吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

山田正紀『カムパネルラ』創元SF文庫/2019年2月28日初版発行

2019-09-24 06:12:43 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護

 以前から『山田正紀にハズレなし』と言っている私ですが、今回は読み始めて『』の連続でした。

 主人公は十六歳の高校生・・・いささか反抗的なところもあって髪を金髪に染めています。
 主人公は最近母を亡くしました。亡くなった母は生前、宮沢賢治の研究にのめり込み『「銀河鉄道の夜」には第4次稿がある』と信じて、それを調査していたのです。
 主人公は母の遺骨を宮沢賢治ゆかりの豊沢川に散骨しようとしますが、タイムスリップが起こった(のか?)昭和八年九月十九日の世界に入り込んでしまいます。
 しかしこれは単純に時を遡ったのではないようなのです。


※山田正紀『カムパネルラ』創元SF文庫/2019年2月28日初版発行

 ここで宮沢賢治についてちょっと復習を(作中から略歴を抜粋しました)。

 一八九六年(明治二十九年)岩手県花巻市に生まれ、少年期より鉱物・植物採集や短歌に親しんで育つ。盛岡高等農林学校を卒業後は、農学校の教諭として教鞭を執るほか、羅須地人協会を設立し、農業指導と創作に励んだ。また、熱心な法華経信仰の徒としても知られている。
 『銀河鉄道の夜』『無声慟哭』などの傑作群は、二十二年(大正十一年)の最愛の妹トシの逝去をきっかけに執筆されたと言われている。とくに著作を代表する『銀河鉄道の夜』は、初稿から第四次改稿まで三回にわたって大きく手を入れられたが、最終的には未定稿のまま絶筆となった。第四次での改稿はとくに大きく物語の内容を変更するものとなっている。
 三十三年(昭和八年)、五年前に発病した急性肺炎(肺結核)をこじらせて療養中、訪ねてきた一人の男と長話をしたのち病状が急激に悪化し、九月二十一日に逝去した。


 あれ?『銀河鉄道の夜』の改稿はちゃんと第四次まで行われているじゃないですか?
 そうですが、小説内の『この世界』では改稿は第三次で終わっているのです。なぜ?

 主人公が突如転移した先、昭和八年九月十九日の世界もまた、私たちの知る現実とは微妙に異なっているのです。『宮沢賢治が昭和八年九月二十一日に亡くなるのは謎の来客との応対で衰弱した所為ではないか?』と思い当たった主人公は『その来客との面会を阻止すれば宮沢賢治は助かるのではないか?』と考えてそれを行動に移します。

 ところが宮沢賢治の死を防ごうと向かった賢治の家に着くと『すでに宮沢賢治は五年前に亡くなっています』と告げられてしまいます。


※宮沢賢治(1896-1933)

 それを主人公に告げるのは何と賢治の妹である宮沢トシの娘なる『宮沢さそり』という人物なのです。
 『さそり』という風変わりな名は『蠍の火(ほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない)』から取った名前に違いありません(決して『女囚701号』ではありません)。

 いったいこれは・・・と驚く間もなく、主人公はその金髪から『おまえはジョバンニだな』と決めつけられてしまいます。そしてカムパネルラ水死の犯人として警察に連行されてしまうのです。

 主人公は必死で『銀河鉄道の夜』に記載された文章を思い出しアリバイを証明しようと試みます。
 警察もまた『銀河鉄道の夜』のストーリーを繰りながら証拠となる箇所を探し出し『犯行が可能だった』と主人公を追求するのです。

 たしかにジョバンニは崖を下りて川に出ることはできない。が、崖のうえから、この二つの樽を川に投げ込むことはできる。ふん、そうなんだぜ。それで一人、河原にとり残されてるカムパネルラに向かって、これを浮き輪がわりに使え、とそう言ったとしたらどうか。カムパネルラは一刻も早く烏瓜あかりを川に流したかったはずだ。その誘いについ乗ってしまったとしてもふしぎはないと思わないか。樽に乗って川に出た。それで溺れることになったとしたらどうか。どうだ、なにか言うことはないか。

 これではまるで悪夢です。

 主人公はジョバンニとして自分が為すべき使命を理解します。
 ひとつはもう一度時を遡って「さいかち淵」へ行き、カムパネルラの水死を未然に防ぎ、カムパネルラを銀河鉄道に載せること(岩手軽便鉄道に乗れば仙人峠駅で銀河鉄道に乗り継ぐことができるというのです)。
 もうひとつは宮沢賢治の死を阻止して正しく改稿された第四次稿を世に出すこと。

 悪夢のような世界の中で悪戦苦闘する主人公に宮沢賢治作品の様々な箇所がダブって宮沢賢治作品との重層的な構造が現れてきます。


※銀河鉄道が飛び立つ(松本零士『銀河鉄道999』より)

 カムパネルラ、ぼくたち、どこまでもいっしょに行こうねえ。

 SF冒険小説の体を取りながら宮沢賢治作品へのオマージュに溢れた傑作です。
 ぜひ、読んでください。オススメします。

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