Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

オートバイ&ステレオ

2023年02月14日 06時00分00秒 | エッセイ


兄の腰のあたりにしがみついた僕の体は、
カーブのたびに右に左に傾き、尻はゴリゴリと擦れ、痛かった。
無理もない。このオートバイは兄が働く精肉店の業務用で、
僕が座っているのは、鉄の棒と板を四角に組み合わせた荷台であり、
そこに薄っぺらの座布団を乗せ、
荷物を固定するゴムのロープで括り付けた即席の座席だった。
しかも、座布団の綿はもう用をなさないほどくたびれていたから
鉄の固さをそのまま思い知ることになった。

        

70年ほど前にも暴走族はいたのかどうか。
暇さえあればオートバイを走らせる、
11歳離れている二番目のこの兄を僕は不良なのではないかと思った。
だが、不良と言うにはちょっとしけている。
乗っているオートバイは、何の飾りもない業務用のものだし、
後ろに乗っけているのも可愛い女の子ではなく、
小学生の弟、つまり僕だった。
不良と言うには、まったく様になっていない。

24、5の盛りの年頃。
なのに、この兄からは色恋らしきものは、
まったく見も聞きもしなかった。
中学校を卒業すると、親戚筋の精肉店に働きに出、
それこそ働くことしか知らないかのように一心に励んだ。
成人したからと言っても酒に飲まれるでなし、
夜遊びにうつつを抜かすでもなかった。
そんな兄の唯一とも言える楽しみと言えるのが、
精肉店のオートバイを引っ張り出してきて、
ついでに、小さな弟をいつも後に乗せドライブすることだった。

そうだ、もう一つあった。
どこでどう覚えたのか知らないが、クラッシック音楽があった。
そのため、結構高価なステレオを買い、レコードをボツボツと集め、
シューベルトだ、ベートベンだと一人聞き入っていた。
両親と兄弟姉妹、全部で8人が雑魚寝するような
小さな家に不釣り合いと言えるものだったが、
兄が懸命に働き、自力で買ったものだったから、誰も文句一つ言わなかった。

       

その頃僕はもう高校生になっており、
聞いていたのはもっぱらエルビス・プレスリーなどロックだった。
兄が不在だったある日、
僕はこっそりステレオでプレスリーを聞いた。
安物、と言っても僕にとっては宝物みたいな
プレーヤーで聞くのとはまったく違い、
プレスリーが眼の前で歌っているかのような迫力だった。
「やっぱりステレオはすごいな」大満足しながら体を揺すっていたら、
予期せず兄が帰ってきたのだ。そして、
「プレスリーなんか聞くと不良になるぞ。やめとけ」とだけ言った。
「黙って俺のステレオを使うんじゃない」
決して、そんな怒り方をしなかった。
むしろ、薄ら笑いさえ見せていた。

当家の墓には、両親はもちろん長男、三男、それに次女が入っている。
だが、この兄はいない。
働いた精肉店を営む親戚には、
子どもが一人もいず店を継ぐ者がいなかった。
それで兄に託し、さらに養子に迎え入れたのだ。
それを兄もすんなり受け入れた。兄はそちらの墓にいる。
オートバイをぶっ飛ばす兄は、実は実直で律儀な人だった。
「不良では?」なんてとんでもない。
むしろ、ツイストに惚けてダンスホールに通った、
昔オートバイの後ろ座席で尻をもぞもぞさせた、
あの小さな弟こそそうではなかったのか。



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