六甲山の中腹に、僕の通った「中学・高校」があった。最寄の駅から、きつい坂道を歩く事20分。一度、うちの軽自動車でその坂を上ったら、途中でオーバーヒートしてしまったくらいだ。
その坂に行く途中に、キャンディーズの「ミキちゃん」(南海キャンディーズではありません・・・念の為)の親戚の家とダイエーの社長だった中内さんの長男・潤さんの家があった。潤さんは学校の先輩でもある。キャンディーズの中で僕は「ミキちゃん」が一番好きだった。
話が脱線しまくり。
僕らの学校の机と椅子は「一体化」していて、学校の職員のドイツ人の手製だった。
ドイツ人が作ったものなのか、とても頑丈で、デザインというよりも、使いやすさ、強度に重点を置いて作られたものだった。
金属製の机と椅子が別々のものより、温かみを覚えたし、木の色味が教室を明るく見える要素になっていた。
騒いでいると、「チョークを口に噛ませるぞ!」という数学の先生、「校庭を三周走って来い!」という地理の先生。個性的な先生が多かった。
運動場の端っこには、小さな泉があり、そこの水は美味しかった。学校の手洗い場の水も井戸水のせいか、夏は冷たく、冬は一般の水道水より冷たくは無かった。
帰りがけの下り坂からは、晴れると遠く神戸港や六甲アイランドが望め、気持ちが軽くなった。神戸はこうした坂の多い町で、自分が生まれた町という事もあり、大好きである。
大阪の茨木から神戸まで片道1時間半の通学を6年間続けた。通学時間を通算すると、年間250日通ったとして、3時間×250日×6年=4500時間。187.5日間、まるまる通学に使った事になる。
「木の机と椅子」の話がまたまた違う方向に・・・。まあ、思いつくままに書くという方針にしよう。







その坂に行く途中に、キャンディーズの「ミキちゃん」(南海キャンディーズではありません・・・念の為)の親戚の家とダイエーの社長だった中内さんの長男・潤さんの家があった。潤さんは学校の先輩でもある。キャンディーズの中で僕は「ミキちゃん」が一番好きだった。
話が脱線しまくり。
僕らの学校の机と椅子は「一体化」していて、学校の職員のドイツ人の手製だった。
ドイツ人が作ったものなのか、とても頑丈で、デザインというよりも、使いやすさ、強度に重点を置いて作られたものだった。
金属製の机と椅子が別々のものより、温かみを覚えたし、木の色味が教室を明るく見える要素になっていた。
騒いでいると、「チョークを口に噛ませるぞ!」という数学の先生、「校庭を三周走って来い!」という地理の先生。個性的な先生が多かった。
運動場の端っこには、小さな泉があり、そこの水は美味しかった。学校の手洗い場の水も井戸水のせいか、夏は冷たく、冬は一般の水道水より冷たくは無かった。
帰りがけの下り坂からは、晴れると遠く神戸港や六甲アイランドが望め、気持ちが軽くなった。神戸はこうした坂の多い町で、自分が生まれた町という事もあり、大好きである。
大阪の茨木から神戸まで片道1時間半の通学を6年間続けた。通学時間を通算すると、年間250日通ったとして、3時間×250日×6年=4500時間。187.5日間、まるまる通学に使った事になる。
「木の机と椅子」の話がまたまた違う方向に・・・。まあ、思いつくままに書くという方針にしよう。






