J・G・バラードによる黙示録的小説です。
※J・G・バラード『ミレニアム・ピープル』(『千年紀の民』改題文庫化)
ヒースロー空港で発生した爆破事件の中継を見ていた主人公デーヴィッドはTV画面の中に前妻ロ-ラの姿を発見する。空港に向かったデーヴィッドはローラが死んだことを知る。それは、突然の無意味としか思えない死だった。
私とタラクだけを残して、ヘンリーの車が遠ざかっていった。火葬場の燃焼室がもっとも熾烈な温度に達すると、煙突から薄っすらと煙がたちのぼった。ときおりもっと濃い煙がもくもくと吐き出され、まるでローラの一部が肉体から逃げ出したかのようだった。(中略)
タラク少佐が車から私をみつめているあいだも、煙は大空にぐんぐんのぼっていった。妻のからだが大空に散っていこうとしているときに、死刑執行人のコートを着てすわっている、このやくざっぽい景観の存在を恨めしく思った。しかし私が彼女を殺した人間をみつける必要があることを、ローラの人生の秘密の愛をつきとめて、私の最後のライバルをみつける必要があることを、彼は知っていた。
『なぜ死ななければならなかったのか?』これは、人が亡くなったとき、残された者たちが永遠に問い続ける疑問です。心の空白を埋めるかのように、デーヴィッドは爆破事件の真相を解明しようと非合法活動グループへの接触を試みます。ロンドンには、キャットショーの猫を檻から解放したり、ヴィデオショップに花火を仕掛けたり、というおよそ本格的なテロからはかけ離れた『テロの真似事』に興じる中産階級グループが存在するのです。
デーヴィッドはそのグループの拠点が高級住宅街チェルシー・マリーナにあることを突き止めます。
主なメンバーは映画学講師のケイ・チャーチルとその友人ヴェラ・ブラックバーン、今はハーレーを乗り回している元「空飛ぶ牧師」スティーヴン・デクスターとその恋人ジョーン・チャンの4人でした。
※ロンドンの高級住宅街チェルシー・マリーナ(作品中で『実は(隣町)フラムなのよ』と暴露される)
ケイの部屋に転がり込んでテロ活動に参加する中で、デーヴィッドは彼らの行動の精神的支柱となっている医師リチャード・グールドの存在に気付きます。
『脳に障害を持ち死を待つばかりの子供たち』の世話をするうちに、ドクター・グールドは『世界の意味』を問うようになったのです。そして『無意味なテロ活動こそ世界の意味を問う行為である』と信ずるに至った人物でした。
「上品で分別のある人々が暴力に飢えているんだ」
「ほんとうなら、ぞっとする話だな」ヘンリーはウイスキーを置いた。「目的はなんだろう?」
「それは問題じゃない。じつのところ、理想的な暴力行為には目的などないんだ」
「純粋なニヒリズム?」
「正反対だ。この点でわれわれはひとり残らずまちがっていた―――きみも、ぼくも、アドラー心理学協会も、進歩的な意見も。それは虚無の追求ではない。それは意味の追求なんだ。証券取引所を爆破せよ、そうすれば世界的資本主義を拒絶することになる。国防省を爆破せよ、そうすれば戦争に反対することになる。チラシを配る必要さえない。だが、群衆に向かってでたらめに発砲するような、ほんとうに無意味な暴力行為は、何か月にもわたってわれわれの関心を惹きつける。合理的な動機の欠如はそれ自体の意味の重要性を伝えるんだ」
ここに至って、これはテロを通じて『世界の意味を問う行動』の物語だったことが明らかになります。
主人公は徐々に高級住宅街チェルシー・マリーナの住民による『目的なき革命計画』に巻き込まれていく。
チェルシー・マリーナで勃発する騒擾の行方は? ローラの死の真相は明らかになるのか?
バラード特有の詩的な文章に綴られた哲学的傑作です!オススメします。
<あらずもがなの蛇足>
いま、放映中の人形アニメーション『"Thunderbolt fantasy" 東離剣遊記2』には常に行動の意味を問う諦空(テイクウ)なる僧侶が登場しますが、主人公の相棒である浪巫謠(ロウフヨウ)はいみじくも、この諦空を『悪』と直感します。『全ての意味を問うていれば、その意味を見失ったとき容易に悪と結びつく』というのです。バラードの『ミレニアム・ピープル』はこの諦空の設定と重なってくるものが、ありました。
※諦空(テイクウ)と浪巫謠(ロウフヨウ)・・・("Thunderbolt fantasy" 東離剣遊記2より)
※J・G・バラード『ミレニアム・ピープル』(『千年紀の民』改題文庫化)
ヒースロー空港で発生した爆破事件の中継を見ていた主人公デーヴィッドはTV画面の中に前妻ロ-ラの姿を発見する。空港に向かったデーヴィッドはローラが死んだことを知る。それは、突然の無意味としか思えない死だった。
私とタラクだけを残して、ヘンリーの車が遠ざかっていった。火葬場の燃焼室がもっとも熾烈な温度に達すると、煙突から薄っすらと煙がたちのぼった。ときおりもっと濃い煙がもくもくと吐き出され、まるでローラの一部が肉体から逃げ出したかのようだった。(中略)
タラク少佐が車から私をみつめているあいだも、煙は大空にぐんぐんのぼっていった。妻のからだが大空に散っていこうとしているときに、死刑執行人のコートを着てすわっている、このやくざっぽい景観の存在を恨めしく思った。しかし私が彼女を殺した人間をみつける必要があることを、ローラの人生の秘密の愛をつきとめて、私の最後のライバルをみつける必要があることを、彼は知っていた。
『なぜ死ななければならなかったのか?』これは、人が亡くなったとき、残された者たちが永遠に問い続ける疑問です。心の空白を埋めるかのように、デーヴィッドは爆破事件の真相を解明しようと非合法活動グループへの接触を試みます。ロンドンには、キャットショーの猫を檻から解放したり、ヴィデオショップに花火を仕掛けたり、というおよそ本格的なテロからはかけ離れた『テロの真似事』に興じる中産階級グループが存在するのです。
デーヴィッドはそのグループの拠点が高級住宅街チェルシー・マリーナにあることを突き止めます。
主なメンバーは映画学講師のケイ・チャーチルとその友人ヴェラ・ブラックバーン、今はハーレーを乗り回している元「空飛ぶ牧師」スティーヴン・デクスターとその恋人ジョーン・チャンの4人でした。
※ロンドンの高級住宅街チェルシー・マリーナ(作品中で『実は(隣町)フラムなのよ』と暴露される)
ケイの部屋に転がり込んでテロ活動に参加する中で、デーヴィッドは彼らの行動の精神的支柱となっている医師リチャード・グールドの存在に気付きます。
『脳に障害を持ち死を待つばかりの子供たち』の世話をするうちに、ドクター・グールドは『世界の意味』を問うようになったのです。そして『無意味なテロ活動こそ世界の意味を問う行為である』と信ずるに至った人物でした。
「上品で分別のある人々が暴力に飢えているんだ」
「ほんとうなら、ぞっとする話だな」ヘンリーはウイスキーを置いた。「目的はなんだろう?」
「それは問題じゃない。じつのところ、理想的な暴力行為には目的などないんだ」
「純粋なニヒリズム?」
「正反対だ。この点でわれわれはひとり残らずまちがっていた―――きみも、ぼくも、アドラー心理学協会も、進歩的な意見も。それは虚無の追求ではない。それは意味の追求なんだ。証券取引所を爆破せよ、そうすれば世界的資本主義を拒絶することになる。国防省を爆破せよ、そうすれば戦争に反対することになる。チラシを配る必要さえない。だが、群衆に向かってでたらめに発砲するような、ほんとうに無意味な暴力行為は、何か月にもわたってわれわれの関心を惹きつける。合理的な動機の欠如はそれ自体の意味の重要性を伝えるんだ」
ここに至って、これはテロを通じて『世界の意味を問う行動』の物語だったことが明らかになります。
主人公は徐々に高級住宅街チェルシー・マリーナの住民による『目的なき革命計画』に巻き込まれていく。
チェルシー・マリーナで勃発する騒擾の行方は? ローラの死の真相は明らかになるのか?
バラード特有の詩的な文章に綴られた哲学的傑作です!オススメします。
<あらずもがなの蛇足>
いま、放映中の人形アニメーション『"Thunderbolt fantasy" 東離剣遊記2』には常に行動の意味を問う諦空(テイクウ)なる僧侶が登場しますが、主人公の相棒である浪巫謠(ロウフヨウ)はいみじくも、この諦空を『悪』と直感します。『全ての意味を問うていれば、その意味を見失ったとき容易に悪と結びつく』というのです。バラードの『ミレニアム・ピープル』はこの諦空の設定と重なってくるものが、ありました。
※諦空(テイクウ)と浪巫謠(ロウフヨウ)・・・("Thunderbolt fantasy" 東離剣遊記2より)
難しいことは分かりませんが、ロンドンの高級住宅街の写真に魅かれました。
日本との違いが如実に表れています。
こういう所へ住めたらな~。