ウラジオストク旅行に女性が熱を上げるワケ
2時間でいける「お気軽ヨーロッパ」の醍醐
極東の人口60万程度の港町。ロシア・ウラジオストクに今、にわかに日本人の旅行ブームが訪れている。
成田空港から直行便で2時間弱という近さ。加えて、フランスやイタリアといった西欧諸国とは違った歴史と味わいある町並み。「日本からいちばん近いヨーロッパ」というキャッチフレーズで、特に女性旅行者たちに注目を集めている。
ウラジオストクへの日本人旅行者が急増
人気に拍車をかけたのが、2017年8月に行われたビザ緩和だ。かつては事前に手続きが必要で、費用も1万円ほどかかったが、ビザ緩和以降はネットでの無料申請が可能に。一般的な観光であれば、沿海州に8日間連続滞在することが可能となった。
H.I.Sの社員は、ロシアの観光市場についてこう話す。
「ウラジオストクへの日本人旅行者は、例年7000~1万人程度で推移していましたが、それが2017年に突然1万8000人を超え、2018年に入ってもその勢いが続いています。
比較対象としてわかりやすいのが台湾です。それぞれ航空券は5万円前後と安価で、成田からの飛行時間は2時間弱。まだまだ認知度は低いですが、観光都市としてこれから伸びていくポテンシャルは非常に高い」
これまでロシアは観光国としての評価は決して高いとはいえず、加えてビザ取得の煩雑さもあり、一般の日本人旅行者が気軽に行ける国ではなかった。だが、ロシア政府はプーチン大統領主導のもと、ワールドカップ誘致や経済活性化に取り組み、観光インフラも急速に整えつつある。
実際ワールドカップを6大会連続で取材したジャーナリストは、ロシアの快適さに驚いたという。
「2012年のサッカー欧州選手権では、隣国のウクライナのインフラや観光面が整っていないことに愕然としました。2010年の南アフリカ、2014年のブラジルと比較しても、ロシアとは雲泥の差がありました。ホスピタリティ精神があり、国として観光を盛り上げようという意思を感じました。実際、参加国でない中国やアジア圏の人々、中南米の国の人たちを街中でよく見掛けましたよ。私がワールドカップを取材した中では、移動の面も含めていちばん快適に過ごせた国ですね」
ロシアにははたして、観光大国となりえる“土壌”があるのか。観光客が急増するウラジオストクに足を運び、観光都市としての魅力を探った。
韓国・中国から圧倒的な支持を集める市場
成田空港から飛行機で揺られること2時間弱。ウラジオストク国際空港に到着すると、まず韓国や中国といったアジアからのグループ旅行者の多さが目に留まった。そこで、30代前半の韓国人女性2人組に何を目的にウラジオストクに来たのか尋ねてみた。少し間を置いた後、「ショッピング、トレッキング、ビュー」と笑顔で答えてくれた。
実は日本に先立つ2014年、ロシアと韓国との間でノービザ協定が結ばれている。ウラジオストク専門のWebサイト、「ウラジオ・ドットコム」の運営者である宮本智氏はこう話す。
「中国や韓国といった東アジア圏の国で、ウラジオストクの旅行熱が年々高まっています。特に韓国からの20~30代の女性は街中でもよく見掛けます。この地を訪れる旅行者の特徴は、団体のツアー客だけではなく、個人旅行者が多いことでしょう。中国では、2010年から年間20万人超、韓国では近年では6万人を超える旅行者がウラジオストクを訪れます。旅行者全体で見ても、2017年は前年比で約13%増です。
日本の女性客も増え始めています。リピーターの数の多さも特徴です。実際に私のもとにも2回、3回と同じお客様が来るのも珍しくありません」
ウラジオストクの街は非常にコンパクトだ。主要スポットや中心部への移動は、徒歩で十分に事足りる。筆者が滞在中にタクシーを利用したのは、空港からの往復と郊外のレストランに行ったときの3度のみ。ホテルは中心部に集中しており、安宿が集まる海沿いのエリアから中心部に行く際も徒歩で20分程度。街中にレンタサイクルがあり、港町の風を感じながら街をブラっと散策するのも一興だ。
最大の観光名所がどこかといえば、その答えは難しい。誰もが訪れるような特別な名所が存在しないのもまた、ウラジオストクの特徴でもある。
ヨーロッパともアメリカとも違う独特な街並み
旅行者たちの目的もそれぞれだが、総じていえるのは「ゆったりとした時間の流れを過ごせる」ということかもしれない。ロシアでしか購入できない雑貨や、街中にあふれるストリートアート、美術館やバレエなどの芸術鑑賞、北朝鮮レストラン、大自然の中でのトレッキングや、見晴らしの良い展望台、カジノなどシーンに合わせた観光が楽しめる。だが、最も強く惹かれたのはその独特の街並みだ。
西欧の国々を訪れると、大手アパレルショップや、観光客向けのレストランやお店など、ときにケバケバしい近代的な店舗が景観を邪魔していることがある。一方、ウラジオストクの街中には、「ZARA」や「バーガーキング」といった例外は多少あるものの、大手企業の資本の店舗はほとんど見掛けない。昔からある古き良き街並みをそのまま現代に取り入れているようなノスタルジーを感じさせる。
たとえば、アドミラーラ・フォーキナー通りでは、若者から老人までが噴水の前に集まり、読書したり、ピロシキやアイスクリームを片手におしゃべりに興じている。ショップやレストランに目を向けても、ほとんどが個人経営のお店で、昼間からテラス席でアルコール片手に談笑するロシア人も珍しくない。
少し歩いてスポーツ湾まで向かうと、海水浴やマリンスポーツを楽しむ家族連れや観光客の姿が見えてくる。湾岸沿いで遊園地や博物館もあるこのエリアは、多くの人が訪れる憩いの場所だ。ちなみに筆者は、スーパーで1000円程度で購入できる本格的なキャビアを肴に、海辺でロシアビールを飲みながら、数多いるパフォーマーたちのショーを見物していた。観光客と現地の人の壁を感じることもなく、暮らすようにのんびり過ごすことができる。
現地はほぼロシア語で、英語はほとんど通じないが、外国人に無関心かというとそうでもなさそうだ。筆者が街を歩いていると、日本人に興味を持ち、話し掛けてくる人もいた。
理由を尋ねると、ウラジオストク極東連邦大学では日本語を学ぶコースがあり、人気があるそうだ。上智大学や早稲田大学からの留学生もいるらしく、ロシアの学生たちと食事をした際は、日本のおすすめのアニメや日本で生活するにはどれくらいの費用がかかるか?といった質問を受け、日本への強い関心を感じた。
治安の良さもポイント
韓国や台湾を何度も訪れていた日本人旅行者が、少し冒険をしてロシアへというケースも多いという。
「ウラジオストクの魅力は、旅慣れしていない女性でも気軽に訪れることが可能ということです。私のもとに来るお客様も、韓国や台湾に慣れてしまい『もう少し違う刺激がある場所に行ってみたかった』というOLさんが圧倒的に多いです。物価面も大きい。少し良いレストランで飲み食いしても3000円程度で、韓国や台湾より安い。味付けも全般的にやさしく、日本人におおむね好評です。さらに治安が抜群に良く、夜道でも安心して歩けるので女性同士でも安心というのは大きなポイントでしょう」(宮本氏)
実際、筆者も治安面には驚かされた。どうしても西欧諸国の場合、スリやひったくりなどに神経をすり減らすことはつきまとうが、治安の悪いイメージがあるロシアで夜間でも安心して出歩けるというのは正直、意外というほかなかった。
「『ヨーロッパみたいだけど、ヨーロッパとはまた違う面白さがある』という意見もよくいただきます。芸術鑑賞、旧日本人街への観光、オシャレなカフェも点在している。登山や展望台などのアクティビティ(春から秋)も含めて、観光資源で見ても男性より、女性ウケするのかもしれません」(同)
滞在中を通して、食事にも舌鼓をうった。ボルシチなど伝統的なロシア料理から、ステーキやイタリアンといった西欧料理、韓国料理の質も高く、安価であり食事面では非常に高い満足度だった。
唯一の不満を挙げるとすれば、ホテルの質だろうか。ホテルの絶対数が少ないこともあり、Wi-Fi環境やサービス面では、日本のビジネスホテルにはなかなか及ばない。宿泊価格が7000円から1万5000円程度であることを踏まえると、少し物足りなく感じた。
ただ、それも増え続ける観光客のニーズに対応し、改善される方向にあるという。
日本政府とロシア観光局の間では、日ロの交流人口を2015年の約14万人から2019年には25万人に増やす共同プログラムも発表されている。自由旅行が解禁され、観光国に変貌し始めたロシア。ウラジオストク以外にも気軽に行ける街は増えるだろうか。
東洋経済新聞 転写