぁ。

2025-02-12 09:29:48 | 日記

 お墓の整理なのであろう白いテープが巻かれている。教会の墓地にある『聖公会』のお墓がぽつんとある。ここはもともと一帯がお寺さんの敷地でその一角にお墓があり、お寺自体は別に移り敷地だけで建物があったところには今はアパートが建っている。

クロス墓石英国プロテスタントに見られるお墓である。明治12~14年か、建てられたのは文字が欠けて不明だが、お一人で日本に来られた訳ではないのだろう、聖公会も確かに市内にあるけれど忘れられているのだろうか。

”彼が末日に甦るべき時に甦る事を知るなり” と刻まれている。土台には ”NATAN ANDREW” と名前が彫られている。『彼が』とあるのはイエス・キリストのこと。イエスは世の終わりに再び来られて(『再臨』と言われる)その時にNATANさんも甦ることを知っている、ということが刻まれている。

僕はプロテスタントですが、友人では愛知に司祭がいる。年賀しまいのハガキを昨年はいただき、今年からはメールでお願いしますとあった。つい先日、遅ればせながらメールをし、2~3質問したが、当然ながらというか返事はまだ来ない。つまらない質問だけれど来たら公開しようと思う。

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先のブログに聖書の旧約の内容を述べた。

天地を創造し、アブラム(アブラハム)を神は選ばれてからのその民の神は導かれた歴史であった。そして、その経緯に神は、全人類を救うべく独り子イエスをキリスト(救い主)として地上に派遣した、そしてそのイエスを信じる者は条件なしに神の懐に帰れる(永遠の命にあずかれる)として、教会は十字架を掲げて宣教を続けているのであるとされる。

旧約はステパノが言った神の民の歴史のあの使徒行伝7章の内容が旧約聖書のどこに書かれているかを調べて読むだけで、聖書が自分のテキストになっていくと思います。さらに細かく創世記のヨセフ物語を読んでいけば、生きている神を信じた人の時間を超えた、人の持って生まれたあれこれなどを超えた神の救済の物語に涙することでしょう。

その焦点がイエス・キリストにあるのです。

イエスご自身「律法(旧約に書かれ民が守るべき戒め)と預言者(神からの言い伝えを民に伝える者が書いてきた書)は私(イエスご自身)のことが書かれているのだ」と述べたられたこと。そこで、では、キリスト者は、何を信じてるのか、はずばり『使徒信条』にまとめられている。ここではどういうイエスなのかと新約聖書をあたってみると良いと思われます。

ここには、過去のことからと、現に信じたひとびとの今の生きるべき希望がまとめられています。

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使徒信条

われは天地の造り主、全能の父なる神を信ず。われはその独り子、われらの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、乙女マリアより生まれ、ポンティオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)に降り、三日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまえり、かしこより来たりて、生きる者と死ぬる者とを審(さば)きたまわん。われは聖霊を信ず、聖なる公同の教会、生徒の交わり、罪の許し、身体のよみがえり、永遠の命を信ず。アーメン

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兎に角、赤線でもなんでもいろいろ気になる言葉に線をひっぱって、書き込みでもなんでもいいので聖書を自分の物にしてください。兎に角、聖書は不思議な書物です。・・・



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