「泥棒をしてはいけません」は“正しい”ことばです。
では、普通に暮らしている(違法行為などしていない)人に向かって人前で大声で「あなたはこれから泥棒なんかしてはいけませんよ」と言うのは“正しい”行為でしょうか。「これまで」もしていない/「これから」も泥棒はしてはいけない、はもちろん“正しい”ことばですが、人前でわざわざそう言う行為はきわめて不自然で失礼なものに私には思えます。
この手のことばで有名なのはアメリカの「あなたは明日からは奥さんを殴りませんね?」かな。イエスと言ったら「昨日まで殴っていたのね」、ノーと言ったら「明日から殴るのね」になってしまう。
【ただいま読書中】
『かかしと召し使い』フィリップ・プルマン 著、 金原瑞人 訳、 理論社、2006年、1500円(税別)
戦争で荒れ果て、ブッファローニという家にすべてを支配された国。ある夜、雷が畑に立つかかしを直撃します。その拍子にかかしは生命を得てしまいます。ただし、頭はカブ、脳みそはひからびたエンドウ豆ですから大したことは考えられません。ただ「内なる確信」があるだけです。それと、スプリング谷への強い思い。
かかしは戦争孤児のジャックに出会います。そこでの会話がまた抱腹絶倒。
「若者よ」かかしはいった。「ひとつ提案があるのだ。見たところ、正直でやる気のある若者のようだな。そして、このわたしは冒険心と才能あふれるかかしだ。そこでどうだろう、わたしの召し使いにならないか」
「どんなことをすればいいんですか?」
「わたしとともに世界じゅうをまわるのだ。そして、使い走りをしたり洗濯をしたり料理をしたり、そのほかいろんなことで、私の役に立ってほしい。かわりに私があたえられるものは、わくわくぞくぞくする体験と名誉だけだ。ときに食べものに不自由することはあるかもしれないが、冒険に不自由することは決してないだろう。さあ、若者よ、どうかね?」
「なります」ジャックは答えた。
さて、以後二人(一つと一人?)は、山賊と戦い旅回りの劇に出演し、かかしは恋に落ち(それも踊る箒と)失恋し、戦争に参加し(かかしはなんと大尉になります)……そしてそのあとを怪しい弁護士が追い回します。さらに、カラスも。
思いこみが激しく我慢ができず信じ込みやすいかかしは、行く先行く先でトラブルを引き起こします。賢いジャックはそのフォローに回り事態を収める、と言いたいところですが、かかしに振り回され、事態が収まるのは本当に運がよいから、としか言えないような状態の連続です(もちろんドンキホーテを思い出しますが、本書はあれよりも、面白さも毒もパワーアップしているように思います)。
さらにかかしは、鳥を追うのが本来の業務ですから鳥を目の敵にしていますが、卵やヒナは敵とできない性格です。戦いのさなかでもひな鳥や巣を守ろうとします。余計なことを、とジャックはため息をつきますが、実はこれが重大な伏線(ヒント終了)。
そして最後に裁判です。かかしが出廷して、自分自身の所有権について闘うのです。相手はまさに国のすべてを所有しようとするブッファローニ判事。さて、この裁判の行方は、そして毒水に汚染されようとするスプリング谷の運命はいかに。
いやもう、これまた子どもだけに読ませておくのはもったいない本です。是非ご一読を。
では、普通に暮らしている(違法行為などしていない)人に向かって人前で大声で「あなたはこれから泥棒なんかしてはいけませんよ」と言うのは“正しい”行為でしょうか。「これまで」もしていない/「これから」も泥棒はしてはいけない、はもちろん“正しい”ことばですが、人前でわざわざそう言う行為はきわめて不自然で失礼なものに私には思えます。
この手のことばで有名なのはアメリカの「あなたは明日からは奥さんを殴りませんね?」かな。イエスと言ったら「昨日まで殴っていたのね」、ノーと言ったら「明日から殴るのね」になってしまう。
【ただいま読書中】
『かかしと召し使い』フィリップ・プルマン 著、 金原瑞人 訳、 理論社、2006年、1500円(税別)
戦争で荒れ果て、ブッファローニという家にすべてを支配された国。ある夜、雷が畑に立つかかしを直撃します。その拍子にかかしは生命を得てしまいます。ただし、頭はカブ、脳みそはひからびたエンドウ豆ですから大したことは考えられません。ただ「内なる確信」があるだけです。それと、スプリング谷への強い思い。
かかしは戦争孤児のジャックに出会います。そこでの会話がまた抱腹絶倒。
「若者よ」かかしはいった。「ひとつ提案があるのだ。見たところ、正直でやる気のある若者のようだな。そして、このわたしは冒険心と才能あふれるかかしだ。そこでどうだろう、わたしの召し使いにならないか」
「どんなことをすればいいんですか?」
「わたしとともに世界じゅうをまわるのだ。そして、使い走りをしたり洗濯をしたり料理をしたり、そのほかいろんなことで、私の役に立ってほしい。かわりに私があたえられるものは、わくわくぞくぞくする体験と名誉だけだ。ときに食べものに不自由することはあるかもしれないが、冒険に不自由することは決してないだろう。さあ、若者よ、どうかね?」
「なります」ジャックは答えた。
さて、以後二人(一つと一人?)は、山賊と戦い旅回りの劇に出演し、かかしは恋に落ち(それも踊る箒と)失恋し、戦争に参加し(かかしはなんと大尉になります)……そしてそのあとを怪しい弁護士が追い回します。さらに、カラスも。
思いこみが激しく我慢ができず信じ込みやすいかかしは、行く先行く先でトラブルを引き起こします。賢いジャックはそのフォローに回り事態を収める、と言いたいところですが、かかしに振り回され、事態が収まるのは本当に運がよいから、としか言えないような状態の連続です(もちろんドンキホーテを思い出しますが、本書はあれよりも、面白さも毒もパワーアップしているように思います)。
さらにかかしは、鳥を追うのが本来の業務ですから鳥を目の敵にしていますが、卵やヒナは敵とできない性格です。戦いのさなかでもひな鳥や巣を守ろうとします。余計なことを、とジャックはため息をつきますが、実はこれが重大な伏線(ヒント終了)。
そして最後に裁判です。かかしが出廷して、自分自身の所有権について闘うのです。相手はまさに国のすべてを所有しようとするブッファローニ判事。さて、この裁判の行方は、そして毒水に汚染されようとするスプリング谷の運命はいかに。
いやもう、これまた子どもだけに読ませておくのはもったいない本です。是非ご一読を。