常套句や美辞麗句や引用に頼っている人は、「自分には創造力とコミュニケーション能力が無い」と白状しているだけです。
【ただいま読書中】『そうだ、葉っぱを売ろう!』横石知二 著、 ソフトバンククリエイティブ、2007年、1500円(税別)
徳島県上勝町は四国では「最も人口が少ない町」です。高齢化率は徳島県ではトップ、典型的な田舎の過疎化と高齢化が進む農業の町です。
昭和54年、農業大学校(2年制)を卒業した著者は、上勝町農協に営農指導員として採用されました。著者は驚きます。高齢者の男性は、雨が降ると農協か役場に集まって朝から酒を飲んでいることに。女性は井戸端会議で朝から晩まで他人の悪口を言い続けていることに。何とかしないといけない、と著者は思いますが、「よそ者の若造」の言葉に誰も耳を貸しません。しかし、2年後に、緊急事態が。異常寒波で町の主力商品の蜜柑の木がほぼ全滅してしまったのです。主力を蜜柑から転換するにしても時間がかかります。とりあえず短期間で現金収入があるものを。著者は走り回ります。ワケギ、切り干しイモ、分葱、ほうれん草…… 「災い転じて福となす」となり、上勝町農協の売り上げはかえってどんと伸びました。しかし著者は貪欲です。体力がない人でも売れるものはないか、季節限定ではなくて通年で売れるものはないか、とアンテナを張り巡らします。そこに引っかかったのが「妻物(つまもの:料理に添える葉っぱや花)」。妻物という名前さえ知らなかった著者は、料亭に通って実際の使われ方を“勉強”します。給料は全部料亭につぎ込み、センスはどんどん向上しますが、ひどい食生活から痛風になってエライ目に遭います(体型もすごいことになっていきます)。
1986年、著者は葉っぱ事業を「彩(いろどり)」と命名。少しずつ良い値段がつき始めます。軽くてきれいですから、おばあちゃんでも参加できます。落ち葉の掃除が大変だった柿の木が「金のなる木」になります(たとえばある柿の大木は、1年で25万円を稼いでいます)。
「良い商品」でも、売れなければ意味がありません。著者は全国に営業をかけます。文字通り全都道府県に。さらに生産者農家の人たちを、大阪や京都の一流料亭に連れて行きます。実際にどのように自分たちの商品が使われているのかを見てもらうために。
町は変貌しました。活気が満ちるようになり、人口は(わずかですが)増加します。かつて自分の町の悪口を言っていた人たちは町に誇りを持つようになります。著者は、町の防災無線ファックスを、注文取りにも活用します。市場からの特別注文を無線で農家に流して、農家が早い者勝ちでその注文を獲得して商品を届けるのです。今ではおばあちゃんたちは、一秒でも早く農協に電話するために、携帯電話を握りしめて短縮ダイヤルで注文を取っているそうです。人気コンサートのチケット予約を取るのと、姿は変わりません。
40歳を前にして著者は人生の転機が来たと感じます。上勝でやれることはやったから、と農協に辞表を出します。それを聞いた町の人はびっくり仰天。著者がいなくなったら町はどうなるんだ、と。そこで町ぐるみの慰留運動が起き、著者は特例で町役場に中途採用となります。立場が違うのでもう農協のことには口が出せません。すると農協の売り上げが億単位で落ち始めました。これは大変、とまた町ぐるみで知恵を絞り、第三セクターで株式会社を設立することになります。農家がまとまって会社の運営費を拠出する形式は、非常に珍しいそうです。著者はその会社の取締役に任命されます。社長は町長ですから、実質的な責任者です。
著者はパソコン導入をもくろみます。通産省から予算を獲得、おばあちゃんたちが気楽に使えるように工夫したパソコンで、商品や市場の状況を村中に流します。これにより、ファックスの時には難しかった出荷調整が簡単にできるようになりました。農家の人は、市況を読み、楽しみながら何を多めに出荷するかを決定するようになります。さらに売上高は公表されますから、競争も激しくなります。
「地域の活性化」が最近の日本の流行り言葉ですが、こうやって実践をした人の本を読むと“評論家”がいかに無力かがよくわかります、というか、本書では“評論家”は有害な存在とされています。著者は“評論家”にはあまり良い感情を持っていないのかな。
本書での「成功体験」は、たぶん他の地域ではそのまま応用可能なものではないでしょう。「その土地」と「その時」と「その人(働きかける人と働きかけられる人)」との関係の中での「成功」でしょうから。ただその本質を学ぶことはできるはず。少なくとも座り込んで文句を言っているだけよりは、「成功」の確率は上昇するはずです。