GHQ焚書図書開封 第127回
-西洋人のアジア却略の概要-
■復刻された本は「米英の東亜侵略年譜」柴田賢一、「太平洋侵略史 第1~6」仲小路彰
■焚書対象外となった本は「露西亜帝国満州侵略史」、「ソ連・英・米・仏侵略の跡をみて」、「ロシア侵寇三百年」、「千島樺太侵略史」何れもロシア関係の本
■紹介済みの本は「蘭印侵略史」デ・クラーク、「亜細亜侵掠秘史」桑原三郎、「豪州侵略史」班目文雄、「米英東亜侵略史」大川周明、「米国の世界侵略」
☆「亜細亜侵略史」高橋勇
目次
1.日本は何故戦うか
2.アジア洲
3.西洋人の亜細亜侵略
4.恐るべきアングロサクソン
5.英国の印度却略
6.支那の崩壊
7.印度支那の強奪
8.近世日本の危機
3章 西洋人の亜細亜侵略
西洋人の侵略の順序は①欧亜交通路の発見②亜細亜に対する狭義の貿易(交易)による侵略③亜細亜各地における租界、領土、植民地(保護領)、の建設④工業原料の供給地、過剰製品の大消費地(市場)としての合法的産業侵略⑤過剰資本の輸出(投資)による富の吸収とそれより生ずる合法的内政の侵犯であった。
アメリカと支那の貿易は、1783年のカルフォニア産朝鮮人参の輸出と支那からの茶と瀬戸物の輸入に始まる。これは、アメリカにとって25%の利益をもたらした。また、ベーリング海峡で捕獲したラッコの毛皮、アザラシの毛皮で利益を得た。当時は工業製品貿易の時代でなく、支那は豊かな国でもあった。
16世紀から、葡萄牙(ポルトガル)、西班牙(スペイン)は、金銀の採取及び貿易侵略と領土的侵略を同時に行っていた。
阿蘭陀(オランダ)、英吉利(イギリス)、仏蘭西(フランス)は貿易侵略からスタートしたが、貿易の過程で陰謀、偽善、掠奪、都市破壊、現地人の反抗に対抗するため領土的侵略へと変貌していった。アジア人が中途半端な抵抗だけで、断固として抵抗する気力をもっていなかったため、西洋人に足元をみられ、植民地化を許してしまったのである。
英吉利はインドでは綿花を安く買い求め、マンチェスターで綿布、綿糸に加工して、製品としてインドに売り多額の利益を得ていた。インドの手工業は衰えるばかりであり、自国で製品を作ろとしても、植民地法律による制裁や資力がないことなどから、綿製品の90%がイギリス製になってしまった。昭和6、7年に入って、日本製の綿製品が60%を占めるようになるや、イギリスは日本製品に対して75%の輸入関税をかけるという暴挙に出てきた。
通商条約において、締結国にとって極めて不利な条件は、協定関税と領事裁判権の主導権を握られることである。関税には①国定関税②協定関税③併用関税があり、欧米が要求した協定関税については、低く抑えられると自国の産業保護が不可能になるものであった。欧米がアジアに対して強要した領事裁判権は自国民の保護のためであり、キリスト教の人道主義は自国民以外の国民には適用されない一方だけに手落ちがあるものであった。
投資侵略には直接投資によるものと間接投資によるものがある。直接投資は、イランの豊富な油田、マレー諸島の護謨、インドの綿花など欧米に有利な産業に対する資金として直接投資するものであった。間接投資は、借款という形をとって施設機関、団体、政府等にお金自体を投資するもので、主に銀行、製造工廠、鉄道建設、鉱山採掘、海運事業に対して行われ、担保として各種権益を取得し、利息支払いに利用税、通行税などを当て継続的回収を図るものであった。
間接投資の利益は、①利息が本国より高い②有力な担保品を抑え、それによってその国の財政上に不動の権力をもつ③政治借款(政治の改善等を目的とする)は、その国の政治上に特殊な権力をもたらしめる。④鉄道借款は莫大な利子と特別な報酬があり、鉄道材料供給の優先権を得、また鉄道技師職員を任命する権利を得られる。というものであった。
産業先進国は産業未開国に対して、合法的に商品を独占販売し、合法的に必要なる原料を奪取し、更に、それから生じる過剰資本を投入して、より深刻に富を搾取し、進んではその内政の自由を失わせしめる。その関係は極めて非人道的な軽業師の頭領が、その手下を死に近づくまで働かせ疲労の意気に達するや、一齣の薬湯を与えて生気を吹き還らせ、更にこれを酷使して興行料を貪る。それよりも深刻さを持つものである。
我国が、明治の初年、よく欧米産業国の肚の裏を察知し、未だ噛みつかれざるに、早くも内政を立て直し、産業形式を急速に展開して、近代産業国家として起き上がったことは、何と賢明であり、何と偉大であり、何と感謝しなければならないことであろう。私はこれを思うとき、畏くも明治大帝のご英明を仰ぎ奉り、明治の諸功臣に感謝を捧げ、感涙を催すものである。
天心岡倉覚三氏は「日本の目覚め」において、商業主義のために、西洋の生活そのものが己の商品の売りさばき口を求めることに依存しなければならなくなった。今や西洋の役割は売ることであり、東洋の役割は買うことであった。土地と労力に基礎を置く高圧的な外交手段によって保護関税を奪われている東洋の経済生活は機械と資本の軍勢に屈服したのである。これが、アジアの現実であったと分析している。
この欧米の植民地主義に対して、東洋を再建するのが日本の使命と自覚し、日本は立ち上がったのである。
参考文献:「亜細亜侵略史」高橋勇
2017/1/18公開