この辺りは諏訪湖のそば、長野県諏訪市湯の脇辺りになります。
甲州街道の右手は高台になっており、ところどころに湧水の流れる水場が見られます。
その高台に登る超急な階段
高台に住んでいる人は足腰がシッカリしているでしょうね。
階段の上部ですっころんだら、まず命はないものと思います。
諏訪大社の摂社である 兒玉石神社で大きな石「諏訪の七石」が祀られています。
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桑原城(水晶城)跡のある長野県諏訪市四賀あたりを
ジョグしていると右手に幅が狭く急な階段のある神社発見
珍しい社名の長足神社ですが、急な階段を見ただけで参拝する気が失せます。
甲州街道沿いにあり、この近く旧下桑原村に手長神社もあります。
祭神は夫婦神で、妻の手摩乳命(てなづちのみこと)と夫の足摩乳命(あしなづちのみこと)なんですね。
この諏訪には宮大工の名跡、立川 和四 . . . 本文を読む
2020年3月25日の続きです。
諏訪大社が近くになりました。
街道から引っ込んだところに三層の土蔵?発見
これだけ立派な建造物なのに、
観光案内板みたいなものはありません。
坂室(茅野市)というバス停に水場がありました。
飲料水に適しているかは不明ですが、
水は綺麗そうなので、手ですくって飲んでみました。
喉が渇いていることもあり、旨く感じます。
坂室という地名は近く . . . 本文を読む
太陽光パネルの大規模発電所(メガソーラー)
山佐富士見 1 号発電所
スキー場がみえました。
リフトが動いているようでした。
道祖神群(走ってきた方向、→が逆です。)
明治天皇がこの水でお茶を飲んだみたいです。
富士見町原ノ茶屋というところに大きな公園があり、
野菊の墓で有名な伊藤左千夫にちなんだ公園がありました。
山口百恵!野菊の墓!歌詞付き!
「政夫さん……私野菊の様だ . . . 本文を読む
昨年の3月に走った旧甲州街道の記録ですが、
新型コロナ騒動などで生活のリズム(体調も含め)が崩れて、
何もせず遅れ遅れになってしまい、
この2021年2月の時点で、
その時(2020年3月)に撮った写真を見ても
あまり街道ランのことを思い出せません。
また、言い訳がましいですが
正直なところ旧甲州街道の下諏訪に近いところは
綺麗に観光地化されていて
自分にとって強烈な印象として残るところが少な . . . 本文を読む
(すみません!
一部youtubeが公開設定になっていませんでした。
本日10/10訂正いたしました。)
旧甲州街道、台が原宿にて
そこで、お茶壺道中を調べてみました。
---------ウィキペディアより
宇治採茶使(うじさいちゃし)
宇治採茶使は、京都府宇治市の名産品である宇治茶を徳川将軍家に献上するための茶壷を運ぶ行列のこと。俗に御茶壷道中という。宇治では茶を栽 . . . 本文を読む
(すみません!
一部youtubeが公開設定になっていませんでした。
本日10/10訂正いたしました。)
大武川橋を渡ったら、また道を間違えました!
南アルプスの美しさに見とれていて、橋渡ったらすぐ左折なのですが、そのまま直進。
上三吹交差点まで国道20号線を行ってしまいましたが、戻って忠実に旧道を辿るのはやめました。
誰でも人生道外すことあるし、悔いても仕方な . . . 本文を読む
さてさて、道を間違えた後の続きです。
旧甲州街道ワラーチラン
山梨県韮崎市円野町上円井のあたりは長閑なところ
上円井交差点で国道20号線に出会って、横切り細い旧道を走りました。
そのとても細い道を行くと前面に甲斐駒ヶ岳が、・・・。
嗚呼!!、雄大なるかな甲斐駒ヶ岳
山容に見とれて道の確認をせず、ドンドンと細くなる畑の中の道を進んでしまいました。
この雄大さです。
みとれてしま . . . 本文を読む
早朝の甲府市(まだ薄暗いうちから出発です)
この日は3月7日(土)です。
ホテルを早朝に出発しました。
この時点で天気は曇り空で、かなり寒かったと記憶しています。
ユニクロの羽毛ジャケットを着ないと寒くて走れません。
電車に乗り、韮崎駅へ
駅前にコンビニなどはないです。
ですから、前日にオニギリなどは買っておきました。
今日の目的地は甲州街道の江戸から数えて四十 . . . 本文を読む
アホちゃいまんねん パーでんねん!(韮崎の雲岸寺門前にて)
八ヶ岳連峰に向かって走る
二十三夜塔
二十三夜は下弦の半月が見える夜で、その時の夜中に民間信仰、月待講がおこなわれていました。
月待講は、十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜というふうに色々あるのですが、街道を走っていると二十三夜塔を一番よく見 . . . 本文を読む
写真は船形神社の石鳥居からみた武田菱に見える甲斐駒ヶ岳
釜無川沿いで甲州街道沿いの小さな集落、下今井という地域に入ると、雰囲気が変わりました。
海鼠壁の土蔵などが続くのです。
この壁は漆喰壁の耐水性をさらに強化するものであり、伊豆地方に多く見られるのですが、この辺りはエぢ時代に釜無川(富士川)の水運が整備され、それを利用して太平洋沿岸地域(伊豆方面)からの往来が盛んにあっ . . . 本文を読む