陸の国、気仙沼の郷は緑なす山地に入り江深く風光明媚を世に知られたるところなり。
かの地に、浦嶋なる村落あり。鮪、鰹、秋刀魚、鮫等数多の水揚げある気仙沼市魚市場の真向かいにして、昆布若布牡蠣等養殖漁業と烏賊釣り、シラス(小女子)掬い網の沿岸漁業を生業にしたるところなり。浦嶋と称うも嶋に非ず。鼎ヶ浦(気仙沼湾の美称なり)に沿い、大島を望む地ゆえに名づくるか。
この地に、昔、男ありけり、名は詳らかならずも、今、世のひと、鼎の浦嶋の子となむ呼び習わしたる。ひととなり、容姿麗しく、鄙の知にはあれども風流(みやび)なること類なかりき。
浦嶋の突端に鶴ヶ浦なる小湾あり。計仙麻大嶋神社の鎮座します大嶋亀山を真向こうに仰ぐ瀬戸に面したり。浦嶋の子、鶴ヶ浦より独り小舟に乗りて湾中に浮かび出て、古より鮑が産地として知られたる大嶋の竜舞崎にこそ向ひたる。先ず、唐桑半島に向かひ、左手に「森は海を恋ひ海は森を恋ふ」とて高名なる舞根湾の沖にて早馬山を望み、右手の大嶋には、くくと砂の音奇妙なる十八鳴浜、白砂の田中浜、波静かなる水浴場小田の浜連なり、終に、唐桑半島が突端の御崎と大嶋が先端の竜舞崎を結びたる線を超えたり。太平洋の波は高く浦嶋の子の小舟は木の葉の如く舞ひたり。
一時のうちに三日三夜も経るかと思ひたるが、安波山の大杉神社に波平かなること祈り、御崎神社、巌井崎が琴平神社、竜舞崎が竜神様に身の安からむこと願う。
忽ち、海中から五色の亀を得たり。心に奇異と思ひて舟に中に置きたれば、見る間に婦人となりぬ。その姿美麗しく、比ぶべきものなかりき。
婦人曰く「われは竜宮の亀姫なり。(またの名を乙姫といふ。)陸の国の大嶋の竜舞崎なるわが窟を訪づれ、しばし、人の世を眺めむとおもふに。風流(みやび)の士独り滄海にうかべり。風雲のごと、ふと、道を誤りたり。竜舞崎には如何に行かむ。」と曰ひき。
辺りを眺むるに風おさまりて波平らけく、大嶋の竜舞崎ははるか、唐桑半島が御崎と巌井崎の間にあり。
浦嶋の子、神女がその窟の在り処を知らざることあるかと心に疑ふも、答えて曰ひけらく「われ棹を廻らして竜舞崎に行かさね。もともと、その磯にて陸の国の気仙沼が鮑を数多捕獲んぞと船出したるものなり。」
竜舞崎の乙姫の窟は、あたかもあたかも鉄道のトンネルの如く、自然の岩に洞穴開き、此方の磯から入るに奥から波押し寄せたり。彼方に岩井崎見ゆ。浦嶋の子、常時にこの崎に通ひたるにかようなる窟あること知らざりき。
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