お楽しみはこれからだ❣️

本と映画とテレビと鉄道をこよなく愛するブログ

ニュースの常套句

2005年02月01日 | テレビ
「ニュース」の常套句で、たとえば、「花見」のニュースだと、中継の最後に「上野公園を訪れた皆さんも満開の桜を満喫されていました」とか、「政治」だと「今後のアメリカとイラクの動向が注目されます」とか。前者で言えば、上野公園に行った人がみんな桜を楽しんだはずはなく、犬のウンチを踏んで悲しい想いになった人もいるはずなのに、ひと括りにするな、と叫びたい。後者は単なる記者の勉強不足でしょう。「動向が注目されているから」ニュースになった訳で、「注目」の主語は誰?と思ってしまいます。少なくとも新橋で酔っ払っているサラリーマンの多くは、そんな「動向に注目していない」と思うし。ニュースを「主観」にして、「著名リポート」にした方が分かりやすいのではないでしょうか。「上野の桜も満開で、酒宴も盛り上がっていましたが、毎年、ゴミを置いて帰る人が多いのは困ったもんですねえ」とか。どうしても、日本のマスコミは、「結論」が先にあって、そこから逆戻りして、取材しているような気がちょっとしました。僕は報道で働いた事が無いので、僕の外から見た感想だと思って下さい。
「今日から、札幌の雪祭りが始まりました。今年は例年に比べ、かなり寒い事もあり、人出が心配されましたが、札幌の大通りに並ぶ氷の彫刻がきらびやかにライトアップされ、大勢の観光客がその神秘的な美しさに魅了され、足を止めていました」というリポートがあり、それに「きれいやなあ」とか「来て良かった」とかのコメントをつければ、「雪祭りはいい」という「肯定的な側面」のニュースができませんか。これだったら、東京でも原稿がかけるように思うのですが。
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初詣の参拝客の数

2005年02月01日 | エッセイ・日記・意見
初詣の参拝の人数は誰が一体どのような方法で数えているのでしょう。一位はいつも、「明治神宮」です。昔の「紅白歌合戦」の勝敗を決める為に、「日本野鳥の会」の人達が出てきて、赤と白の団扇の数を双眼鏡で見て、カウンターを押して数えていましたが、あれはNHKホールに座っているお客さん。初詣の参拝客は絶えず、動いていて、出入りもあり、さすがの「日本野鳥の会」の人達でも数えるのは無理だと思います。「まあ、今年はこんなところか・・・」なんて、勝手に発表しているはずはないし。不思議です。
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映画の「エンドロール」

2005年02月01日 | 映画・DVD・ビデオ
日本の映画館では、エンドロールが出だすと、立ち上がって、映画館を出て行く人達が必ずいます。「パッチギ」はいなかったけれど。エンドロールが流れた後、NGシーンの特集があったりもするし、いい映画だったら、その映画に「静かに浸りたい」のに、気が散るこの行動、止めて欲しいです。映画はまず、CMを見て、他の映画の予告編を見て、スクリーンの横の幕が拡がり、本編が始まる。そして、エンドロール。次第に映画館が明るくなり、人々はザワザワと帰途につくのです。終わって、静かな時の方が「いい映画」なようです。誰かに、自分の「感動」をしゃべったら、その「感動」がしぼみそうな、そんな気がするのです。特にいい映画を観た時は、一人でふらっと飲みに行きたくなります。マスター一人しかいない店(お客が少ないという意味ではありません)で、ウィスキーの水割りを飲んでマスターと話をしながら、今観た映画を反芻しているのです。そんな映画に出会えるのは、本当に一年に一本くらいのものです。
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「BE動詞」と手塚治虫

2005年02月01日 | エッセイ・日記・意見
英語には「BE動詞」というのがあります。これは、芸人・マルセ太郎さんが生前おっしゃっていた事なのですが、この「BE動詞」が重要なのです。「I am」「You are」「He is」と英語では言います。この「am」「are」「is」は、その人の「存在証明」なのです。あなた以外に「あなたと同じ人はいない」ということを言っているのです。日本語は、会話の時、主語を省略する事も多く、英語でいう「BE動詞」というものが明確には存在しません。マルセさんは、この「BE動詞」が大切だと言っていたのです。
亡くなられる数年前、マルセさんは、故郷である「韓国」に初めて帰りました。その時、マルセさんのおばあちゃんが「息子の『顔』が帰ってきた」と泣きながら言ったそうです。僕はマルセさんのメーリングリストに入っていて、ドラマの仕事の帰り、深夜のタクシーの中で、メールを受信したら、49件も入っていて、検査入院しているマルセさんに異変があった、から始まって、「危篤」、そして「逝去」という事実を流れで知って、走るタクシーの中でショックを受けた事を思い出します。
手塚治虫が亡くなった時は上司のチーフ・プロデューサーが本社のパーラーまで僕を探しにきて、その事実を知りました。三日間くらい、仕事が手につきませんでした。僕のディレクターデビューが「手塚治虫さんに関する番組」だったからです。スタッフがこんなことをしてはいけませんが、一生に一回と思い、番組の生放送が終わったあと、メイク室で手塚治虫さんにサインを貰いました。僕の好きな「三つ目が通る!」の「和登さん」を色紙に描いて貰い、プロデューサーがこの番組で僕がディレクターデビューした事を手塚さんに告げると、台本の裏表紙に「火の鳥」を描いて下さいました。今、その二つのサインは僕の机の前と横の壁に「家宝」として飾ってあります。
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「沖縄人」は、パワフルだ!

2005年02月01日 | エッセイ・日記・意見
「沖縄の人」は、昔の日本人の「顔」と「生きようとする力」を持っている様に思う。プロゴルファーの宮里藍さん、女優の仲間由紀恵さん、しかりである。「ごくせん」が高視聴率を取っている。27%とは、今のドラマ界では連続ドラマとしては考えられない。あのドラマの構造は「水戸黄門」と同じである。コミカルな役をやったら、抜群に巧い仲間由紀恵さんと「ドラマの構造」がちゃんと一致している。だから、多くの人が見たいと思うのだろう。
4月にフジテレビ「月9」で木村拓哉と上野樹里(映画「スウィング・ガールズ」の主演)の連続ドラマが始まるという情報を聞いて、僕はこれを楽しみにしている。上野樹里が好きなのだ。ただ、映画では、魅力的でも、テレビに出ると魅力的に見えない俳優もいる。その逆も。映画という真っ暗な画面で集中してみている観客と、いろんなことをしながら、「ながら視聴」をしている視聴者では見方も違う。スクリーンとテレビ画面では大きさも違う。だから、俳優も媒体によって、「存在感」が違ってくるのかもしれない。
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「タイムキーパー」とは?

2005年02月01日 | テレビ
「タイム・キーパー」は、僕も入社当時二年くらい生放送でやりましたが、「生放送」と「収録番組」では違います。「生放送」でいうと、「放送上の画と音」がどこから出ているかの表を作ります。例えば、VTRに画面がなった場合、すでにナレーションが入っていれば、「画も音もVTR」、スタジオで生で説明するなら、「画はVTR、音はスタジオ」という風に書く表です。これを「Qシート」と呼びます。まずはこの表をスタッフに配って、リハーサルに入ります。リハーサルでVTRの長さ、どのコーナーの話が盛り上がりそうか、自分なりに考え、リハーサル終了後、自分なりの「時間割の表」を作って本場です。本番中は、VTRが後何分何秒かの時間をスタッフにカウントし、スタジオに戻ったら、CMまでの時間をカウントします。VTRは僕の時代でも四台有り、このスタートボタンを押すのもタイムキーパーの仕事です。今は「スタート」して「SHOW(放送に出る)」まで、一秒なので楽なのですが、当時はVTRもそこまで進歩していなくて、「スタート後、三秒してSHOW」になるので、司会者のVTRへのフリが始まったら、VTRスタートボタンを押していました。「では、VTRを御覧下さい。」の「。」でVTRに乗れたら、優秀なタイムキーパーと呼ばれていました。このVTRの作業が四台分あります。そして、一番緊張するのが「APS」といって、放送しているネット局にCMに入る事を放送している系列テレビ局に送る信号を出すボタンがあって、この「APS」を押すと、5秒後には放送しているテレビ局全局が一斉にCMに入るのです。この自動信号ができるまでは、各局画面を見ながら、それぞれの局でCM入りのボタンを押していたのです。その名残りがたとえば、「ザ・ベストテン」のCMに入る前に画面の右下に「ザ・ベストテン」というスーパーです。「11PM」のカバーガールがCMの前に出てきていたのも、CMに入る合図でした。
本題から外れましたが、タイムキーパーは、ディレクター以上に、番組の時間的構成を把握しておく事、これが一番大切です。音楽番組(生演奏)の場合は、「音あわせ」というリハーサルで、「曲」の時間を計り、長い場合が多いので、「間奏を二小節、切って下さい」などと、指揮者に言いに言ったりします。カラオケは「曲の長さ」が変わらないのですが、生演奏の場合は、事前に長さを調整しても微妙に「曲の長さ」が変わってきます。やはり、最後のグランプリ歌手が歌い終わった瞬間にエンドロール(スタッフの名前が書いてあるテロップ)が流れ、花吹雪の中で、番組を終わらせた時の快感はもしかしたら、ディレクター以上かもしれません。エンドロールの出るタイミングを技術さんに伝えるのもタイムキーパーの仕事です。
中継が入ってくる生番組もあります。それも、スタジオに「秒読み」する「インカム」という設備とは別のマイクがタイムキーパーの周りにあって、「中継までの時間」「中継終了でスタジオ戻りまでの時間」を「秒読み」します。
「収録番組」のタイムキーパーは、かなり仕事が違います。本番が始まる前に、収録VTRを廻す合図を送り、廻った事を確認してから、スタジオに秒読みします。後は、「編集用」に番組の収録内容とそのタイムを書いていきます。収録番組でも長いものは、途中でVTRをかけ替えなくてはならないので、テープの残量にも気を配ります。最近の収録番組はディレクターの指示する画以外にも「裏スイッチング」といって、もう一つのVTRに違う画を録画する事ができます。編集の時、必要な画を「裏スイッチング」するのもタイムキーパーの役目でしょう。
ドラマの場合は、タイムキーパーの事を「記録」と呼びます。ドラマは最初のシーンから撮っていくのではなく、バラバラに撮りますから、「記録」という仕事が必要なのでしょう。まず、台本を貰ったら、記録さんは、自分で「監督のつける芝居の長さ」も考えて、「時間出し」をします。その段階で大幅にオーバーしているようなら、監督・プロデューサー・脚本家と相談して、台本の「シーンカット」をどのシーンにするか、検討して貰います。短い場合は、逆に監督・プロデューサーと相談して、脚本家に「新しいシーン」を新たに書いてもらいます。この作業は撮影に入っても、続きます。撮影中は、どのVTRに第何話のどのシーンのどのカットを撮っているか、「記録のシート」に書き込んでいきます。なおかつ、「繋がり」と呼ばれる事にも注意を払います。それは何かというと、「衣裳」「小道具(くつや時計や装飾品)」が前後のシーンとつじつまがあっているかどうかを自分の台本に絵を描いて記録します。極端な事をいえば、喫茶店のシーンで、カット1で主人公がコーヒーカップを左手で持っていたのに、カット2を撮る時、俳優さんが間違えて、右手で持っていたとしたら、すぐ俳優さんに修正をお願いに行きます。これはもっと細かくなると、「手の上げ下げ」などの「つながり」なども記録さんは見ています。あとは、監督のお世話。コーヒーを入れてあげたり、編集時にどうするか話をしたり。つまり、監督の奥さん役なのですね。
撮影が終わったら、「オフライン編集」と呼ばれる、記録さんのみでする編集が待ち受けています。一時間ドラマで撮影に5日くらい、このオフライン編集に二日、本編集に一日、MAといって、音楽やナレーション、効果音(鳥の鳴き声や電車の音)を入れる作業が一日といったところでしょうか。記録さんがかかわるのは本編集までです。オフライン編集で、大体の編集が終わったところで、監督登場。直しに入ります。このシーンのこのカットが見たいといえば、すぐ編集マンに、どの収録テープにはいっているか
指示して、テープをかけてもらいます。彼女達の仕事は徹夜続きです。詳細は黒澤明監督の記録さんの野上照代さんが書かれた「天気待ち」(文庫になっています)を読まれると分かります。
今、オフラインは「AVID」というシステムを使ってリニア編集しているので、この「ワード」と一緒で、シーンのつなぎ換えとか、放送時間に合わせる作業はすぐできます。ハリウッド映画でも、今、フィルムで撮って、ビデオにして、「AVID」編集をやっている映画は増えてきています。映画のエンドロールにも「AVID」という文字が出ています。
本編集は、基本的にオフライン編集で出来上がった「編集データ」を編集機に入れると後は自動的にVTRを繫ぎ合わせてくれます。繫ぎ上がったドラマをここで微調整する監督もいますし、後は記録さんに任せて、「スーパー入れ」の作業をする監督もいます。物凄い長い説明になってしまいましたが、「しんどいけれど、働き甲斐はある」仕事です。こんな説明で良いですか。
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「女」は面白い!

2005年02月01日 | エッセイ・日記・意見
「嬉しい」と、文章を書いていたら「、嬉」は「女偏」なんですね。「女性が喜ぶ」と「嬉しい」という意味になるのかなぁ~と考えてしまいました。「女」に「家」で「嫁」ですし、「女」に「古い」で「姑」、「女」に「子」で「好き」、「女」に「生」で「姓」、「女」三つで、「強姦」の「姦」、「女」に「男」で「娚」・・・「小声でひそひそ話し合う声」或いは「悩む」という
意味だそうです。「女」に「良」で「娘」、「嫐」という漢字もありました。「戯れもて遊ぶ」という意味で、「嬲」(なぶる)の少しやわらかい意味だそうです。漢字は「中国」で、できたと僕は僕は思っています。「中国」は漢字をかなり「簡略化」していますし、「韓国」は「ハングル」というこれも「簡略化」した文字を使っています。何故、日本語だけが、「簡略化」された漢字が少ないのか、プラス、「ひらがな」「カタカナ」がどうしてできたのか、謎ですね。でも「女偏」は面白い。
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