夫はひとり、うきうきしていた。
それはひたすら孫ひろとに、魚を釣った時の手にビビッとくるあの感触を味わわせてやりたい、釣る楽しさを味わわせてやりたい一心なのである。
自分が釣りたいと言うほど、竿づりが好きな人ではない、はず。 だって行った事ないのだから。
どちらかと言うと、私はのってなかった。 夫の友人釣り名人の船長さんと行くのならともかく、夫は1人で釣りに行くタイプでないので、2人では
今一不都合が・・、頼りないし・・そんな気がしないでもないから。
それに私が釣りを敬遠するのは、餌のオキアミの匂いと、釣った動く魚を釣り針からはずす(まだやったことがない)作業があるから。
初めて夫の友人たちと船で釣りに行った時、釣れない友人が夫に代わってずっと私について餌の世話から釣った魚をはずすのから全部やってくれた。
あの時は、入れ食い状態で初めての釣りでアジを80匹釣ったわくわくの経験がある。
以来、淡路や和歌山などについて行って、タチウオやサバを釣ったのが最後だ。 もう10年も前の事である。
大きな魚がかかった時の、手に来るあのビビビの感触は、釣りの醍醐味であろう。 食べるよりも喜びだと思う。
夫ではなぁ・・でも孫の為にひたむきな夫の姿は微笑ましく、やむなく同行した訳である。 会話する私の声のトーンは低め。 夫は感じていただろう。
6時半に家を出て、”大阪南港魚つり園”へ着いたのが7時だった。 嫌な顔は出来ないので心の中で(私よ、がんばれ)と言い聞かせていた。
せっかくの夫の気持ちを、踏みにじることになるから、早く気持ち切り替えよと言い聞かせた。
朝曇り・・雰囲気はいいんだけど。
すでに釣り客は多くて驚いた。 場所を探すのに、結構歩いた。
釣れているかと言うと、釣果は今一のようだ。
帰りかけているおじさんが携帯で「HPで見たら昨日は釣れたらしいが今日はあかんらしい」まるで人にも聞かせるような、大きな声だった。
場所を確保して座った途端、バッシャーン!! バッシャーン!!
そんなぁ~! 船の往来が遠くでも、押し寄せる波、向こうの方からドミノのように波が、きたきたー!!
竿の準備をするも、釣れるような状態では無い。 次々と押し寄せる波で、服がしぶきで濡れる。 いやや~、着替えもないのに~。
隣の親子、「とりあえず、家族の数だけ釣れたら帰ろう」 イワシ、1匹、2匹・・「あと3匹」 後から来た青年たちは、荷物が水をかぶって貴重品がびしゃびしゃ。
面白くない顔をしている私、夫も竿を手すりにかけたまま。 「人が釣れ出したらバタバタっとこっちも釣れるから」
「バナナ」「お菓子」 やつタイムで、時間つぶし。
波が来るのをカメラに収めながら、(よし、せっかく来たんやからあの灯台にカモメが飛んだのが撮れたら、終わろうって言おう)
1時間、何隻もの船が行き交うたびに、水しぶきが・・こんな状態で1時間が経って、服を濡らし人も次々と引き揚げて行く。
「堺へ行こう」 夫はやっと腰をあげた。 朝5時頃から来たと言うおばちゃん、アジを何匹か釣っていたが、後はまだ釣れてないようだ。
目的の場所は探せなかったが、泉大津の港、対岸にも釣っている人が何人もいるのを夫は双眼鏡で確認していた。
ある岸壁で釣っている人がいて、見ればイワシが釣れていたのでここに決めた。
おじいちゃんとお孫さん、夫とひろとって感じだ。 「アジは今日は釣れんですよ」30分ほどして帰って行ったので、2人になった。 気楽だ。
餌も入れた、仕方ない、臭いとか言っておれない。 入れるなり、ビクビク!! 釣り糸を降ろすと、餌に群がるイワシがきらきら光って見えた。
「釣れたわ」 まだ声のトーンは高いとは言えない私。 「おう」 それでもちょっと弾んできた私を見て夫もホットしたようだ。
釣ったイワシも針からはずした。 いちいち夫にしてもらう訳にはいかない。 血だらけになったりしながら魚を外した。 やぶれかぶれ。
こうなると私も(よし、針全部にかかるようにがんばろうっと) いつしか心の中で、はしゃぎ出した。
サバの稚魚もかかるので、イワシとサバを見訳て海に放す。 「餌が無くなるまでやな」夫が言ったので、早く終わりたい私は必死、私の方が釣った。
餌が無くなり、イワシの頭とはらわたをとって海に投げる作業をひたすら続けた。
2時間ほどいただろうか。 釣り慣れしたようないでたちの若い夫婦が来て釣り始めた。 かかりそうにない。 (なんでやろう・・)
車を出した途端に雨がパラパラ降って来た。 「いいタイミングやったね~」 私には、そのことが嬉しくて仕方なかった。
さっきの夫婦、気の毒やわ~来た途端に雨なんて。
帰宅してシャワーした夫が腰が痛いとか言う。 「寝てきたら? 私料理してるから」
イワシを梅干しとショウガで炊いた。 それと天ぷら、カレー粉もつけ、冷蔵庫のお野菜、オクラ、カボチャ、ナス、シソの葉もついでに揚げた。
夫のお酒のあてには充分だった。 釣った魚を食べるのって、いいものだ。
ちょっと魚が針からはずせるようになった私は気を良くして、「あんまり気のりせえへんけど」なんて言わない、もうきっと。
釣り・・・連れられて・・釣り 中々いいもんじゃん!