俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

開門

2015-09-13 10:26:24 | Weblog
 諫早湾干拓事業に関する裁判が妙なことになっている。7日に福岡高裁は、開門を認めないという判決を下した。ところが同じ福岡高裁による、3年以内に5年間の開門を命じた判決が2010年に下されており、これが上告されなかったために確定判決になっている。既に「開門せよ」という確定判決がありながら「開門を認めない」という判決が下された。国はかつての確定判決に基づき、漁業者に毎月2億円強を支払続けている。
 こんな奇妙な状況を招いたのは2010年当時の総理大臣が上告をさせなかったからだ。市民運動家崩れの菅直人氏は野党時代から開門を訴えるパフォーマンスを繰り返していたという経緯もあり、周囲の反対を押し切って「私が決断した」と独裁ぶりを発揮して上告をさせなかった。水門を開ければ農業者の側に甚大な被害が出ると予想されるのだから、これは誤った判決だろう。多分、上告すれば国が勝ってしまう、つまり自分が支援していた漁業者側の敗訴になると考えたからこそ菅氏は上告させなかったのだろう。とんでもない政治家がいたものだ。狂った権力者とはここまでデタラメをするものなのだろうか。そしてこんな政治家を首相にしてしまったことは日本人として恥じるべきだ。福島第一原発事故での視察の強行と同様、周囲の反対を押し切って独断専行をした挙句、禍根を残した。こんなクズ政治家のせいで福島は酷いことになり、税金は毎月2億円強無駄遣いされている。本人は全く責任を感じていないようだが、良心があるなら少しでも個人負担をしたらどうだろうかと思う。
 実は私は当初、菅氏を少なからず評価していた。理系という学歴と市民運動家上がりという経歴からこれまでに無いユニークな活動をしてくれると期待した。あのルーピー鳩山氏の後釜だから、それよりはマシなことをするだろうと期待したのだが見事に裏切られた。ユニークではあったが歪んだユニークさだった。もし「国賊」という言葉があり得るなら正にその言葉に値する。彼ほど独断専行によって国を害した人はいない。その後の権力の座に縋り付こうとする醜い姿もあったために、私はすっかり民主党嫌いにさせられてしまった。
 諫早湾の干拓事業そのものには私は全く賛同できない。必要の無い事業だったと思っている。しかし事業の是非と訴訟は別の問題だ。既に入植者がいる以上、その人達の利害にも配慮せねばならない。「泥棒にも三分の道理」と言うように、どんな立場にもそれなりの正当性がある。市民運動家は敵対者を100%悪いと決め付ける悪い癖があるように思えてならない。自分は100%正しいと信じるから敵対者を悪魔のように考える。こんな幼稚な善悪二分法は改めるべきだろう。善悪二分法は対話を不可能にする。

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