もう10年も前だろうか、人生の大先輩から聞いた。 そして、書きとめておいた。 はず・・
「老いないための、かきくけこ」
か・・感動 き・・ く・・工夫 け・・健康 こ・・恋
き・・がどうしても、思いだせなかった。 思い出せないのって気持ち悪い。 なんだったかなぁ・・き・・き・・き・・
スクラップ類の整理をしていたら・・なんと~! (あった~!) 書いてあった紙が出てきた~!
き・・興味
そっか、興味だったんだ、あ~これでスッキリ!
「老いないためのかきくけこ」
そう言って教えてさとして下さった大先輩は、昨年旅立たれた。
息子さんと、新潟のお里のお墓参りを終えたその翌日に。
まさに、かきくけこを常とした生活を送っておられて、語らずともその処し方は大きな説得力であった。
その方の姿と何処か似ている田舎の母が、私の中で何度も重なっていた。
未だ63の私に「人間、一生が努力じゃよ、がんばろうで!」と励ます母、それはいつもいつも。
完璧に出来あがった人間なんていない。
日々の生活の中で、事あるごとに自らを顧み反省しながら、思いやりの気持ちを持ちながら心を寄せ暮らしてゆく。
感動も、興味も、工夫も、健康にも心している。 もうこんな年だからと惰性に生きてはいないと、そう思っている。
敬老の日の電話で、「できることなら、死ぬまで自分の足で歩きたいね」そう言っていた。
それは少しでも、まわりのものに迷惑をかけまいとする母の精いっぱいの、健康への新たな決心だったと思う。
こ・・恋
母は、内孫夫婦4人、ひ孫4人に恋していると思う、おそらく。
6月、一日違いの兄の誕生日と、卆寿を迎えた母を祝う、子、孫、ひ孫総勢11名で、出雲大社へお参りを兼ね一泊の旅をした。
みんなで行動をするときは、兄が用意した車いすを孫たちやひ孫が代わる代わる笑顔で押してくれると言う。
そんなことに涙が出るほど嬉しくて幸せでいっぱいで有難いと、感謝の言葉をどれほど口にしたことだろう。
遅くはない、そんな母の生き方を私ももっとちゃんと真似しなければいけない。
「老いない為のかきくけこ」 努力・・一生が努力。