ふとしたきっかけで知り合うことになったT氏のお誘いで、「軽井沢の夜話」に参加した。
9月29日の夕刻開催されたこの夜話に参加するために、私のショップからもほど近い会場の「やなぎ書房」に着くと、入り口でT氏に迎えられたが、中には20人ほどが座ることのできる長いテーブルがセットされ、その上にワインやおつまみ類が並べられており、すでに集まっていた皆さんは飲んだり食べたりを始めていた。
この夜は、ここで松井孝典東京大学名誉教授の「宇宙から俯瞰する人類1万年の文明、ウイルスはどこから来たのか」という題でお話を聞くことができるのであった。

2021.9.29開催、軽井沢の夜話のパンフレット
また、この夜話には外交ジャーナリスト・作家の手嶋龍一氏も参加することが事前に知らされていたので、私は以前購入して読んでいた氏の小説の中から「ウルトラダラー」を選び、サインをしていただこうと持参した。
当日の会場はT氏が旧軽井沢に最近オープンした書店であり、入り口近くには手嶋氏の数種の近著が平積みされていて、集まった方々は手に手に購入したその著書を持ちサインをしてもらっていたのであった。
私が「ウルトラダラー」を差し出してサインをお願いすると、手嶋さんは「これは私の大切な小説です」と言いながら穏やかな表情を浮かべて表紙を開いたところにサインをしてくださった。

手嶋龍一著「ウルトラダラー」の表紙カバー

「ウルトラダラー」にサインをしていただいた
ほどなくして松井さんの話が始まることになったが、手嶋さんは「138億年の宇宙の歴史を、7分間に纏めてわかりやすく話ができる人は松井孝典さんをおいては他にはいない」とユーモアを交えながら松井さんを紹介した。
ビッグバンに始まる宇宙の歴史、太陽系と地球の誕生、そして地球上での生命の誕生と人類による文明といった壮大な歴史物語を聞いたのであるが、聞いている時はなるほど、ふんふんと思っていても、メモを取っていないので、後になってみると詳しい内容、特にウイルスについての部分はよく思い出せない。
ある程度話が進んだ時に、手嶋さんが「宇宙には、地球以外に生命体が存在しているという証拠は得られているのですか?」と質問したが、その答えは「今のところNO」であった。地球に似た「地球もどき」惑星は数多く存在することが判ってきたが、生命の存在についてはまだ確認できていないのだそうである。
広大な宇宙にはどれくらいの数の星(恒星)があるか、そしてその星を取り巻く惑星の数はどれくらいあるか。その中には地球と同じように生命が誕生している惑星があるのだろうか・・・といった問いかけは古くて新しいものである。
しかし、人類はいまだその答えをもっておらず、今もその答えを求めて探求を続けているということである。
現代科学はこうした人類普遍の疑問に対して、一つ一つ答えを出し続けている。松井さんもまた生命の起源についての答えを求めて今も研究活動を続けておられるが、そうして得られた最新の成果を、第一人者から聞くことのできる機会はとても貴重なものであった。
宇宙に、地球以外にも生命体が存在しているという証拠はまだ得られていないものの、理論的にはどうかと言えば、その可能性は大いにあるというのが松井さんたちの考えである。具体的に数字を挙げながら、確率論的に話をされたのであった。
講話が終わり、「せっかくの機会だから、質問のある方はどうぞ」という手嶋さんの言葉に促されて、最初に私が質問した。
それは、講話の最後のところで松井さんが話した、次のような内容に関してであった。
「若い有能な政治家さんに、宇宙にロケットを飛ばして、その中に地球の微生物を搭載しておけば、いつの日かこれがどこかの地球に似た惑星にたどり着いて、そこで地球上で起きたような進化の道筋を辿るようになる・・・と提案している。」というものであった。
地球上の生命の起源については、無機物から地球上で自然発生したとする、これまで信じられてきた説の他にも、宇宙起因説があることは知っていたが、松井さんの上記の提案に関連して、「我々もまた、宇宙のどこかの知的生命体が意図的に送り出した微生物が地球に到達して、そこから進化したとの説もあるようですが・・・」と質問したのである。
これに対して、「それはクリックの説ですね。」との松井さんの回答であった。クリックとはDNAを発見したワトソン、クリックのあのクリック博士のことである。こうした説をクリック博士が唱えていたとは知らなかった。
この件については、それ以上の話の展開はなかったが、この後「夜話」にふさわしく、Tさん、手嶋さんも加わって、宇宙と地球・生命、人類文明に関する楽しい話題が続いた。
松井さんは最近トルコ政府の許可を得て、トルコ・シリア国境近くの遺跡の発掘・調査を行っているということだが、これは1万年前の人類最古の文明の遺跡である可能性のあるものだそうである。
また、中には、「地球人類は100年以内に滅亡するそうですから、皆さん好きなことをして、楽しみましょう」といった話も飛び出して、一層ワインが進んだようであった。
この後も、当初予定の午後8時以降に2次会が予定され、より高価なワインとおいしい料理が提供されるというT氏のアナウンスもあって、ほとんどの人は残ったが、私は2次会には出ないという基本方針なので、ここで一足先に失礼することにして、T氏にお礼の気持ちを伝えて、迎えに来てくれた妻の車で自宅に帰った。
この夜の話題に触発されて、帰宅後も「宇宙と生命」について情報を整理してみている。これまでは、オパーリンの化学進化説や、ユーリー・ミラーの有機物合成実験など若いころに得たものがそのまま記憶に残っているだけで、これらを超えることがなく、断片的な知識しか持ち合わせていなかったからである。
松井さんが言われた、「クリック博士の説」とはどのようなものか。地球上の生命の誕生とどのような関係があるか、これも知りたいと思ったし、宇宙に有機物さらには生命の存在を確認しようとする試みがあることは知っていたが、これをただちに地球上の生命の起源と結び付けて考えるものとは理解していなかったので、地球上の生命の起源が宇宙にあるかもしれないという説が、松井さんたち、多くの科学者に検討すべき対象として認識されるようになっているというのはちょっと意外だったからでもある。
たしかに私自身も、最近のコロナ騒動に触発されて、改めてウイルスや人間の免疫システム、RNAやDNAの構造と機能などについて調べる機会があったが、そのあまりの精緻な仕組みについて知るほどに、こうしたことがすべて地球上で限られた時間内に無機物から発生し、進化した結果であるとは考えにくいことだと思うようになっていた。
今回のこの「夜話」では、松井さんから確率論的に数字を示しながら、地球上で無機物から有機物が、そして生命が誕生し、その後進化を遂げて人類に至るという、これまで最も確からしいとされていた考えは、極めて確率が低い現象であり、そのために宇宙起因説もまた検討すべき説と考えられていると教えていただき、なるほどと納得したのであった。
松井さんの考えをもう少し詳しく知りたいと思い、ネットで検索していて、NHKのラジオ第2放送「カルチャーラジオ 科学と人間」で、今回の「夜話」の内容に近いものが「地球外生命を探る」というテーマで13回にわたり語られていたことを知った。
この放送は、毎週金曜日の午後8時30分から9時まで放送されていたが、放送日と各回のタイトル、およびお話の概要はNHKのホームページに記されていて次のようである(残念なことに第1回と2回の概要は閲覧時点ですでに削除されていた)。
第1回 2021年7月2日 金) 生命とは何か
第2回 2021年7月9日(金) 細胞の定義
第3回 2021年7月16日(金) 生命の定義
宇宙において生命とはどのように定義できるのでしょうか?それは地球外生命を
探るうえで大切なポイントのひとつです。今回は、生命を物理的にとらえ、生きて
いるとはどういうことかを解説、視野を宇宙に広げて生命の定義について考えま
す。
探るうえで大切なポイントのひとつです。今回は、生命を物理的にとらえ、生きて
いるとはどういうことかを解説、視野を宇宙に広げて生命の定義について考えま
す。
第4回 2021年7月23日(金) 生命を形づくる分子
地球の生命を形づくる分子について取り上げます。生命を形づくる分子はたくさ
んありますが、なかでも水、脂質、炭水化物、核酸、タンパク質は特別です。これ
らの分子が体内でどのような働きを担っているのか解説します。
んありますが、なかでも水、脂質、炭水化物、核酸、タンパク質は特別です。これ
らの分子が体内でどのような働きを担っているのか解説します。
第5回 2021年7月30日(金) 生物のエネルギーはどのように作られるのか?
生物のエネルギーの元は太陽です。太陽からエネルギーをどのように吸収してい
るのか、リボソーム、ミトコンドリア、葉緑体といった3つの細胞小器官を取り上
げて解説します。
るのか、リボソーム、ミトコンドリア、葉緑体といった3つの細胞小器官を取り上
げて解説します。
第6回 2021年8月6日(金) すべての生物は電気発生装置
生命は根源をたどると電子あるいは陽子の流れに依存しているといいます。今回
は、化学反応と電子、陽子の流れという点に着目し、生命のいろいろな現象を説明
していきます。
は、化学反応と電子、陽子の流れという点に着目し、生命のいろいろな現象を説明
していきます。
第7回 2021年8月13日(金) 生命の起源=いつ、いかにして、どこで生まれたのか?
地球のようにさまざまな鉱物をもっている岩石惑星では、鉱物の表面で化学反応
が進むことにより生命が生まれるという考えがあります。今回は、地球外生命の可
能性も広がるといわれる、深海における「熱水噴出孔仮説」をとりあげて生命の起
源について解説します。
が進むことにより生命が生まれるという考えがあります。今回は、地球外生命の可
能性も広がるといわれる、深海における「熱水噴出孔仮説」をとりあげて生命の起
源について解説します。
第8回 2021年8月20日(金) 地球とは何か?地球もどきの惑星との違い
地球という惑星は、どんな惑星なのでしょうか。その特徴を大気組成や地球の内
部構造などから説明、さらに地球に似ている「地球もどきの惑星」との違いについ
解説します。
部構造などから説明、さらに地球に似ている「地球もどきの惑星」との違いについ
解説します。
第9回 2021年8月27日(金) 地球環境はなぜ安定しているのか?
地球は他の惑星と違い、温暖かつ湿潤な気候で安定しています。こうした気候に
よって微生物が進化し生物圏が生まれたと考えられます。今回は、どのようにして
安定した地球環境が保たれているか解説します。
よって微生物が進化し生物圏が生まれたと考えられます。今回は、どのようにして
安定した地球環境が保たれているか解説します。
第10回 2021年9月3日(金) 地球が特別である理由:生命誕生後にその進化が起こった
地球上生物の進化は「原生代」(約25億年前~約5億4千万年前)という時代の前
後でまるで違ったといいます。この時期に何が起きたのでしょうか?今回は、地質
学的な観点から生命の進化を考えます。
後でまるで違ったといいます。この時期に何が起きたのでしょうか?今回は、地質
学的な観点から生命の進化を考えます。
第11回 2021年9月10日(金) 生物進化が起こる惑星の条件
地球上の生物の進化は、原生代の極端な寒冷化現象によってもたらされたという
説があります。生物の進化に重大な影響を与えられたとされる大規模な環境変化、
スノーボールアース(雪玉地球)について解説します。
説があります。生物の進化に重大な影響を与えられたとされる大規模な環境変化、
スノーボールアース(雪玉地球)について解説します。
第12回 2021年9月17日(金) フェルミの問い
“もし宇宙人がいるとしたら、一体彼らはどこにいるのだろうか?”―物理学者エ
ンリコ・フェルミが発した有名な問いです。「フェルミのパラドックス」といわれ
るこの問いに対し、これまでの研究でどういうことがわかってきたかお話ししま
す。
ンリコ・フェルミが発した有名な問いです。「フェルミのパラドックス」といわれ
るこの問いに対し、これまでの研究でどういうことがわかってきたかお話ししま
す。
第13回 2021年9月24日(金) 星と惑星と生命
銀河系の中で地球のように海があって、海底に「熱水噴出孔」があるような惑星
を探しだせれば、生命を見つけることができるだろうと松井孝典さんはいいます。
シリーズ最終回は、惑星がどのように形成されるのか説明したうえで、生命の誕生
に適した惑星の条件についてお話しします。
を探しだせれば、生命を見つけることができるだろうと松井孝典さんはいいます。
シリーズ最終回は、惑星がどのように形成されるのか説明したうえで、生命の誕生
に適した惑星の条件についてお話しします。
これらの内容は、NHKのホームページ(https://www4.nhk.or.jp/P3065/)の「過去3か月の放送」で見ることができるが、順次消されていくようなので、10月21日現在、見ることができるのは実際には第4回以降だけである。
また、「聴き逃し配信」というところでは、過去の放送を聴くことができるようになっているが、こちらも現在第9回以降だけになっており、それ以前の放送については「配信終了」になっていた。
しかし幸いなことに、YouTubeにはすべての放送内容がアップされていることが判ったので(13回目の後半部分は見当たらなかったが)、第1回から3回のタイトル情報も上記のように確認することができ、またその内容も聴くことができた。内容の詳細はここではこれ以上紹介することはしないが、放送のタイトルにある「地球外生命を探る」という内容は、とりもなおさず、この地球上の生命はどのようにして誕生したかを探ることでもあった。
以下次回