今からレース車に乗るところです
とても暑い日の日曜日、旧日光街道ラン行ってまいりました。
今回は、古河宿から小山宿まで。
単調になりそうな街道ランを変化を与えるべく道草を食みながらジョグしてきました。
ガラガラに空いた湘南新宿ラインで古河駅まで行きました。
飲料水などを購入し、古河駅のスタートは9時過ぎころだったかと思います。
古河金毘羅宮(1814年)
この宮の持 . . . 本文を読む
古河駅そばの銭湯
(探してみたけどこれ以外に駅近辺にはなかった。)
真っすぐな街道
こういう街道は疲れますね。
古河の中心部に近づくにつれて街道沿いには大きな会社や工場が見えるようになりました。
途中の竹林で一休み
水分と栄養ゼリーを摂取しました。
古河第二高等学校の校庭内にある一里塚
ボールなどが道路に飛び出さないように設置した網越しに撮った写真です。
校庭 . . . 本文を読む
炮烙地蔵あたりからすでに栗橋宿のようでした。
そういえば、栗橋宿と言えば怪談牡丹灯籠に栗橋がでてきましたね。
【落語】「牡丹灯籠より栗橋宿」 桂歌丸さん
(結局、牡丹灯籠に関するものは見つかりませんでした。)
立派な古民家がありました。
築地塀がありました。
栗橋宿で飲料水を買うつもりでした。
ウーロン茶を頭からかぶってしまったので、飲み水はスッカラカン . . . 本文を読む
権現堂堤まで来ました。
桜の名所です。
この辺?だと思うのですが、祖母の実家(本家というやつですね)というのがありました。
一度だけ祖母と行ったことがあります。
多分、まだ小学生にあがってない頃かと思うのですが、大きな敷地で塀が延々続いていてなんだか、屋敷森が鬱蒼としていて、薄暗くて陰気な感じで、敷地の中にいくつも家があったような記憶です。
母が言ってた記憶では、昔は酒造家だったみたいです。 . . . 本文を読む
写真は街道沿いの哀愁をおびた廃屋(酒屋)
この川と橋、二股交差点に見覚えがありました。
祖母の家に行くとき通りました。
神明神社ですが、螺不動(たにしふどう)と書かれた石碑が鳥居の脇にありました。
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説明板には、
神明神社は、宝暦五年(1755)伊勢皇大神宮の分霊を祀った神社です。
境内には、成田・菅谷不動尊があり、菅谷不動尊は「たにし不動」とも言われています。
眼病 . . . 本文を読む
祝日の山の日に旧日光街道走ってきました。
東武動物公園駅から前回終了した地点まで準備運動を兼ねて歩きました。
天気は晴朗なれど温度湿度高し!
というか、クソ暑いッ!
8時45分 旅ランゆったりと開始、
杉戸宿にはまだ古い家屋が残ってました。
明治時代の建築、渡辺金物店跡
木村米店
小島定右衛門邸(角穀跡)
宿場町にはよくある枡形と言われる場所に建っていました。
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粕壁宿も古い家が多少残っていました。
粕壁は元々の地名は春日部だったようです。
---------ウィキペディアより抜粋
粕壁宿
背景
南北朝時代(14世紀)、新田義貞の家臣春日部氏が当地を領地としたことから「春日部」の地名が生まれたとされる。「かすかべ」の表記は何度か変更されており、粕壁は江戸・元禄期から記されている地名である。
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そうだったんですね。
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歌川広重『富士三十六景 武蔵越かや在』
江戸・日本橋から数えて3番目の日光街道および奥州街道の宿場町、越谷宿は他にも古い家がありました。
「鍛冶忠」という雑貨屋
この辺りは、古い町並みが残ってます。
このコインパーキングの向こうが「はかり屋」
築120年、大きな古民家であった旧大野邸 秤屋(はかりや)を再生した複合施設「はかり屋」
今年、4月にオーブンした . . . 本文を読む
写真は新田の前回終了地点(土砂降りの雨で出るのを躊躇いました。)
迷走台風12号が過ぎ去ろうとする不安定な天気を無理押しして、旧日光街道走ってきました。
新田を走り始めたのは9時。
土砂降りの雨でした。
空は雨雲がかなりの速さで移動しています。
ただ、天気予報を見ていたので、徐々に回復傾向にあるのはわかっていました。
それにしても、かなりの雨量で新田駅から前 . . . 本文を読む