とほつひと 松のもとがね 文ひろひ 君の心を ねがひともせむ
*「とほつひと(遠つ人)」は「松」にかかる枕詞です。古語辞典にはいろいろな枕詞が載っている。珍しいのを見つけたら早速使いたくなってしまいます。スキルをあげるためにも、おもしろいものを見つけたら積極的に使ってみてください。
この歌は、かのじょが詠んだこの歌に対する返しとして詠われたものです。
あしひきの やまぢのまつの もとがねに のこせしふみを たれやひろはむ
山道に生えた松の根元に残してきたわたしの手紙を、誰が拾うだろう。
要するに、自分の本当の心を誰がわかってくれるだろう、という意味ですね。こういう読解は簡単です。前にも言ったように、これは松陰のことを意識して詠んでいますが、同時に自分の心のことも詠っているのです。
それに対し、表題の歌はこう歌っているのです。
松の根元に落ちていた手紙を拾い、あなたの本当の心を、わたしの願いとしよう。
要するに、人を救いたい、そのためにあらゆることをしたいと願っていたあなたの心を、ひきついでさしあげよう、という意味です。
それはこの人生を、かのじょからもらったわたしたちに共通する願いです。
本当は最後までこの人生を全うしたかっただろう。だが様々な障害からそれができなかった。いかにも簡単に、わたしたちに人生を譲ってくれたが、悔しさが何もないわけではない。愛するものたちのために、もっといろいろなことをやりたかったろう。
その思いを無視することなどできない。わたしたちも、かのじょと全く同じことはできないが、わたしたちにできることで、かのじょの願いをできるだけかなえてやりたいと願うのです。
かのじょの願いはすべての人類を救い、次の段階に導くことでした。はっきり言ってそれは無理だ。多くの馬鹿が目の色を変えて攻撃し、かのじょを滅ぼした結果、かのじょの願いは二度とない甘い救いとならざるを得ない。
しかしわたしたちもまた、できるだけ多くの人間を救いたいとは願うのです。
落ちるものを無情に切る者もいれば、その影で密かに、いろいろな人を救おうとしているものもいる。
すべての人間を救いたいと言うかのじょの願いは不可能かもしれない。だがそれは、背後に照る月のように、われわれの心に影を注いでいる。
何かをしなくてはならないと、焦りのようなものを感じるのも本当なのです。