GHQ焚書図書開封 第90回
-大川周明-「東洋」の概念に疑義あり-
◆第一章 大東亜秩序の歴史的根拠
1.明治維新前夜に孕まれたる大東亜理念
2.明治維新以降における大東亜理念の追求
3.日清・日露兩役の世界史的意義
4.アングロ・サキソンの世界制覇機関としての国際連盟
5.ベルサイユ体制の対日重圧
6.満州事変の世界史的意義
7.支那事変より大東亜戦争へ
◆第二章 大東亜圏の内容と範囲
1.大東亜圏の範囲
2.支那
3.印度
4.東北及び東南亜細亜
5.三国精神の客観化としての大東亜秩序
◆第三章 亜細亜・欧羅巴・日本
1.序説
2.亜細亜と希臘
3.カルタゴと羅馬
4.匈奴と欧羅巴
5.回教徒と欧羅巴
6.蒙古人と欧羅巴
大東亜の概念は幕末につくられた。
大東亜の範囲はパミール高原の東側3つと西側2つの合計5つのブロックに分けられる。
大川周明は、東側3つ(唐、天竺、日本)を大東亜共栄圏と考えていた。
詩人キプリングの「東は東、西は西、天地今のごとくある限り、偉大なる神の審判の日までこの双生児は断じて合わず」は、東洋と西洋の対決を謳っていた。
アングロ・サクソンの精神は、「神は世界支配の権利をイギリスに与えた」「西洋以外の野蛮な、道徳心のない国々は白人に略奪されるためにある」である。
このアングロ・サクソンの優位性は、16世紀後半から20世紀初頭にかけて日本、支那以外の異民族を常勝不敗で支配下においた300年間の短い歴史の中での話である。
この人種差別の観念は、明治時代に日本にきた宣教師G.W.ノックスの日本宗教家に対する「日本人に道徳意識はありや?」の質問にもあらわれてiいる。
また、近年南太平洋でのフランスの核実験に抗議した日本に対して、フランスメディアが「アメリカが日本を甘やかせているために、日本は原爆投下をもって自らの侵略の罪をごまかしてきている。自分たちの受けた国難をもって罪科を償っていると思っている。
日本人は、元来道徳観念がない、罪の認識がない、罪におののくことがない、恥という文化をもっているが、罪の文化をもっていない」と侮蔑の反論をしたことにも根強く残っている。
第二次世界大戦後、戦勝国が敗者の日本に対して浴びせた言葉は、「遅れた文化、封建主義が戦争を起こした」との決めつけであった。それに平伏した日本人の愚かさ。その象徴が石坂洋二郎作「青い山脈」。
戦争を仕掛けた張本人は必要もないのに太平洋に膨張してきたアメリカで、日本はそれに乗せられたのである。
シュタインメッツは、「支那人は比類なき平和の民」といっているが、それは嬾惰(らんだ)な民であり、武を卑しみ戦を嫌う心からでたもので、「好人は兵に当たらず、好鉄は釘を打たず」の諺にあるように科挙制度に支えられた「武人より文官を尊ぶ」儒教思想の結果である。
その支那でさえ、國(旧字のくに)の文字には、一は土地 口は人民 戈は武器でなりたっているとし、國を守るということは、領土、国民を武器をもって守るという意味を持たせている。
大アジア主義の歴史は、征韓論から始まり、玄洋社、黒龍会が生まれ、東亜同文会、南洋教会へと続いていった。
アジア主義を唱えた人に、岡倉天心、植木枝盛、内田良平、犬養毅、頭山満、宮崎滔天、孫文、汪兆銘、チャンドラボウズなどがいる。
東アジア共同体(ASEAN)はEUのように統合できない。
理由は、ヨーロッパはもともと一つのラテン語圏であり、フランス語、ドイツ語などは方言の位置づけであり、アジアとは根本的に違う。
「西洋」という概念はあったが「東洋」という概念はもともとなかった。西洋は、13世紀まで今日のような国家は存在せず、教会が国家の役割を果たしており一つの共同体であった。日本の鎌倉時代の13,14世紀になってフランス、ドイツといった国家らしきものができ、王権政治、戦いを経て近代国家へと変貌していった。日本よりはるかに国家としての歴史は浅いのである。
EUは第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして世界の富の50%を占めた日米経済同盟への脅威から自国を守るための過去の一つの共同体への復古主義への回帰であった。
EUはキリスト教文明共同体であり、ブルガリア、ルーマニア、ギリシャ、マルタ島、ポーランドは入っているか、イスラム圏のトルコ、ロシア正教のロシアははいっていない。
世界の共同体は、「不安」と「恐怖」から防衛するために生まれる。東洋の概念は積極的な西洋の概念に対する消極的、受け身的な防衛概念としてあとから生まれた。
日米は戦う運命にあった。それは、ヨーロッパの代表米国のアジアの代表日本に対する挑戦として現れた。
天意か、偶然か、日本とアメリカの国旗は、相対立する「太陽」と「衆星」、「白昼」と「暗夜」を表現していた。
日本VSアメリカは、ペルシャVSギリシャ、カルタゴVSローマ帝国との対立関係に酷似している。
アメリカにとって、最大の敵イギリスを叩き潰すためにスペイン、日本は邪魔だった。
米西戦争に勝利後、アメリカは中国、アフガンを越え、イラクを侵略し、我国の真珠湾攻撃から70年を経た今日、黄昏の時を迎えている。
参考文献:「大東亜秩序建設」大川周明
-大川周明-「東洋」の概念に疑義あり-
◆第一章 大東亜秩序の歴史的根拠
1.明治維新前夜に孕まれたる大東亜理念
2.明治維新以降における大東亜理念の追求
3.日清・日露兩役の世界史的意義
4.アングロ・サキソンの世界制覇機関としての国際連盟
5.ベルサイユ体制の対日重圧
6.満州事変の世界史的意義
7.支那事変より大東亜戦争へ
◆第二章 大東亜圏の内容と範囲
1.大東亜圏の範囲
2.支那
3.印度
4.東北及び東南亜細亜
5.三国精神の客観化としての大東亜秩序
◆第三章 亜細亜・欧羅巴・日本
1.序説
2.亜細亜と希臘
3.カルタゴと羅馬
4.匈奴と欧羅巴
5.回教徒と欧羅巴
6.蒙古人と欧羅巴
大東亜の概念は幕末につくられた。
大東亜の範囲はパミール高原の東側3つと西側2つの合計5つのブロックに分けられる。
大川周明は、東側3つ(唐、天竺、日本)を大東亜共栄圏と考えていた。
詩人キプリングの「東は東、西は西、天地今のごとくある限り、偉大なる神の審判の日までこの双生児は断じて合わず」は、東洋と西洋の対決を謳っていた。
アングロ・サクソンの精神は、「神は世界支配の権利をイギリスに与えた」「西洋以外の野蛮な、道徳心のない国々は白人に略奪されるためにある」である。
このアングロ・サクソンの優位性は、16世紀後半から20世紀初頭にかけて日本、支那以外の異民族を常勝不敗で支配下においた300年間の短い歴史の中での話である。
この人種差別の観念は、明治時代に日本にきた宣教師G.W.ノックスの日本宗教家に対する「日本人に道徳意識はありや?」の質問にもあらわれてiいる。
また、近年南太平洋でのフランスの核実験に抗議した日本に対して、フランスメディアが「アメリカが日本を甘やかせているために、日本は原爆投下をもって自らの侵略の罪をごまかしてきている。自分たちの受けた国難をもって罪科を償っていると思っている。
日本人は、元来道徳観念がない、罪の認識がない、罪におののくことがない、恥という文化をもっているが、罪の文化をもっていない」と侮蔑の反論をしたことにも根強く残っている。
第二次世界大戦後、戦勝国が敗者の日本に対して浴びせた言葉は、「遅れた文化、封建主義が戦争を起こした」との決めつけであった。それに平伏した日本人の愚かさ。その象徴が石坂洋二郎作「青い山脈」。
戦争を仕掛けた張本人は必要もないのに太平洋に膨張してきたアメリカで、日本はそれに乗せられたのである。
シュタインメッツは、「支那人は比類なき平和の民」といっているが、それは嬾惰(らんだ)な民であり、武を卑しみ戦を嫌う心からでたもので、「好人は兵に当たらず、好鉄は釘を打たず」の諺にあるように科挙制度に支えられた「武人より文官を尊ぶ」儒教思想の結果である。
その支那でさえ、國(旧字のくに)の文字には、一は土地 口は人民 戈は武器でなりたっているとし、國を守るということは、領土、国民を武器をもって守るという意味を持たせている。
大アジア主義の歴史は、征韓論から始まり、玄洋社、黒龍会が生まれ、東亜同文会、南洋教会へと続いていった。
アジア主義を唱えた人に、岡倉天心、植木枝盛、内田良平、犬養毅、頭山満、宮崎滔天、孫文、汪兆銘、チャンドラボウズなどがいる。
東アジア共同体(ASEAN)はEUのように統合できない。
理由は、ヨーロッパはもともと一つのラテン語圏であり、フランス語、ドイツ語などは方言の位置づけであり、アジアとは根本的に違う。
「西洋」という概念はあったが「東洋」という概念はもともとなかった。西洋は、13世紀まで今日のような国家は存在せず、教会が国家の役割を果たしており一つの共同体であった。日本の鎌倉時代の13,14世紀になってフランス、ドイツといった国家らしきものができ、王権政治、戦いを経て近代国家へと変貌していった。日本よりはるかに国家としての歴史は浅いのである。
EUは第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして世界の富の50%を占めた日米経済同盟への脅威から自国を守るための過去の一つの共同体への復古主義への回帰であった。
EUはキリスト教文明共同体であり、ブルガリア、ルーマニア、ギリシャ、マルタ島、ポーランドは入っているか、イスラム圏のトルコ、ロシア正教のロシアははいっていない。
世界の共同体は、「不安」と「恐怖」から防衛するために生まれる。東洋の概念は積極的な西洋の概念に対する消極的、受け身的な防衛概念としてあとから生まれた。
日米は戦う運命にあった。それは、ヨーロッパの代表米国のアジアの代表日本に対する挑戦として現れた。
天意か、偶然か、日本とアメリカの国旗は、相対立する「太陽」と「衆星」、「白昼」と「暗夜」を表現していた。
日本VSアメリカは、ペルシャVSギリシャ、カルタゴVSローマ帝国との対立関係に酷似している。
アメリカにとって、最大の敵イギリスを叩き潰すためにスペイン、日本は邪魔だった。
米西戦争に勝利後、アメリカは中国、アフガンを越え、イラクを侵略し、我国の真珠湾攻撃から70年を経た今日、黄昏の時を迎えている。
参考文献:「大東亜秩序建設」大川周明