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気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

小田切徳美 農山村は消滅しない 岩波新書

2015-03-02 13:54:59 | エッセイ

 小田切徳美氏は、明大農学部教授。東大農学部から大学院で農業経済を専門となさるようだ。生物学とか技術とかの理科系方面ではなくて、どちらかといえば文科系。

 身近に明大の農業経済学科出身者がいるが、入試も、文科系であったと言っていた。農業という産業は、生物に関わりながら、産業であるから、経済活動の一環であり、のみならず、まるごとの生活に関わって来るものであることは言うまでもない。当然、政治にもかかわり、地方自治にもかかわる。

 さて、この本は、例の増田寛也氏の地方消滅論に対する反論として書かれた書物である。

 もちろん、地方消滅論とは、増田氏が地方消滅を期待したというものではなく、衝撃的なタイトルで煽ったものではあるし、それにどう対抗するのか、という視点で言われているものでもあるのだろうが、小田切氏は、そう語ること自体がそれを誘導する危険があるのだと主張する。言ってみれば「言霊」である。もちろん、この本にはそんな文学的な言葉は登場しないが。

 この書物の冒頭は、2014年7月のシンポジウム、タイトルは「はじまった田園回帰」副題は「「市町村消滅論」を批判する」の様子から始まる。

 

 「筆者は、この企画の立案とコーディネーターを担当したが、その活況は予想をはるかに超えていた。全国から沢山の人々が集まり、熱心な議論が続いたのは、「消滅する市町村」と名指しされたことに対する不安と怒り、そして「田園回帰」という新しい動きに対する期待からである。」(はじめに)

 

 田園回帰という新しい動きがあるという。

 

 「我が国の都市部には、農山漁村への移住に関心を持つ人口は決して少なくない。」

 

 現在の日本に、「地方消滅」と「田園回帰」という相反するふたつの傾向がある。

 

 「「地方消滅」と、一方で英国でも紹介されるほどの日本の若者の田園回帰傾向、この両者には、あまりにも大きなギャップがある。」

 

 小田切氏は、もちろん、「地方は消滅しない」という主張の側に立っている。

 

 「とはいうものの、「地方消滅」が徹底的な誤謬で、「田園回帰」が絶対的真理であるかのような白黒を付けることを、本書では意図していない。そのような一刀両断的な社会的発言こそが、むしろ不毛な議論を呼び込んだことを認識しているからである。」(以上、はじめに)

 

 しかし、「地方消滅」が徹底的な誤謬ではないとしても、大きな問題点を抱えていることを、著者は指摘する。

 

「増田レポートには推計にかかわる次のような問題点がある。」(44ページ)

 

 問題点の詳細は、書物に当たっていただきたいが、必ずしも、地方消滅がすでに決まり切った不可避な道筋なのではないと主張される。しかし、現状の分析的な観点の問題点のみでなく、人間の性向というか、未来への意欲のようなものへの影響について、大森彌先生の言葉を借りて述べる。

 

 「行政学者の大森彌氏はいち早く、こう指摘する。

 『(自治体消滅は)起こらない。起こるとすれば、自治体消滅という最悪の事態を想定したがゆえに、人びとの気持ちが萎えてしまい、そのすきに乗じて「撤退」を不可避だと思わせ、人為的に市町村を消滅させようとする動きが出てくる場合である』(大森彌「「自治体消滅」の罠」『町村週報』2014年5月19日号)

「農村たたみ」は政策だけではなく、このように言説によっても進む。しかし、これらの「たたみ」や「諦め」に抗する地域の動きも、注目される。」(46ページ)

 

 以下、「田園回帰」の実例が紹介される。これも、内容は、直接当たっていただくこととして、少し、他の著者の書物からの引用を紹介してみる。

 たとえば、仙台の結城登美雄氏の著書から、

 

 「金以外の、居住環境、文化、コミュニティ、自然風土、生き方と哲学の存在と魅力をもっと子どもたちに伝えよ。自分たちが拠りどころとしてきた、それらの価値をもっと掘り下げ再評価し、次の世代のための仕事の場と生きる場所を準備(する)」(前掲・結城「地元学からの出発」)」(75ページ)

 

 ジャーナリストの金丸弘美氏の著書を引いて、

 

「ローカリゼーションの徹底こそがインターナショナルに通用する力を持つ時代が始まろうとしている」(金丸弘美『美味しい田舎のつくりかた』学芸出版社、2014年)」(84ページ)

 

「むしろ、農業を含めた、いわゆる「半農半X型」(塩見直紀『半農半Xという生き方・決定版』筑摩書房、2014年)が多数を占めている。つまり兼業農家または自給的農家を目指し移住を始めるケースが目立つ。別の表現をすれば、非農業を主な仕事として選択しても、何らかの形で農業にかかわる移住者が多い。」(193ページ)

 

 「半農半X」という言い方は、耳慣れない言葉だが、なるほど、これもありかと思う。ひとつの職業に従事して、生活すべてを賄うということではない生き方。いくつかの仕事を組み合わせて、生活に必要な収入を確保しようとする生き方。

 さて、終章「農山村再生の課題と展望」、この書物のほとんど終わりに著者は下記のように書く。

 

 「成長路線を掲げ、「農村たたみ」を進めながら、グローバリゼーションにふさわしい「世界都市TOKYO」を中心とする社会を形成するのか、そうではなく、国内戦略地域である農山村を低密度居住地として位置づけ、再生を図りながら、国民の田園回帰を促進しつつ、どの地域も個性を持つ都市・農村共生社会を構築するか、こうした分かれ道が私たちの目の前にある。」(238ぺ-ジ)

 

 私自身は、経済成長路線とは決別した「都市・農村共生社会の構築」に共感し、その道筋にいささかの貢献ができれば幸いであると考えている。ただ、個人として農山村に住みたいかと問われれば、それは困難と答えざるを得ない。地方小都市の暮らしやすさの中に安住している、というべきかもしれない。

 蛇足だが、夜、NHKのBSをよく見ているが、中に疑似田舎暮らし農業体験みたいな番組がある。ジャニーズ事務所Ⅴ6のタレントや女優さん、お笑いタレントなどが出演している。明るく、楽しく、美味しい、みたいな。こういう番組は素直に喜んで観ていていいものだと思う。


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