Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

おねえちゃん先生

2022年09月07日 15時58分39秒 | 思い出の記


小学1、2年生の時の担任だった福島先生は、
学校でも僕を「たー坊」と呼んだ。
僕も「福島のおねえちゃん」と言った。
何せ100㍍と離れていないご近所さん同士。
年の差を考えれば一緒に遊ぶなんてことはあるはずもないが、
小さい頃から出会うたびに「たー坊」「おねえちゃん」と
親しんでいたから、そう呼び合うのはごく自然なことだった。

母にすればそうであっても、先生を「おねえちゃん」なんて呼ぶのは
申し訳ないことだと思ったのだろう。
「学校ではちゃんと先生と呼ばんといかんよ」と言った。
「うん、分かった」頷いてはみたものの、
やっぱり、ひょいと「おねえちゃん」と出てしまう。
「ほら、また」母は苦笑いを繰り返した。

                            

「たー坊行くよ。用意出来てるね」
おねえちゃんは毎朝決まって、そう声をかけてくれた。
学校へ一緒に行くのだ。母は笑顔ながらに
「おねえちゃんが迎えに来てくれるよ。ほれ早く」と
真新しい布製のランドセルを背に急かせた。
玄関の戸を少し開け、そこからおねえちゃんが来るのを
待ちわびたように覗き見る。
ほどよく日に焼けた顔、すらりと引き締まった体、
まるでスポーツ選手のようだ。
「たー坊」と呼ぶのと同時に戸を開け、
「おねえちゃん、おはよう」と言った。
「あっ」あわてて母を振り返り、ちょんと頭を下げた。
 
学校の途中には長い石段があった。
「さあ頑張って」おねえちゃんが手を引いてくれる。
それがまたうれしくて、少しくらいの風邪なんかでは決して休まなかった。

そんなおねえちゃんが、突然いなくなってしまった。
2年生の2学期頃だったと思う。
おねえちゃんの姓が「鈴木」に変わった。
「結婚されたのよ」母がそう教えてくれた。
結婚がどんなものかも分からず、まして結婚すると
姓が変わるのだということなど理解できようもない年頃。
「結婚されたので学校を辞められ、引っ越されたの」
おねえちゃんは学校からも、ご近所からもいなくなった。

                                   

おねえちゃんが、どこか遠くへ行ってしまった。
もう「たー坊行くよ」と声をかけてくれることも、
手を引いてもくれないのだね。
「どうして、どうして」と責め、
わあわあと泣き出した僕を母は困惑顔で抱き締めたのだった。
小さな初恋物語。恋しいなあ、おねえちゃん。




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