ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

気仙沼高PTA会報後記 新校歌のことなど

2010-03-03 20:52:31 | エッセイ
これも、PTA会報の後記から。ちょうど、気仙沼高と鼎ヶ浦高の統合前年のもの。歴史の点描と言っても、記事がないから、どうおもしろいのかは不明だな。写真右の山塊が、実は手長山。海側、というか、街の側からみたもの。熊谷武雄の詠んだ手長山は、むしろ、向こう側二十一地区側なんだろうな。


 今回の原稿は、さまざまな年代の先輩、後輩まで幅広くお願いすることができ、77周年の歴史の点描ともいえる、面白いものに仕上がっていると思う。
 統合高の校歌の作曲を依頼する加古隆氏は、気仙沼で、何度もコンサートをされている。家には数枚のCDがあり、息子も幼いころから、繰り返し聴いている。加古隆といえば、気高の先輩珈琲館ガトーのマスター・故吾妻博氏。南町煎餅坂に、ガトーが開店したのは、私が高3のとき。それ以来、田中前、内の脇と移転、閉店するまで通い続けた。
 「手長野に木々はあれどもたらちねのははそのかげは拠るにしたしき」と歌った歌人・熊谷武雄の孫、熊谷龍子さんは、鼎ヶ浦高卒、「森は海を海は森を恋いながら悠久よりの愛紡ぎゆく」と歌って、「森は海の恋人」の名付け親となった。
 地域の歴史と私の個人史が、今年、気仙沼高校を舞台に不思議に交錯している。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿