「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログ。

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誕生日に伺った、我が子が先立つ母の無念。シャラポワのドーピングが心臓薬で思い出す、両親はゴメリ出身。

2016-03-09 06:51:10 | 福島第一原発と放射能

今、新東名・沼津SAで首都圏に入る手前で、僕は休みながら駐車場の中で書いています。

岡本さんのご遺族と、きのう8日夕刻から、お話をしてきました。

まだ若い息子が先立ったことに対して、お母様は特に無念が強い様子がありました。

わが子を守りたい貴女にもそうした思いは理解されることでしょう。

また、ネット上で「福島第一原発を考えます」などの活動と、バンダジェフスキー博士招聘などでの尽力をお伝えし、皆さんのお気持ちを話すと、かなりびっくりされていらっしゃいました。

我が子がそうした多くの人々に尽力し、感謝されていることをはじめて知ったということです(彼はそういうことを身内に話さない美学があったようです)。

僕は彼の部屋に久しぶりに入ったのですが、大きな変化はなく、やはり仕事のみで動いていたことがよく分かりました。

長い時間、お話しましたが、そうしたことも踏まえて、メールマガジンでいろんなことは書いておきたいと思っています。

原発事故から5年間が経過して、ある意味で彼の死が象徴的な出来事に僕には思えるからです。

お話をしたきのう、3月8日は、岡本さんの誕生日でした。

改めて、ご冥福をお祈りしたいと思います。

なお葬儀日程は、松山で、3/19か20のどちらかの開催となると思います。

詳細は確定次第に、このブログ・メールマガジン・Facebookなどで確実にお伝えいたします。

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原発事故から、まる5年が経過した日に、東京の自由が丘駅近くで、僕と貴女の立ち位置を確認したいと思います。

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3/11(金)夜 

【「原発事故後、5年が経過して確認すること」木下黄太講演会IN世田谷】

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18:30 受付開始

19:00 開演〜21:00頃

奥沢区民センター第一会議室 定員100名

(世田谷区奥沢3-47-8(自由が丘駅南口徒歩9分、東急目黒線奥沢駅すぐ。 ))

詳細&予約⇒ http://kokucheese.com/event/index/377150/

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3/26(土)夜

【「原発事故後、5年が経過して確認すること」木下黄太講演会IN沖縄】

18時受付開始。 18時15分~20時半

場所 牧志駅前ほしぞら公民館  会議室(定員50名)

    沖縄県那覇市安里2丁目1番地1号  モノレール牧志駅よりすぐ

申込&詳細⇒http://kokucheese.com/event/index/377656/

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シャラポワのドーピング疑惑が取りざたされています。

ドーピングは、その成分が問題となるケースが生じているのは間違いありません。

しかし、いろんな薬の服用といたちごっことなる可能性もあり、故意性はケース・バイ・ケースで難しいと思います。

そうした中で、今回指摘されたのは、メルドニウムという成分のドーピング。

ラトビアのグリンデックス社のミルドロネートという薬がメルドニウムを含んでいます。これは、心臓機能強化剤です。

旧ソ連圏ではよく使われていた薬です。

心臓に何かがある人はこの薬を使います。しかし健常者には、何らかの促進作用があります。

そして、今年から、この薬はドーピングの対象となっています。

彼女に、故意性もあった可能性は当然否定できません。

しかし、もしもシャラポワに大きな故意性が無い場合には、心臓の薬品を摂取していたのは何故か?

そう、だれしも思います。

そこで、当たり前のように僕が思い出すことがあります。

彼女の両親は、放射能汚染地、ベラルーシのゴメリから移住した人々。

バンダジェフスキー博士が活躍し、その汚染による健康被害を浮き彫りにした、あのゴメリです。

両親の移住後、彼女は生まれた存在なのです。

2013年の僕のブログ記事を確認ください。

シャラポワの話も、さらに別のテニスプレイヤーの話も書いています。

10人も友人を喪った、キエフ出身の有名テニスプレーヤーの告白。バンダジェフスキー博士徳島講演受付開始。