俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

ホームレス

2008-12-30 15:23:42 | Weblog
 抽象的なホームレスは気の毒な人だ。収入が少ないために住居を持てない人であり同情の対象だ。
 しかし具体的なホームレスには近寄りたくない。汚いし臭い。もうこれ以上落ちることはないという開き直りもあって傍若無人だ。犯罪を犯して留置所に入れられても今より快適な環境になる。死刑にならない限り何をしても今より快適な生活が待っている。
 テレビで採り上げられるような上品なホームレスにはまだ会ったことが無い。私が実際に見掛けるホームレスは、彼らの「自由」を侵害しようとすると猛烈にわめいたり暴れたりする狂犬のような危険な存在だ。
 こんな変なギャップが生じるのはそもそも「ホームレス」と一括りにすることが誤りだからだろう。大きく分けて2種類ある。「働きたくても働けない人」と「働きたくないから働かない人」だ。前者は病気や失業のために働けない人でありこちらは支援や保護が必要だ。一方、後者は自分の意思で働かない人であって彼らを支援する必要は全く無い。
 昔から「乞食は3日やったらやめられない」と言われたが、以前より豊かになり飽食の時代を経た現在のホームレスの生活は意外と快適だ。図書館や駅やショッピングセンターなど雨風を凌げる場所は幾らでもある。スーパーやコンビニなどのまだ充分に食べられる廃棄食品を拾えば食うことにも困らない。好きな時に寝て好きな時に起きて、誰にも制約されない安穏な生活だ。「働きたくないから働かない」我が儘なホームレスを支援することは彼らを甘やかして彼らの「働かない生活」をより快適なものにすることにしかならない。

クロヨン

2008-12-30 15:10:40 | Weblog
 最近では余り言われないが「クロヨン」という言葉がある。サラリーマンは収入の9割が課税対象となるのに対して、自営業者は6割、農家では4割しか課税対象にならないという意味だ。「トーゴーサン」という言葉もあった。
 この言葉が使われなくなったのは是正されたからではなく諦められたからだろう。是正できないものは諦めるしかない。もしどうしても是正しようとして税務署員を増員すれば、是正による増収額を人件費の増加額が上回るということにもなりかねない。
 お役所の仕事は無駄が多い。健康保険の滞納者から徴収するために、徴収額とほぼ同額の人件費を使っているらしい。これでは健保財政は一向に改善されない。徴収に金を使うよりは放っておいて、滞納者の診療時における自己負担率を高くすれば済むことだ。
 カントは「無限や永遠に関しては人間理性は無力だ」と言った。ウィトゲンシュタインは「論理哲学論」を「語り得ぬことについては沈黙しなくてはならない」という言葉で結んだ。
 「消えた年金」のように今さら調べようもないことに湯水の如く金を注ぎ込むよりは、今後こんな犯罪行為が起こらぬような仕組みを作るために金を使ったほうが何百倍も有効だろう。

中央集権

2008-12-30 14:55:59 | Weblog
 昨日(12月29日)の東日本の新幹線は大混乱だった。東京にある中央管理システムの障害が原因らしい。
 情報や命令系統を一本化することは効率的だが、いざトラブルが発生すると全体が大混乱に陥る。もしJR東海やJR西日本が同じシステムに乗っていればこの混乱は本州全域まで広がっていただろう。
 中央集権は効率的なシステムだがそれが有効に機能するのは「中央」に優秀な人材が集中している場合に限定される。実際には「地方」にも人材は集まっているので、現場に近い「地方」のほうが実情を知っている分だけ的確な判断ができる筈だ。
 大戸川ダムなどはその好例だろう。実情をよく知らない国土交通省の役人が作った古いプランに対して地元の府県知事がこぞって反対してプランは棚上げにされた。
 一党独裁は中央集権の最たるもので舵取りを誤れば国を破綻させかねない危険な政治形態だ。
 アメリカでは州の権限が強く、連邦政府も安易には介入できないらしい。こういう中央と地方の分権がこれまでのアメリカの繁栄を支えていたのだろう。一方国際社会の大問題となったサブプライム制度は中央政府の怠慢が原因だ。
 日本でも最近は知事が注目されるようになった。地方が中央の出先機関ではなく、地元密着の良さを発揮できるようになれば、この国ももう少し住み易くなるのではないだろうか。

天球

2008-12-27 14:21:55 | Weblog
 天球は実は球形ではなくドーム型ではないかと思っている。つまり真上が最も近く地平線に近づくにつれて遠くなっている。
 このことを知人に話しても納得してもらえなかった。しかし実際に空を見てからやっと同意してくれた。多分「真っ赤な太陽」と同様、思い込みがあるために感じたとおりには意識されないのだろう。
 人間の感覚がこうなっているのなら、私の長年の疑問も氷解する。私はなぜ地平線近くの月が大きく見えるのか疑問に思っていた。
 脳は勝手に(意識せずに)知覚を補正する。同じ大きさに見えるものでも遠くにあるものは大きく、近くにあるものは小さく補正される。
 月の見た目の大きさが実際には同じでも、近く感じる上空にある時は小さく、遠く感じる地表近くにある時には大きいと脳が補正するから、地平線近くの月は大きく見えるのではないだろうか。

不況時の増税

2008-12-27 14:05:59 | Weblog
 不況時に増税を検討する馬鹿な国は日本政府だけだろう。英国では付加価値税が減税されているのに何を考えているのかと思う。
 企業からの法人税が減り、個人からの所得税が減れば国としての収入が足りなくなる。収入不足を補うためには増税が必要だという理屈は無茶苦茶だ。
 増税すれば国民の生活費は減少する。国民の生活を悪化させてでも国の財政を改善しようとするのはまるで時代劇の悪代官のようだ。
 国家というリヴァイアサンはその構成員である国民を犠牲にしてでも自己増殖を図ろうとする。本来、国民のためにあるべき国家が、国民の利益を蔑ろにして国の繁栄を図ろうとする。
 私はアナーキストではないが、こんな国家なら無いほうがマシだ。
 警察・消防・国防の3つを私は最低限必要な「官」だと考えている。しかしこの3者でさえ暴走すれば「悪」になる。太平洋戦争は国防が暴走して国を破綻に導いた。警察が暴走すれば警察国家になる。
 必ずしも必要とは思えない「官」は国民の利益を無視して自己増殖を図る。「官は無制限・無制約に肥大しようとする」と誰かが言ったが至言だろう。
 麻生首相が言うように100年に一度の経済危機なら100年に一度の経済対策が必要だろう。但しそれは増税ではなく減税だ。国民の生活を守ることが優先課題であり国が「焼け太り」するような政策を採るべきではない。

オードリー・ヘップバーン

2008-12-27 13:50:00 | Weblog
 書店で「スクリーン」の2月号(実質的に「新年号」)を見て驚いた。オードリー・ヘップバーンの特集が組まれていたからだ。80年前に生まれて既に亡くなった女優が新年号で特集記事になるのは今なお彼女が日本で最も愛されている外人女優だからだろう。また日本人の「女性美」を徹底的に歪めた張本人も彼女だろう。
 スリムな体、長い手足、小さな頭、英国貴族の末裔としての知的で高貴な顔立ち、現代日本人の美の理想は彼女に集約される。
 彼女と同時代にはエリザベス・テーラーやマリリン・モンローのような肉感的な美人女優もいた。しかし日本人は肉感的な美女よりもヘップバーンを愛した。これは日本人が昔から「出っ尻・鳩胸」を嫌っていたからでもあろう。「出っ尻・鳩胸」のグラマー女優よりも鉛筆のようなヘップバーンを美しいと感じるほうが従来の美意識の延長としては当然だろう。
 グラマラスな美女はそれまで淡白な和食に慣れ親しんだ日本人にいきなり血の匂いのするステーキを食べさせようとするようなもので、日本人には馴染めなかったのだろう。しかしその後、日本人にも「オッパイ大好き」の男が増えている。
 美はかなり主観的なものだ。今後、日本人の女性美観がどんな方向に向かうのかヤジ馬的な関心を持っている。

商品券

2008-12-23 14:16:01 | Weblog
 約70%の企業が法人税を納めていないらしい。理由は赤字だからだ。決算を赤字に粉飾するのは簡単だ。家族に給料を払ったことにして人件費を水増ししたり自家用品(自動車や土地なども含む)を法人用として申告するなど幾らでも手はある。
 最近こんな手法を知った。デパートで商品券を贈答品として買ったことにすればあとはやり放題だ。贈った筈の商品券を使って贈答品を買えば贈答額を2倍に水増しして計上できる。贈答した筈の商品券を自分で使えば完全に裏金になる。使い切れないほど多ければチケット店に売ればよい。
 贈答品以外に景品として架空計上する方法もある。不特定多数の顧客に対する景品として使った形にすれば宣伝費として計上できる。宣伝費で落とした商品券は裏金になる。
 大分県の教育委員会での汚職事件でも使われたように都市部ではデパートの商品券は非常に使い勝手が良い。こんな悪用され易い「商品」を放置しておいて良いのだろうか。何らかの法的規制があっても良かろう。
 ところで商品券の過剰包装は何とかならないものだろうか。封筒を開けると包装紙が現れる。その下には「のし」があり更にその下に紙箱がある。なぜこんな無駄だらけの4重放送が今なおなされているのだろうか。
 かつてデパートの食品ギフトの過剰包装が問題にされて見直された。なぜ商品券の過剰包装は問題にされないのだろうか。スーパーのレジ袋と違って、見栄えだけで実用性が全く無くゴミにしかならない紙箱など強制的に有料化しても良かろう。

ストロングセブン

2008-12-23 14:00:34 | Weblog
 最近、私はキリンビールのストロングセブンという第3のビールを愛飲している。理由は単純だ。アルコール量が約3割多いからだ。
 酒は酔うために飲む。値段が同じで味が大して違わなければアルコール度数が高いほうが得だ。ビール本来の製法ではアルコール度数7%の飲料は作れないから、ビールというカテゴリーから外れることによって生まれた新しいアルコール飲料とも言える。
 発泡酒や第3のビールはビールではないと考える人も少なくない。それはある意味では正しい。酒税法上では発泡酒や第3のビールはビールではない。しかしビールばかりを有難がる人には不信感を持つ。一体どれだけの人が実際に飲み比べて「ビール」を選んでいるのだろうか。発泡酒や第3のビールは偽物で昔ながらの製法で作られたものだけが「ビール」の名に値すると彼らは言う。
 しかし醸造技術は日進月歩で向上している。いつまでも古い醸造方法を後生大事に守っていても意味が無い。それはまるで10年前のパソコンを「これが本来のパソコンだ」と主張するようなものだ。
 多分50年前の製法で作られた梅干は塩辛すぎて現代人には歓迎されないだろう。塩分が多すぎるので健康にも悪い。こんな梅干を「本来の梅干だ」と言うとうな愚行を「本物のビール派」は犯しているのではないだろうか。

潜在意識

2008-12-23 13:48:59 | Weblog
 有名なこんな実験がある。
 催眠術を解く際に「催眠を解いたあとで私が口笛を吹けば窓を開けたくなる。」と言ってから催眠を解き、口笛を吹くと被験者の殆どが窓を開けるそうだ。
 実験者が「なぜ窓を開けたのか」と質問をすると被験者は「暑かったから」とか「空気が淀んでいたから」とかそれらしい理由を挙げる。これが後催眠暗示によるものだと教えても納得せず、実験中の録音を聞いて愕然とするそうだ。
 人間は決して理性的動物ではない。意識される領域よりも意識されない領域のほうが遥かに大きい。
 こんな実験もある。2つの顔写真を並べて「どちらの顔のほうが好ましいか」という実験では、被験者が気付かないほどのほんの少しだけ長い時間を見せられたほうを選ぶことが多いそうだ。
 人間がこんな不合理な性質を持つから、高いCM料を払ってでもつまらないCMを何度も流し続けたり、選挙では政策の説明よりも名前の連呼が選ばれたりするのだろう。

冬の喫煙所

2008-12-16 13:50:32 | Weblog
 ある大学病院でのことだ。その病院は全館禁煙なので喫煙所は屋外にしかない。喫煙所には一般の外来患者の他に、パジャマの上にガウンやブルゾンを羽織った入院患者もいた。
 当時はまだ11月でそれほど寒くはなかったが今後寒い1・2月に、暖かい病室から寒い屋外に出される入院患者の肉体的負担は小さくない。
 喫煙という行為は多分有害だろう。しかし真冬に入院患者に屋外での喫煙を強いるということは喫煙以上に有害だろう。
 喫煙者が肩身の狭い思いをしていることにつけ込んで、入院患者を屋外へ追い出す行為は行き過ぎではないだろうか。喫煙者に対する処遇には傲慢さが感じられる。まるでニンジンが嫌いな子供に無理やりニンジンを食べさせたり、アッラーの神を信じない者を許さないイスラム原理主義者のようなやり方だ。自分達が正しいのだから正しいことに従わない者は許さないという姿勢には現代の「魔女狩り」を感じざるを得ない。
 もし喫煙者の寿命が禁煙者の寿命より短いなら、それは喫煙そのものの有害性以上に、喫煙者に対する虐待のほうが大きいように思えてならない。