職場にファクシミリが導入された時、変な感じがした。ファックスしても原稿が手元に残ることに違和感を覚えた。それまでにゼロックス(乾式複写機)には馴染んでいたにも関わらず「送った」のに原稿が残っていることが不思議で仕方が無かった。情報だけを電送するほうが物質を電送するよりも易しいことは理解できるのだが腑に落ちなかった。これは決して私だけのことではない。こんな漫画があった。
新人OLがファックスを命じられた。しばらくして彼女の上司のところに送付先からクレームの電話が入った。「同じ文書が延々と送られている。」ファクシミリの所へ行くと新人OLがファックスし続けていた。彼女は言った。「何度送っても戻って来ちゃうんです。」
これが人間の感性なのだろう。送ったら手元には無くなる、譲ったら自分の物ではなくなる、そう感じるものだ。送ったにも関わらず手元に残っているから違和感を感じたのだ。
怒りも発散すれば解消する。これは決して八つ当たりの奨励ではない。私の場合、マスコミや政治に怒ったら文章にしてブログに載せる。そうすれば怒りは電送される。
もしかしたらラブレターにも同じような効能があるのかも知れない。精一杯思いを込めて手紙を書けば、その結果はどうであれ、満足感が得られる。これもカタルシスの一種だろうか。
新人OLがファックスを命じられた。しばらくして彼女の上司のところに送付先からクレームの電話が入った。「同じ文書が延々と送られている。」ファクシミリの所へ行くと新人OLがファックスし続けていた。彼女は言った。「何度送っても戻って来ちゃうんです。」
これが人間の感性なのだろう。送ったら手元には無くなる、譲ったら自分の物ではなくなる、そう感じるものだ。送ったにも関わらず手元に残っているから違和感を感じたのだ。
怒りも発散すれば解消する。これは決して八つ当たりの奨励ではない。私の場合、マスコミや政治に怒ったら文章にしてブログに載せる。そうすれば怒りは電送される。
もしかしたらラブレターにも同じような効能があるのかも知れない。精一杯思いを込めて手紙を書けば、その結果はどうであれ、満足感が得られる。これもカタルシスの一種だろうか。