20日にネット回線をADSLから、光に変更し工事が終了した。
機械音痴の私なので、接続面を娘婿にゆだねた、が・・。
その夜は夫と阪神戦の観戦で甲子園に行った、帰宅してRAN接続で難航している彼を見て私は不足に思った。
不足を思う理由が色々あったから。 帰宅するや否や顔以外全身に湿疹が出た、不快だ、たまらない、ばばっちい身体となった。
あせもがこんな大人に一気に出るはずもなく、間違いなく心身性。 身体の表面は心の表れと言われる。
心で思った(ぶつぶつ・・)がぶつぶつに繋がったのだ、自分でそう診断した。 不快な体調は1週間以上続いた。
なんでもこう言った機器の接続やトラブルは長女任せ。 そんな頼りになる長女は香港滞在中、今回は長~い。
娘婿は何度も電話でサポートしてもらっていたが、「もういいよ、帰国を待つから」ノートパソコン以外3台ネット不通の状況。
携帯を持っていないとなんか不安なくらい、ネットは今や私にとっては必要な存在になっている。
はじめのうち少しは苛立ちもあったが、(もういいや・・これも必要なことかも知れないし)そう腹を決めた。
ブログは記録であり、楽しみでもある心のよりどころ。 リアルタイムに更新出来ればいいが、なかなかそうはいかない。
当日に更新する事はまぁ無くて、たいていは追って記事を書いている。 悪い癖で文章が長い。
けど私のブログのコンセプトは、写真に思いをのせることだからご容赦。
ブログから離れてみると、それはまた何か分からないが少しの解放感があることに気付いた。
100均の積み重なった籠には、色んな印刷物や切り抜きやパンフレット、さっと見たままのものが溢れそうだった。
許される時間そんな整理をした。 家中の押し入れなんかも整理整頓の対象になった、これは有難く嬉しい時間だった。
子供の頃家族中でする大掃除で取り外した畳に敷いていた古い新聞の思いがけない記事を目を輝かせて読んだように。
昨年兄が送ってくれたみかんの箱に同梱していた、A4サイズの用紙にびっしり打った12枚もの手紙も読んだ。
長年働いてきた自分の仕事や立場への思い、父不在の責任感や結婚してからの色んな事柄や我が家の家族について等。
今更ながら、兄の心情が最初に読んだときよりいっそう思い深く、その時読み込めなかった事を兄に申し訳ない気がした。
ブログの時間以外の家で過ごす忙しさを理由に、どれだけ心して読んでいた自分であろうかと反省だった。
メールにしても即効返事も書けなかったり、疎かになっている部分も大いにあることに気付いた。
もしブログをやっていなければ、結構ゆっくりと普通に過ごせた時間だろうか。
いや、ブログを通しているからこその、今日の色々な方とのおつきあいが出来ている訳であろう。
復旧するまでの半月、色々と大切な事がらに気づかせてもらった。 湿疹の痕跡は残っているものの、
即効ネットが繋がっていたら、パンフレットや印刷物の籠はまだまだ整理されずたまったままだったと思う。
申し訳ないかな、まだ送受信のメールが滞っている。 不義理をしている気持ちだけが暗く自分を襲っているが、
来年あたりはこんな事柄も解決するかも知れないと思っている。
長女のお陰でネット復旧、あ~嬉しい。
台風4号の影響で今窓の外は大きな雨音、ラジオでは気象情報で警報や注意報がずっと流れている。
御巣鷹山の飛行機事故からもう25年、被災者のご家族や関係者の方々の慰霊の入山が始まっているようだ。 12日記