米軍が最初に上陸したとされる比謝川河口附近。
その入り江湾の波打ち際で遊ぶ子等。
平和な光景と激戦であった当時の面影が妙に重なる。
その入り江湾の波打ち際で遊ぶ子等。
平和な光景と激戦であった当時の面影が妙に重なる。
ひめゆりの塔を出て、20分くらいで平和祈念公園に到着する。
ここから摩文仁ヶ丘をたずねる。
摩文仁ヶ丘には全国各県の慰霊の碑が立ち並ぶ。
歩いてもいいが、往きはだらだら坂の上りになるので、終着点まで一気にバスで行く。
終着点まで5分とかからない。
歩道も整備されているので帰りに歩くといい。
深い印象を覚えることだろう。
バスの終点から、少しいくと黎明の塔がある。
南西諸島の守備にあたった第32軍司令官牛島満中将と参謀長の長勇中将を祀っている。
高い丘の上にあり、太平洋が一望出来る。
ここはひめゆりの塔一帯と並んで、沖縄戦最後の激戦地である。
慰霊塔のすぐ下に、旧守備軍司令部壕がある。
第32軍の最高司令官は牛島満中将で、長勇中将はその参謀長をつとめてた沖縄戦に於ける作戦の最高責任者であった。
昭和20年5月27日、守備隊司令部は首里から摩文仁ヶ丘の司令部壕に移った。
6月23日未明に牛島司令官と長参謀長はここで自決した。
この日を以って沖縄戦を終戦の日とした。組織戦の終焉である。
すぐ下であるから、面倒くさがらず下りて来てほしい。
このような壕で兵士は身を潜め、老若男女は恐怖に慄いていた。
住民を巻き込んだ沖縄地上戦の凄まじさ、悲惨さを実感するだろう。
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