「韓国が選んだ衛生保護の水準が正当かどうかを問う際、水産物自体の放射能数値に対する考慮だけでは足りない。年間放射線露出基準の1ミリシーベルトは上限に過ぎず、・・・

2023-07-09 09:42:38 | 韓国を知ろう

すべては怪談のせい?

汚染水をめぐる「リスクコミュニケーション」不足(1)

登録:2023-07-08 01:19 修正:2023-07-08 04:31

 

韓国政府与党、科学と非科学を区分して「安心せよ」と強調するのみ 
「リスクコミュニケーション」不足
 
 
国民の力の議員たちが6月30日、ソウル銅雀区鷺梁津水産市場を訪れた。キム・ヨンソン議員が水槽の水をすくって飲んでいる=KBSユーチューブチャンネルよりキャプチャー//ハンギョレ新聞社

 「トリチウムを飲むと体内に長く残留すると聞いたけど」(同窓1)

 「オーノー、どこでそんなフェイクニュースを? トリチウムは汗や尿で全部排出される。それにバナナにもトリチウムがあるんだよ。正確な事実を知るべきだ」(医師)

 「わかった、これからは言われるがまま信じないよう気を付ける」(同窓1)

 「不安を和らげるためにも、うちの刺身屋のお客さんたちに教えてあげなきゃ」(同窓2)

 2023年3月、産業通商資源部傘下機関「韓国エネルギー情報文化財団」がカカオトークでのやりとりの形で作った福島原発汚染水の海洋放出関連広報物一部だ。汚染水の放出について心配する同窓たちのチャットルームに現職の医師が現れ「科学的」な説明をすると、友人たちの疑念が次第に解消されるという設定だ。このやりとりは汚染水の放出をめぐり韓国政府が目指す世論形成の形を端的に表している。エネルギー情報文化財団は政府機関の中でも汚染水放出の賛成世論作りを主導している主体の一つだ。

 しかし、現実はバラ色の期待とはかけ離れている。汚染水の海洋放出が目前に迫っているが、世論調査における韓国国民の反対意見は78%(韓国ギャラップ6月30日の調査基準)で、依然として圧倒的に高い。

 政府のメッセージがあまり効かない理由は何だろうか。与党は国民を扇動する野党の「怪談」のせいだと主張する。野党はとにかく安心せよという言葉ばかり繰り返す政府の方が国民を扇動していると反論する。学者たちは連日聞き慣れない原発関連用語を並べ立てながら、攻防を繰り広げている。問題はこのすべてにある。まさに「リスクコミュニケーションの不在」である。

 
 
韓国エネルギー情報文化財団がカカオトークでのやりとりの形で作った福島原発汚染水の海洋放出と関連した広報物の一部。汚染水の放出を心配する同窓たちに現職医師が「バナナにも放射線がある」として汚染水の危険性が低いことを強調している=同財団のブログよりキャプチャー//ハンギョレ新聞社

政府の説明に「空白」があるのに、疑問に対する説明なし

 まず政府が主張する「本当のニュース」の脈絡を見てみよう。政府与党は「日本が再処理する福島原発汚染水は安全だ」という立場を広く広報している。「完全に科学的に処理されていれば飲める」(ハン・ドクス首相)、「福島原発処理水を問題視するなら、北朝鮮のウラン廃水の方がさらに大きな問題だ」(国民の力のソン・イルジョン議員)などの発言がその例だ。また、専門家を前面に出して広報資料を配布(「核工学者が語る希釈された福島原発汚染処理水の安全性」など)し、討論者全員を賛成側の学者で揃えた「放射線を正しく知る大討論会」を政府傘下機関の主導で開いたりもした。

 政府与党が安全だと主張する主な根拠は、日本が希釈して放出する汚染水の数値が一般人の年間被ばく基準値「1ミリシーベルト」以下であり▽日本のリプロセス装備(ALPS)で62種類の放射性物質(核種)のほとんどが除去できるうえ▽もしトリチウムなどが除去できなくても生命体の体内には残らないという点などだ。特に日本が放出する汚染水の放射能数値が極めて低い点を挙げる。政府の主張に賛成する学者たちも「放出された汚染水を薄めて飲んでもいい」(忠北大学のパク・イルヨン教授)、「福島(原発汚染水)を心配するのは怪談に煽られたせいだ」(慶煕大学のチョン・ボムジン教授)などの発言で政府の立場を後押しした。

 しかし、政府の説明だけで解消されない疑問もあった。現在、放出基準値を超過する汚染水が全体の70%を占めているが、完璧なリプロセスを保証できるか▽リプロセス施設は稼動初期に故障が多く、今も一部物質をろ過できないのに、長期間安全な放出が可能なのか▽低線量放射線が人体や海洋生態系に及ぼす影響は学術的検証が不足していないかなどの問題だ。国際放射線防護委員会(ICRP)などは、低線量(100ミリシーベルト未満)放射線の人体への影響評価は不確実性のため限界があることを認めている。ソウル大学原子核工学科のソ・ギュンリョル名誉教授と同大学医科大学のペク・トミョン名誉教授は汚染水の安全性について疑問を呈している。

 結局、許容値基準を見るかぎり、汚染水の放出が大きな影響を及ぼさないとも言えるが、実際に約束したレベルまでリプロセスできるか、海洋環境など変化があった時にどんな結果を生むかは依然として定かではない。放射能による生態系と人体への影響は徐々に現れるため、すぐその余波を確認する道もない。現在把握されている情報だけでは、国民が安全を確信するには不十分だ。

 実際、与党「国民の力」も日本が放出の方針を決めた2021年4月には「放出に反対する」という内容の声明を出した。ところが、日本が方針を曲げず、2023年5月の韓日首脳会談を基点に韓日和解ムードが作られたことを受け、「汚染水は安全だ」という主張を本格的に展開し始めた。政治的利益によって態度を変えたと疑われてもしかたがない状況だったが、それについて特に説明はなかった。

 大々的な広報にもかかわらず世論が思うように好転しないと、政府・与党は国民の説得に失敗した理由を野党から探し始めた。いわゆる「フェイクニュースによる扇動」という主張だ。与党のユン・ジェオク議員は6月28日に開かれた漁業関係者たちとの懇談会で、「民主党が福島原発汚染水を前面に出して恐怖を助長し、政治的に利用しようとする扇動政治に突き進んでいる…科学的で安全な対応を通じて科学が怪談に勝つ契機を作らなければならない」と語った。信頼できる「科学的事実」があるにもかかわらず、野党が広めた怪談のせいで国民が政府・与党の主張を信頼しないというのだ。ユン議員は、米国産牛肉の海綿状脳症(BSE)事態と慶尚北道星州(ソンジュ)の高高度防衛ミサイル(THAAD)も類似した事例に挙げた。

 しかし、リスクコミュニケーション分野の研究者である梨花女子大学コミュニケーション・メディア学部のキム・ヨンウク教授は「科学対怪談のフレーム」こそコミュニケーションが失敗した原因だとみている。専門家の一方的な情報伝達ばかりで、一般人との双方向の意思疎通はないからだ。

 「政府があたかも科学を閉鎖的な真実であるかのように誤解し、『我々が正しい』と主張している。ところが、科学には不確実性も内在しており、真実と非真実をむやみに分けることはできない。特に福島原発汚染水をめぐる論議は気候危機のように大多数の科学者が認める常識でもなく、国内外の科学者同士でも論争がある。一般人には様々な意見を聞いて判断を下す主体的権利があるのに、ただ『情報を与えるからそのまま信じろ』というのはその権利を剥奪することだ。そのようなことが続くと、社会的主体同士で熟議する過程が消え、全体主義だけが残る」

 キム教授は2008年のBSE事態や2016年の星州THAAD配備に伴う電磁波をめぐる議論を「怪談政治」というのは行き過ぎだとみている。「BSEをめぐる物議の場合、当時の議論のテーマは『BSEの危険がある生後30カ月以上の牛の肉の輸入を受け入れるのか』という問題だった。日本も生後20カ月以上の牛の肉を輸入していないのに、韓国政府がいきなり輸入を約束したため国民の反対にあい、取り消したではないか。星州のマクワウリをめぐる物議も、当時与野党が政治攻防をする過程で出たスローガンであり、実際マクワウリ不買運動にまで広がったことはなかった。集会中に出たいくつかの過激なスローガンを取り上げて、国民がそれにだまされたと言うのも一種のフレーミングだ」

(2に続く)

すべては怪談のせい?

汚染水をめぐる「リスクコミュニケーション」不足(2)

登録:2023-07-08 01:22 修正:2023-07-08 04:42

 

韓国政府、コミュニケーションの失敗を野党と怪談のせいに
 
 
国民の力のキム・ギヒョン代表が6月26日、慶尚北道星州郡の星州農産物販売場を訪れ、マクワウリを味わっている=キム・ギョンホ先任記者//ハンギョレ新聞社

2011年の福島、2023年の福島

 歴史において繰り返されたのは怪談論争だけではない。国民の不安を怪談だと主張したが、後でそれが覆された事例もある。2011年の福島原発事故当時、放射能露出への懸念が高まったことを受け、李明博(イ・ミョンバク)政権は「偏西風のため、日本の放射性物質が朝鮮半島まで逆に飛んでくるのは科学的に不可能だ」と地政学的根拠を強調した。当時の与党「ハンナラ党」のキム・ムソン院内代表は、福島原発への対応を求める市民社会団体を「国民を扇動する不純な勢力」と批判した。しかし、まもなく雨水からヨウ素とセシウムが検出され、放射能の国内流入が確認された。すると政府は再び「極微量のヨウ素とセシウムは何の問題もない」という医学的根拠で対抗した。

 当時、核工学者たちも「1ミリシーベルト未満なら問題ない」、「レントゲン撮影もするではないか」と先頭に立って国民の不安の解消に取り組んだ。正確な背景は分からない。ただし、「原発産業の将来は日本にかかっている。原発に対する市民の不安の度合いによって変わる可能性がある」(漢陽大学のキム・ギョンミン教授、「東亜日報」2011年3月19日付)という発言から、原発産業の活性化を考慮した戦略的選択だったことも考えられる。このような内容は、科学社会学者である東国大学ダルマカレッジのカン・ユンジェ副教授が当時政府と専門家グループを観察して書いた「原発事故とリスクコミュニケーション、専門性の政治」という論文に詳しく載っている。

 カン教授はこう語る。「科学的論証と政治的怪談を分けるのは一種のフレームだとみています。今は専門性が価値判断で最も重要な基準だという、一種の『専門性政治』(専門家の知識が政治談論化する現象)が強いのですが、汚染水の放出問題はもはや科学だけでなく政治の領域、ひいては政治的責任問題として捉えなければなりません」

 結局、国民の不信感を解消する方法は、安全性を豪語するのではなく、不確実性を減らす具体的な対策を講じることだ。漢陽大学原子力工学科のソン・ジンホ研究教授は、日本のリプロセス設備の浄化能力から綿密に検証しなければならないと指摘する。東京電力が最近掲示した資料を見ても、依然として浄化が不十分であることが確認されるのに、30~60年にわたる放出過程でALPSの性能がまともに維持されるかどうかについてモニタリングの必要性を強調する。また、日本政府が2011年に大量の汚染水を沖合に放出したことがあり、それに伴う海洋生態系への影響に関する研究も必要だ。

 「海洋放出を認めるのが合理的だと韓国政府が判断するなら、こうした部分を日本に先に要求し、国民の安全を保つ権利を代弁すべきではないでしょうか」。ソン・ジンホ教授の発言だ。

安全性を「豪語」する時間に具体的な対策を講じるべき

 水産物の需要急減への対策も必要だ。与党は「フェイクニュースの根絶」を代案に掲げているが、2011年にも経験したように、消費心理は世論戦だけでは蘇らない。福島原発事故が起きた後、韓国の大型スーパーの水産物需要は20%以上減少し、地域の刺身屋は閉店を余儀なくされた。水産物に関する消費心理は3年たった2014年初めに少しずつ回復した。最近、福島原発近くの港湾で捕れたクロソイから基準値の180倍に達するセシウムが検出され、大騒ぎになった。政府はこの時も「沿岸に定着して暮らす魚種なので、韓国の沖合までは来ない」という「生物学的根拠」で対抗した。

 現在「基準値以内なら安全だ」と主張する韓国政府は、2019年に福島産水産物の輸入禁止をめぐる世界貿易機関(WTO)提訴の当時は「基準値と関係なく国民の健康を守る権利がある」という論理を前面に掲げた。研究者たちが示す放射線許容値があっても、国民がさらされる放射線の数値はそれよりも少なくあるべき権利があると強調したのだ。

 「韓国が選んだ衛生保護の水準が正当かどうかを問う際、水産物自体の放射能数値に対する考慮だけでは足りない。年間放射線露出基準の1ミリシーベルトは上限に過ぎず、国民の生命と健康を保護するために放射線露出量を最小限にとどめようとする国家の努力は尊重されなければならない」。2019年の韓国政府が1ミリシーベルトという「科学的事実」に反論した論理だ。

 
シン・ダウン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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