Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

エレジーは弾かないで……

2023年05月03日 12時45分05秒 | 思い出の記


        

孫のTо shiの部屋には、2本のギターが壁に立てかけたままだ。
その黒塗りの1本は僕が買ってやった。
あれは、彼が小学5年生の時だったか。
母のサヤカと一緒にやってきて、「ギターをやりたい」と言い出した。
てっきりクラシックギターかと思ったが、
「エレキだよ」と言う。
「あんなのやると不良になるぞ」とたしなめたものの
若い頃、ビートルズにしびれた爺さんは内心ニヤッとした。
「ねえ、お願い」と気を持たせつつ、
渋々という態度でОKしたのだった。

早速、楽器店にやってきた。
「Toshi君、こっちへ来て」サヤカが呼ぶ。
「このギターだって。これでいいわね」
「うん。いい、それでいい」黒塗りのギターを見て、
Toshiの気持ちはもう、このギターを
ギンギン、ガンガンかき鳴らしているのかもしれない。
「それでは」店員は奥へ引っ込み、ギターをケースに入れてきた。
「じゃボク、これ背中に担いでみて」
おっ、格好良いではないか。
小学5年生だからギターが体を隠してしまっているが、
それでもちょっとしたギタリスト風情だ。
あくまで、ひいき目に見ての話だが……。
「お父さん、お願い」サヤカに促されて支払いを済ませた。
「じぃじ、ありがとう。じゃまたね」
それだけ言うと、Toshiはもう背中を向けた。
「おい待て。ジュースでも……」そういう暇さえなかった。
ギターを担いだToshiの後ろ姿は、
爺さんのささやかな思いを蹴散らかし、
仕方なくそれを目で追うしかなかった。
「お父さん、ごめんなさい。ありがとう」
サヤカもあわてて後を追った。
この街いちばんの繁華街を照れもせず堂々と小走りする。
図々しいようでもあり頼もしくもある。まったく。

         

彼が高校生になった時、ステージ上で彼がギターを弾き、
僕が歌う機会が2度あった。祖父と孫の共演である。
素直に嬉しく、また心弾むひと時であった。
加えて、1度はビートルズの『Something』だったからたまらない。
この時間を作ってくれた彼がいとおしくて、いとおしくて……。

高校3年生の学園祭では、友人たちとバンドを組み精一杯弾けた。
だが、それが最後だった。なぜか彼はギターをやめた。
寂しくはあるが、あえて理由は聞かないでいる。

早いもので彼は間もなく25歳の誕生日を迎える。
そして、僕も年を取ってしまった。



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