「人は皆平等だ」というのは、人気のあることばです。だけど「あなたにだけ特別」「あなたは特別な人」というのもまた人気のあることばです。
「平等」と「(一人だけ)特別」とが一人の中に上手く両立するためには、どんな“操作”をすればいいでしょう。
私は「そのときの人の向き」が重要ではないか、と考えています。
たとえば「損をする可能性」に向いているときには「平等」が人気があり、「得をする可能性」に向いているときには「特別」が人気、と。それはそうでしょうね。「皆で損を分かち合うが、得は自分が独り占め」と「自分だけ損をして、獲物は平等」とでは前者の方が絶対に人気が出るはず。
個人の場合にはこうやって笑い話で済ませることができますが、社会について考えるときにはもうちょっと真剣になった方が良いでしょう。「みな平等」と「あなたは特別な人」とを上手く両立できる社会が、成熟したほとんどの人には暮らしやすい社会のはずですから。となると、ここでもやはり「損」はなるべく「平等」に分配して、その上で自由競争をしてある特定個人は大きな「得」をする、というバランスの良いシステムにする必要があるのではないかな。大切なのは「バランス」でしょう。
【ただいま読書中】『重力から逃れて』ダン・シモンズ 著、 越川芳明 訳、 早川書房、1998年、2300円(税別)
かつて宇宙飛行士として月着陸を経験したベデカーは、息子のスコットを訪ねてインドに降り立ちます。チャレンジャーの爆発事故から18箇月後のことでした。スコットは世捨て人となり、ベデカーの妻は28年の結婚生活に終止符を打って出て行きました。
そういった「生活の重み」が「重力」としてベデカーを「下」に引っ張ります。ベデカーは仕事を辞め、「自分の過去」をたどる旅を始めます。しかし「過去」もまた「重力」でした。
ベデカーと一緒に月に行き(そして着陸はせずに司令船で周回をしていた)トムは「神の啓示」を得てテレビ伝道師になっていました。癌で苦しんでいたデイヴィッドは、ほとんどあり得ない墜落事故で死んでしまいました。そして、息子のガール・フレンドだったマギーと、ベデカーは恋仲になってしまいます。
「過去の栄光」からあとは、人生が長い長いだらだらした下り坂であるかのように感じていたベデカーですが、事故で死んでしまった友人が書きかけていた本を受け継ぎ、もう一度“生き”始めます(この事故の謎解き、そして死因の真相が、実にさりげなくかつ「内面のドラマ」が読者に迫ってきます。「ヒーローが大活躍する派手なドラマ」が好きな人には地味すぎるかもしれませんが)。
時系列を行ったり来たりするのでちょっと油断をすると話がどうなっているのかわかりにくくなるかもしれません。ただ、その行ったり来たりが独特の効果を生んでいて、「現在」と「過去」が交互に現われるからこそ、「未来」に目を向けたくなるという不思議な読後感を生んでいます。
そうそう、話が時間の中を行ったり来たりするだけではなくて、ベデカーはアメリカの中も行ったり来たりします。アメリカの地理に詳しかったら、空間的にも不思議な読後感になるかもしれません。もし再読するとしたら、アメリカの地図を手元に置いて、かな。
ただ解説を見て驚いたのは、本書をSFとして読む人がいる、ということでした。たしかに「SF」はジャンルとしてはとんでもなく拡散をしてしまいましたが、それでも本書のどこがSFなんだろう?と古くからのSFファンとしてはとまどいを感じてしまいます。著者が『ハイペリオン』などの傑作SFをものしていることに引きずられての読み方でないかと私には思えます。「Sは思索的のS」だったらそれは当たり、なのですが。