今年は第一次世界大戦勃発から100周年であり、来年は第二次大戦後70年に当たる。戦争の当事者は殆んど生きていないのに我々はいつまで敗戦国の国民として生きねばならないのだろうか。
中国は事あるごとに日本による侵略を、韓国は植民地支配を非難し続ける。日本はその度に反省と謝罪を強いられる。しかしイギリスやスペインやポルトガルなどによる侵略・占領・植民地支配は日本によるものよりも遥かに過酷だった。多くの地域では当時の文明は勿論のこと、言語などの文化まで失われている。それにも拘わらず彼らは反省も謝罪もせずに逆に旧宗主国として振舞う。この違いは何なのだろうか。
日本軍による戦争犯罪があったことは事実だ。しかし少なくともアメリカによる原爆投下や東京大空襲のような悪意に満ちた無差別殺人は犯していない。
南京大虐殺を咎める進歩的文化人がなぜ原爆投下の非人道性を同時に訴えないのか理解に苦しむ。朝鮮人の強制徴用を咎める人はなぜソ連によるシベリア抑留を非難しないのだろうか。日本人による悪事と日本人に対する悪事は対等に評価すべきではないのだろうか。
歴史とは所詮、勝者が捏造するものに過ぎない。しかし勝者が捏造した歴史を全面的に認める必要などあるまい。大和朝廷によって討伐された蝦夷の首長アテルイを英雄と評価することも、ロマ(ジプシー)やユダヤ人あるいは中東のクルド人の立場から歴史を再評価することもできる。ムスリム(イスラム教徒)の立場で書かれた歴史書であれば十字軍は西洋史とは懸け離れた記述になるだろう。
アメリカに対して日米戦争史の見直しを迫ることは戦後秩序の否定になるから困難だろうが、国内ではもっと言論の自由があって然るべきだろう。捏造された東京裁判に基づいた歴史しか認めないという姿勢は早急に改めるべきだろう。
中国は事あるごとに日本による侵略を、韓国は植民地支配を非難し続ける。日本はその度に反省と謝罪を強いられる。しかしイギリスやスペインやポルトガルなどによる侵略・占領・植民地支配は日本によるものよりも遥かに過酷だった。多くの地域では当時の文明は勿論のこと、言語などの文化まで失われている。それにも拘わらず彼らは反省も謝罪もせずに逆に旧宗主国として振舞う。この違いは何なのだろうか。
日本軍による戦争犯罪があったことは事実だ。しかし少なくともアメリカによる原爆投下や東京大空襲のような悪意に満ちた無差別殺人は犯していない。
南京大虐殺を咎める進歩的文化人がなぜ原爆投下の非人道性を同時に訴えないのか理解に苦しむ。朝鮮人の強制徴用を咎める人はなぜソ連によるシベリア抑留を非難しないのだろうか。日本人による悪事と日本人に対する悪事は対等に評価すべきではないのだろうか。
歴史とは所詮、勝者が捏造するものに過ぎない。しかし勝者が捏造した歴史を全面的に認める必要などあるまい。大和朝廷によって討伐された蝦夷の首長アテルイを英雄と評価することも、ロマ(ジプシー)やユダヤ人あるいは中東のクルド人の立場から歴史を再評価することもできる。ムスリム(イスラム教徒)の立場で書かれた歴史書であれば十字軍は西洋史とは懸け離れた記述になるだろう。
アメリカに対して日米戦争史の見直しを迫ることは戦後秩序の否定になるから困難だろうが、国内ではもっと言論の自由があって然るべきだろう。捏造された東京裁判に基づいた歴史しか認めないという姿勢は早急に改めるべきだろう。