チョロンの漢方薬問屋(漢方の匂いがプンプンする)
(つづきの始まり)
QUAN94の支払いをすませ、再びバスに乗る。
バスが来るまで道路反対側の家並みを眺めた。
なんということはない景色だが、家々はフランス文化の影響を感じるつくりだ。
今度は行先を気にしてバスにのった。
バスのフロント上部に路線番号と行先が示されている。
(参考写真:こんな感じで行先が書いてある)
ベンタイン市場行きのバス、5000ドンである。
ベンタインというベトナム文字は何度もみているから、すぐわかった。
とりあえず、ホテル近くのベンタイン市場に戻り、ゆっくりしてからチョロンというチャイナタウンに行くつもりだった。
外をながめていたら、珍しく大きなスーパー Coop Mart があった。
旅通によれば文化を知るには生活に必要なものが全てあるスーパー見物がいいと言われている。
バラまき土産を買うにはもってこいの店だともいう。
そこで、急遽、バスを降りて見学に行ってみた。
まず衣料コーナーで品物を見る。
もちろん男物の衣料しかみてないが、やはり観光客向けのお店より3割以上安いように思えた。
ただ、御土産になるような衣料はない。
次に食材コーナーである。
なんだか、訳の分からない食材が沢山ある。
なにか、購入してホテルで食べてみようかと思った時だった。
後ろから、警備員に肩をたたかれた。
なにか言っているのだ。
怒鳴りはしないが、目にチョッと怒りが
後から考えると、ジェスチャーからして、どうも、写真は撮るな、という事?かもしれない。
だが、その時は「コイツ、なに言いたいんだ!」と警備員の顔を見入ってしまった。
警備員の表情からしての推察だが、「これ以上コイツに言っても、この外人野郎にはわからないだろう」という顔をしており、呆れ顔で去って行ってしまった。
いまだもって、その本当のところの真相は何なのかわからない。
尚、その時は気が付かなかったが、あとでネットで調べたら財布以外は無料ロッカーに預けなければいけないらしい。
万引きが多いのだろう。
だが、その時、俺は軽リュックを背負っていたから、それが原因だったかもしれない。
そういえば、入り口が関門みたいになってたような気がする。
何もしらないからスルーパスしてしまったけど。
とにかく、食材は豊富で、沢山ありすぎて、どれがいいか全くわからず。
各種缶ビール360ccはほとんど1万ドン前後だった。
50円ぐらいである。
結局、見疲れして何も買わずに出てきたのだった。
ビールをみたら喉がかわいてきたのでベトナムコーヒーを飲みにHighlands Coffeeというコーヒーチェーン店にいく。
チェーン店ながら美味しいコーヒーをだす店であるということは事前に知っていた。
先ほどのスーパー内に韓国資本のロッテリアがあったけど、ここまできてファーストフードのコーヒーは飲みたくなかった。
冷たいベトナムコーヒーである。
氷はインド同様に危ないから、食さないつもりだったが、ビールに氷はつきものだったし、気にしていたら食べたいものも食べられず、もうお腹壊すつもりで普通に食していた。
イザというときの日本語が通じる救急病院も事前に調べていたが、結局のところ、ベトナムの旅では氷でお腹を壊すようなことはなかった。
(後日談だが、日本に帰国したとき、あまりにも気温が低くてお腹が冷え、成田から自宅に帰る途中でトイレに駆け込んでいる。)
値段は3万ドンぐらいだったと思う。
ここから、またバスに乗るのだが、中華街のチョロン行きと思われるバス(6000ドン)があったので飛び乗った。
CHO LONという文字がバスの頭に書いてあったのだ。
もちろん文字には補助記号(~とかダッシュとか)がついているが、その辺を無視すればチョロンと読める。
乗ってすぐ車掌に「チョロン?OK?」と聞いたのだが、首を縦に振ったから間違いないと確信したのだった。
チョロン行きバスなのだから、終点まで黙って座っていれば当然着くのだが、多分、その時
俺はどうにかしていたのだろう、
中国風の家や漢字表記の看板などが見えてくるたびに車掌に
「チョロンはココか?」
を焦りまくって聞いたのだ。
車掌は笑って首を振っていたっけ。
となりに座っていた中年の女性が笑って俺に話しかけてきた。
多分「大丈夫だから、落ち着いて座っていなさい。終点がチョロンよ。」
と言っていたのだと思うけど、俺はチョロンまでは結構近いはずだと勘違いしていて、どこかで降りなければ通り過ごしてしまうとソワソワしていたのだった。
とんでもなく遠方に来てしまっているような感じがした。
よく考えれば、切符は今までの値段より高い6000ドンだったから、結構遠いはずなのに・・・。
チョロンバスターミナルと客待ちのバイクタクシーとプラカゴ&ビニールの問屋通り
チョロンのバスターミナルに着いて、
「そうだ!チョロンは終点なんだ!」
と気が付き、自分のアホさ加減に嫌気がさした。
車掌が笑うのも当たり前である。
嗚呼、恥ずかしい!
中年の女性にキャンディを渡してお礼を言って下車した後、俺は現在地を地図で確認する作業を行った。
(こういうキャンディを渡してました。)
そこへバイクタクシーの老齢なオジサンが寄ってきたから、良いタイミングだと思い地図をみせて再確認。
地図のあるポイントと地面を指さし、日本語で「ここはココか?」と聞いたのだった。
オジサンはうなずいた。
こんな原始的な方法でも言いたいことは通じて、うれしかった。
その時、オジサンは「バイクに乗らないか?」といったけど、日本語で手を振りながら「今来たばかりだよ。乗らないんだ。」というと、相手はベトナム語だから想像なんだけど「わかったよ、観光楽しめ!」と握手してあっさり引き下がり、バイバイと手を振るのだった。
バイクタクシーも悪い人ばかりではない。
いや、ほとんどのベトナム人は優しいのだ。
しかし、ベトナム語表記の市内地図だけは日本から持ってきて本当に良かった。
これがなければ、サイゴンの街を彷徨い歩かなければならないだろう。
とりあえず、1900年創建のチャータム教会(聖フランシスコ・ザビエル教会)へ
中に幼稚園があった。
クリームイエローの教会が薄青い空に映えていた。
中も清楚で美しいのだ。
とても静かで、オバサンがふたり教会の入り口で楽しそうにお喋りしていた。
だが、後日ネットで知ったことだが、単に清楚だけではなかった。
この教会の出口上部には超マニアックな謎の鳥の像が隠されていたのだ。
(写真はベトナム:ホーチミンとメコンデルタの旅より)
鳩ではないかと思われるが、よく教会内部を見れば良かった。
見損なったのは実に、実に悔やまれることだ。
こういうナニコレ珍百景は深く印象に残る。
ちなみにトリビアの泉で知った話だが、
鳩はベトナム語でいうとchim bo cau 『チンポコ』となり、人前で発音しにくい言葉になる。
また、「この鳩」は女性が言うと危険である。
『チンポコ ナイ』になる。
(トリビアの泉は面白かった。
復活して欲しい番組である→参考:もう一度見たい トリビアの泉)
チョロンはベトナム語で「大きな市場」という意味である。
チョロンは華僑の街だが、横浜中華街のように極彩色の派手な町ではなく、オシャレな店もない。
まさに騒々しくて活気にあふれたベトナムらしい生活の街で、通り沿いは、ほとんどがエネルギッシュな問屋街である。
布問屋(日暮里の生地問屋街みたいなもの)
仏具問屋
フランス風な建物
俺にとっては、こういう街が楽しくて仕方がない。
布屋の片隅の石段に腰かけて、ホテルから持参したバナナとミネラルウォーターで人々の喧騒をしばし見ていた。
動画もとったはずなのだが、なぜか映っておらずガッカリ
(チョロンで撮った動画が全てない???)
しかたないので他人のを借用します。
(つづく)
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QUAN94の支払いをすませ、再びバスに乗る。
バスが来るまで道路反対側の家並みを眺めた。
なんということはない景色だが、家々はフランス文化の影響を感じるつくりだ。
今度は行先を気にしてバスにのった。
バスのフロント上部に路線番号と行先が示されている。
(参考写真:こんな感じで行先が書いてある)
ベンタイン市場行きのバス、5000ドンである。
ベンタインというベトナム文字は何度もみているから、すぐわかった。
とりあえず、ホテル近くのベンタイン市場に戻り、ゆっくりしてからチョロンというチャイナタウンに行くつもりだった。
外をながめていたら、珍しく大きなスーパー Coop Mart があった。
旅通によれば文化を知るには生活に必要なものが全てあるスーパー見物がいいと言われている。
バラまき土産を買うにはもってこいの店だともいう。
そこで、急遽、バスを降りて見学に行ってみた。
まず衣料コーナーで品物を見る。
もちろん男物の衣料しかみてないが、やはり観光客向けのお店より3割以上安いように思えた。
ただ、御土産になるような衣料はない。
次に食材コーナーである。
なんだか、訳の分からない食材が沢山ある。
なにか、購入してホテルで食べてみようかと思った時だった。
後ろから、警備員に肩をたたかれた。
なにか言っているのだ。
怒鳴りはしないが、目にチョッと怒りが
後から考えると、ジェスチャーからして、どうも、写真は撮るな、という事?かもしれない。
だが、その時は「コイツ、なに言いたいんだ!」と警備員の顔を見入ってしまった。
警備員の表情からしての推察だが、「これ以上コイツに言っても、この外人野郎にはわからないだろう」という顔をしており、呆れ顔で去って行ってしまった。
いまだもって、その本当のところの真相は何なのかわからない。
尚、その時は気が付かなかったが、あとでネットで調べたら財布以外は無料ロッカーに預けなければいけないらしい。
万引きが多いのだろう。
だが、その時、俺は軽リュックを背負っていたから、それが原因だったかもしれない。
そういえば、入り口が関門みたいになってたような気がする。
何もしらないからスルーパスしてしまったけど。
とにかく、食材は豊富で、沢山ありすぎて、どれがいいか全くわからず。
各種缶ビール360ccはほとんど1万ドン前後だった。
50円ぐらいである。
結局、見疲れして何も買わずに出てきたのだった。
ビールをみたら喉がかわいてきたのでベトナムコーヒーを飲みにHighlands Coffeeというコーヒーチェーン店にいく。
チェーン店ながら美味しいコーヒーをだす店であるということは事前に知っていた。
先ほどのスーパー内に韓国資本のロッテリアがあったけど、ここまできてファーストフードのコーヒーは飲みたくなかった。
冷たいベトナムコーヒーである。
氷はインド同様に危ないから、食さないつもりだったが、ビールに氷はつきものだったし、気にしていたら食べたいものも食べられず、もうお腹壊すつもりで普通に食していた。
イザというときの日本語が通じる救急病院も事前に調べていたが、結局のところ、ベトナムの旅では氷でお腹を壊すようなことはなかった。
(後日談だが、日本に帰国したとき、あまりにも気温が低くてお腹が冷え、成田から自宅に帰る途中でトイレに駆け込んでいる。)
値段は3万ドンぐらいだったと思う。
ここから、またバスに乗るのだが、中華街のチョロン行きと思われるバス(6000ドン)があったので飛び乗った。
CHO LONという文字がバスの頭に書いてあったのだ。
もちろん文字には補助記号(~とかダッシュとか)がついているが、その辺を無視すればチョロンと読める。
乗ってすぐ車掌に「チョロン?OK?」と聞いたのだが、首を縦に振ったから間違いないと確信したのだった。
チョロン行きバスなのだから、終点まで黙って座っていれば当然着くのだが、多分、その時
俺はどうにかしていたのだろう、
中国風の家や漢字表記の看板などが見えてくるたびに車掌に
「チョロンはココか?」
を焦りまくって聞いたのだ。
車掌は笑って首を振っていたっけ。
となりに座っていた中年の女性が笑って俺に話しかけてきた。
多分「大丈夫だから、落ち着いて座っていなさい。終点がチョロンよ。」
と言っていたのだと思うけど、俺はチョロンまでは結構近いはずだと勘違いしていて、どこかで降りなければ通り過ごしてしまうとソワソワしていたのだった。
とんでもなく遠方に来てしまっているような感じがした。
よく考えれば、切符は今までの値段より高い6000ドンだったから、結構遠いはずなのに・・・。
チョロンバスターミナルと客待ちのバイクタクシーとプラカゴ&ビニールの問屋通り
チョロンのバスターミナルに着いて、
「そうだ!チョロンは終点なんだ!」
と気が付き、自分のアホさ加減に嫌気がさした。
車掌が笑うのも当たり前である。
嗚呼、恥ずかしい!
中年の女性にキャンディを渡してお礼を言って下車した後、俺は現在地を地図で確認する作業を行った。
(こういうキャンディを渡してました。)
そこへバイクタクシーの老齢なオジサンが寄ってきたから、良いタイミングだと思い地図をみせて再確認。
地図のあるポイントと地面を指さし、日本語で「ここはココか?」と聞いたのだった。
オジサンはうなずいた。
こんな原始的な方法でも言いたいことは通じて、うれしかった。
その時、オジサンは「バイクに乗らないか?」といったけど、日本語で手を振りながら「今来たばかりだよ。乗らないんだ。」というと、相手はベトナム語だから想像なんだけど「わかったよ、観光楽しめ!」と握手してあっさり引き下がり、バイバイと手を振るのだった。
バイクタクシーも悪い人ばかりではない。
いや、ほとんどのベトナム人は優しいのだ。
しかし、ベトナム語表記の市内地図だけは日本から持ってきて本当に良かった。
これがなければ、サイゴンの街を彷徨い歩かなければならないだろう。
とりあえず、1900年創建のチャータム教会(聖フランシスコ・ザビエル教会)へ
中に幼稚園があった。
クリームイエローの教会が薄青い空に映えていた。
中も清楚で美しいのだ。
とても静かで、オバサンがふたり教会の入り口で楽しそうにお喋りしていた。
だが、後日ネットで知ったことだが、単に清楚だけではなかった。
この教会の出口上部には超マニアックな謎の鳥の像が隠されていたのだ。
(写真はベトナム:ホーチミンとメコンデルタの旅より)
鳩ではないかと思われるが、よく教会内部を見れば良かった。
見損なったのは実に、実に悔やまれることだ。
こういうナニコレ珍百景は深く印象に残る。
ちなみにトリビアの泉で知った話だが、
鳩はベトナム語でいうとchim bo cau 『チンポコ』となり、人前で発音しにくい言葉になる。
また、「この鳩」は女性が言うと危険である。
『チンポコ ナイ』になる。
(トリビアの泉は面白かった。
復活して欲しい番組である→参考:もう一度見たい トリビアの泉)
チョロンはベトナム語で「大きな市場」という意味である。
チョロンは華僑の街だが、横浜中華街のように極彩色の派手な町ではなく、オシャレな店もない。
まさに騒々しくて活気にあふれたベトナムらしい生活の街で、通り沿いは、ほとんどがエネルギッシュな問屋街である。
布問屋(日暮里の生地問屋街みたいなもの)
仏具問屋
フランス風な建物
俺にとっては、こういう街が楽しくて仕方がない。
布屋の片隅の石段に腰かけて、ホテルから持参したバナナとミネラルウォーターで人々の喧騒をしばし見ていた。
動画もとったはずなのだが、なぜか映っておらずガッカリ
(チョロンで撮った動画が全てない???)
しかたないので他人のを借用します。
(つづく)
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