吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

ドナルド・ランペロー『十人の切裂きジャック』(草思社/1980年7月8日第一刷)

2017-11-28 00:48:33 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護

 いま、上野では『怖い絵』展が大人気、大変な人出だそうで会期と開催時間を延長して公開するのだとか。
 単に怖いだけではなく、キチンと『絵解き』をしてくれる展示会が人気を博すのは当然だと思います。

 今回は『怖い絵』展つながりで再読した、かなり異常な記録の本をご紹介します。


※ドナルド・ランペロー『十人の切裂きジャック』(草思社/1980年7月8日第一刷)

 この本は、19世紀末にロンドンを震撼させた切裂きジャック事件の真相に迫るキチンとした調査書なのです。
 作者はまず、①事件の背景を分析し、②事件を詳述、さらに③犯人からの手紙を分析、そして④容疑者とされた十人から犯人を割り出す、そういう作業を地道にこなしています。

 事件の舞台となった当時のイースト・エンドはまさに『怖い絵』展でホガースが描いた『ジン横丁』の様相を呈していました。

※ウィリアム・ホガース『ジン横丁』

 当時ジンは安価でアルコ-ル度数が高く『手っ取り早く酩酊できる酒』、安く提供するために有害な成分もガンガン混入されていたというから、戦後スグの日本で流行したカストリやデンキブランのような存在だったようです。

 で、イースト・エンドをはじめとする貧民街ではこれで身を持ち崩すヒトたちが街に溢れた・・・(画面奥手左から右へ)ジン横丁で繁盛するのは質屋と棺桶屋。安普請の建物が倒壊し、床屋が首を吊り(誰も身なりを気にしない)、誰もが争ってジンを買う(赤ちゃんにジンを飲ませる母親までいる)。飲まなきゃやってけない地獄絵図、(画面中央から右下へ)娼婦の母親は赤ちゃんを抛り出し、屈強な元兵士も瀕死の状態に身を落とす・・・どれも実話だそうで、この絵に描かれた情景こそ、シャーロック・ホームズやオリヴァー・ツイストにも描かれる貧民街イースト・エンドの実態なのです。

 ところで『イースト・エンド』って日本語に訳すと『京極』ってカンジになるだろうか、日本でも現在の京極より東はヒトの住む場所ではなく(六道珍皇寺が境界)、屍体が捨てられて動物に喰い散らされたりしていたそうだから、何がしかの共通点を感じたりします。それはさておき、作者のドナルド・ランペローはまず丹念にこのイースト・エンドの惨状を描写します。多くは取材と証言によるもので、あまりの悲惨さと汚さに身震いするほど壮絶な記録となっています。

 ジャック・ロンドンを案内した男の言葉が象徴的です。
 『女たちは3ペンスか2ペンス、でなきゃ腐りかけのパン一切れで体を売る』のだ、と。

 こうした状況をひとりの天才が一気に解決した。それが切裂きジャックだったのです。

 事件のあらましは、5人の娼婦(それもけっこう年配の)が次々と惨たらしく切り刻まれて殺される。
 切り刻まれるというより『解剖された』という表現が似合うほどの状態で、臓器の一部が持ち去られていました。
 事件は突然始まり、突然終結する。・・・犯人は分からない。


 事件については詳細な描写があり、図版や写真も充実しているのですが、あまりに酸鼻極まる記事ばかりのため、ブログへの掲載を見送らせて戴きます。

 『史上最初の劇場型犯罪』といわれる切裂きジャック事件はロンドン中をパニックに陥れ、社会現象を巻き起こし、これが皮肉なことにイースト・エンドの状態改善のキッカケとなります。
 それまでの犯罪は遺産相続や愛憎のもつれによるものが殆どで、分かりやすかったのですが、この事件で世間は初めて『楽しみのために他人を殺す』人物がいることに気が付いたのでした。

 警察には『切裂きジャック』を名乗る手紙が殺到、事件をますます混乱させてしまいます。

 玉石混交の状態ではありますが、その中でジャック本人のものと思われる手紙には知性の高さが表れており、高い教育を受けた形跡が見受けられます。

 天に見放された哀れな売女八人
 グラッドストーンが一人を救えば残り七人
 一シリングを物乞いする哀れな売女七人
 一人はヘネイジ・コートにいて、殺人事件に出くわす
 無事を喜ぶ哀れな売女六人
 一人がジャックに誘いかけ、かくて残りは五人
 四人(four)と売女(whore)で語呂はぴったり
 三人(three)と私(me)でまたぴったり
 私が勘定を合わせましょう
 そして二人になりました
 恐怖におののく哀れな売女二人
 深夜に心地よい戸口を探します
 ジャックのナイフがひらめいて、残り一人となりました
 そしてこれこそジャックのとっておきのお楽しみ


 この本では十人の容疑者を挙げて、一人づつ順番に検証していきます。

1.間借人
2.M・J・ドルイット
3.スタンレー医師
4.ジョージ・チャップマン
5.ペダチェンコ医師
6.ニール・クリーム
7.クラレンス、スティーブン、ガル
8.ディーミング
9.人
10.切裂きジル


 『切裂きジャック』の正体については様々な人が独自の説を展開し、中には『エリザベス女王の孫が犯人で、王室が証拠を隠した』という陰謀説まであります。何でも陰謀にしちゃうとその先の検証ができなくなるので『これはナイだろっ!』と思います。

 最近の研究では『切裂きジャックの部屋』を描いた画家シッカートが犯人という説もあるそうですが『ジャックのものとされる手紙の切手に付いていた唾液がDNA鑑定でシッカートのものと一致した』というだけでは、確定的な証拠としてはヨワそうです。


※ウォルター・リチャード・シッカート『切裂きジャックの部屋』

 この本では切裂きジャック事件の終結と時を同じくして自殺(?)した『モンタギュー・J・ドルイット』を犯人である確率が最も高いとしています。切裂きジャック事件の真実はいまだ闇の中なのです。

Judas Priest - The Ripper