【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

せこいやり口

2020-05-11 07:04:26 | Weblog

 自分や自分の友達が将来訴追されないように自分のポチを検察のトップに置いておくために「法解釈の変更」によって不自然な定年延長をして、それが不評だとその後「法そのものを変更」しようとしている人がいますが、日本国民が命がかかっていると必死に自粛をしているときに、こそこそと自分の利益のために法をいじろうとしている……なんともせこいやり口だと私は感じます。

【ただいま読書中】『秀吉の経済感覚 ──経済を武器とした天下人』脇田修 著、 中央公論社(中公新書1015)、1991年、544円(税別)

 秀吉の経済感覚の鋭さを最初に示したのが、有名な「清洲城の割普請」です。石垣が百間崩れて、10日かけても修理できなかったのが、秀吉が引き受けて十間ずつ十組で競争させたら1日で修理完了、というもの。これは、近代的な分業体制の原点と位置づけることが可能だそうです。
 この「割普請」を、各大名にやらせたのが、徳川家でした。たとえば大坂城の再建で、西国の外様大名を中心に六十五家が動員されての大工事ですが、知行高ごとの作業量がなるべく平等になるように分担が明確に定められていました。大名も知恵を使います。人夫を国元から連れてくる方が日用(現地での日雇い)よりも労働の質が高いのはわかっているが、農繁期に百姓を工事に使うのは、国元の農業の方に悪影響が出る、といった計算を、江戸城の工事を命じられた細川家では行っています。結果は日用の方が“コスパが良い”となりました。
 真田の「六文銭」は有名ですし、織田信長も旗印に「永楽銭」をつけていました。戦国大名はみな「経済」を意識していたはずですが、秀吉の感覚は傑出していました。城攻めでも、鳥取城や高松城、小田原城など、すべて「武力」というよりは「経済力」で勝利しています。
 豊臣家の直轄領は全国に散らばっていましたが、トータルで約二百万石でした。徳川の二百四十万石より少なかったのは意外です。ただ、石高よりは、経済的な拠点や鉱山を押さえたり、大名家の領地の内側に直轄領を設置して政治的な監視をおこなったり、という機能的な役割を秀吉は重視していたようです。しかしそれは各大名の反発を招き、さらに直轄家臣団を育てることにも困難で、豊臣家の力は削がれていくことになりました。
 「検地」は各大名もやっていましたが「太閤検地」は「全国規模」「一反は三百歩(それまでは三百六十歩)」「(米の)石高制(それまでは貫高制)」、といった特徴がありました。さらに、知行の高に応じて各大名には軍役の人数が定められていました。ある意味合理的な制度ではあります。もちろんその“メリット”は秀吉の側に多くあって、動員命令を出すときには具体的に何人出せ、と最初から言えるわけ。さらに、家臣を抱えず蓄財に走っていざ出陣の時に陣揃えができない、なんて大名を減らすこともできます。しかしここまで内情に口を挟まれると、自立性を重んじる戦国大名たちは内心穏やかではなかったでしょうね。
 そして民間では、豪商が登場するようになっています。平安時代末期は公家から武家に実権が移動していましたが、安土桃山時代には武家から商人に実権が異動し始めたようで、それが江戸時代にはほぼ完成、明治へとつながっていくわけです。

 


サンタクロースを信じる理由

2020-05-11 07:04:26 | Weblog

 「サンタクロースを信じているとは、子供だね」と言う大人がいます。だけど、子供たちに「サンタクロースは存在している」と最初に教え、そして口裏を合わせていたのは、大人たちではありませんか?

【ただいま読書中】『サンタクロースっているんでしょうか? ──子どもの質問にこたえて』中村妙子 訳、 東逸子 絵、偕成社、1977年(85年改訂、2009年改訂版108刷)、800円(税別)

 「サンタなんかいない」と友達が断言するのにショックを受けた八才の女の子バージニアが、父親の勧めで、ニューヨーク・サン新聞に質問の手紙を出しました。「サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか?」と。サン紙では1897年9月21日の「社説」にその返事を載せました。本書はその翻訳です。
 子供に過去はありません。まだこの世に生まれたばかりなのですから。そして、子供には未来もありません。子供に未来があると信じているのは、大人の方です。子供は、現在を生きています。現在だけを生きています。過去も未来も自分には無関係の存在です。しかし、サンタクロースのような目に見えないものの存在を信じ、そしてそれを疑うようになったとき、子供は自分が知らない世界(時空間)が自分の外側に存在していることを知ります。その時初めて子供は、自分に未来があることを知るのかもしれません。もちろんサンタクロース以外のものでも同じ効果は得られるでしょうが、できたらサンタのように子供に優しい存在であって欲しい。
 この社説を掲載するのに、記者たちがどんな議論をしたのか、ある程度想像はできます。しかし、こういった社説を載せる勇気を持った人がいる社会は、それだけで信頼に価するのではないか、とも私は思います。子供たちはそういった社会でだったら、生きる意味を見つけやすいことでしょう。