この前空にある秋の雲に気づいたと思ったら、昨夜は家の外で「りーりー」と秋の虫が大合唱しているのに気づきました。ついこの前まで蟬が大合唱だったのにね。
【ただいま読書中】『火星鉄道19(航空宇宙軍史・完全版(2))』谷甲州 著、 早川書房(ハヤカワ文庫JA1248)、2016年、1200円(税別)
目次:「火星鉄道19」「ドン亀野郎ども」「水星遊撃隊」「小惑星急行」「タイタン航空隊」「土砂降り戦隊」「ソクラテスの孤独」
「火星鉄道」というのは俗称で、正式名称「MーRRー19」を「マーシャンレイルロード」と洒落て呼んでいるのだそうです。ただ場所がすごい。オリンポス山(火星で一番高い山、高さは地表から27km!)の外輪山を端から端まで貫いて本当に軌条が敷かれているのです。そこを走るのは列車ではありません。電磁加速して宇宙船が軌道に打ちあげられ、あるいはその軌条にタッチダウンして着陸(減速のときはなんと8.5G!)するための航空宇宙軍の施設です。
外惑星連合は、地球=月連合に宣戦布告をしましたが、火星都市連合は除外しました(だから火星は中立国です)。ただし、火星の航空宇宙軍の施設は別で、火星鉄道の軌条に核爆弾を放り込んで外輪山のトンネル内で爆発させようとします。それを迎え撃つのはほとんど非武装の輸送隊。腕と度胸と創意工夫が頼りの迎撃作戦が始まりますが……いやいや、隊長が「パールハーバーに、カミカゼのとりあわせか……」と呟くわけです。しかし、21世紀末の宇宙空間で、それの意味がわかる人がどのくらいいるのかな?
外惑星から地球を目指す重水素のタンカーは、木星系や土星系からマスドライバーでちょいと加速されると、あとは太陽に引っ張られて“落ちて"いきます。それぞれの惑星の動きを計算して、一定の時刻に一定の空間に到達するようにタンカーの列は制御されています。その行程は数年がかり。すると、その重水素を推進剤とする航空宇宙軍は、とりあえずは戦時備蓄の分で戦わなければいけません。軌道上に数年分の備蓄はある、とは言えますが、それは宇宙空間をこちらにゆっくりと向かってきている途中です。私がもし外惑星連合の人間だったら、このタンカーの列に破壊工作を仕掛けます。燃料不足の艦隊は、遠路はるばる木星系まで進出することが困難になりますから(もし行けたとしても、そこで戦闘行動をしてさらに帰りの分までの燃料が必要になります。平和なときなら“現地調達"ができるんですけどね)。そして、そういったタンカー回収をやっていた人や、水星開発部隊といった、本当だったら最前線からは遠い場所であるはずの所も、あっという間に戦場になっていきます。太陽系は人類にとっては広大な空間ですが、軌道で結ぶことさえできればどの空間も差別はないのです。
『タナトス戦闘団』の最後あたりで、仮装巡洋艦バシリスクの名前が登場しました。あそこでは「脱出のための希望の星」でしたが、この短編集にも登場します。こんどは航空宇宙軍から見た「正体不明だが明確な敵」として。
宇宙での戦闘と言えば、ビーム砲とか派手なミサイル攻撃とかがアニメでは良く登場しますが、このシリーズでは徹底的に地味です。主な武器は爆雷。機雷や爆雷あるいは魚雷のような使い方をしますが、高射砲弾のように爆散させてその破片で敵艦の機体に傷をつけようとします(小さな傷でも、気密が破れたら宇宙では大変なのです)。そこで敵の軌道と変更の予想、それに合わせて爆雷をいつどの方向に発射するか、の読み合戦が両者の間で行われます。
長期航宙をする艦の中は、戦闘中の潜水艦と似ています。閉鎖空間で短時間の「直」と「休息」を繰り返し続け、ずっと緊張感に圧迫され続けます。ストレスと疲労と睡眠不足と不安と恐怖が、乗組員の心身を蝕みます。
本書に登場するのは、すべて航空宇宙軍の人々。そして“外部"の人間は一切登場しません。センサーをにらみ、異常な現象に気づくと推測の限りを尽くし、そして行動。舞台はほとんどが“密室"ですからアクションとしてはあまり派手な場面は登場しませんが、宇宙サスペンスとして読んでも、なかなか上質な仕上がりが楽しめます。