ニュージーランド移住記録:みたび

移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ

2019年日本行:横浜から名古屋へ

2021年07月16日 | 日本

2019年2~3月の里帰りは前年
に飛行機を予約していました。


2019年に入って首尾よく母の
特養入りが決定し、偶然にも
私たちの滞在と日程が重なる
という幸運に恵まれました


5日目に母は無事にリハビリ
病院から特養に移りました

母の部屋


2018年6月に86歳で生涯2回目の
くも膜下出血に倒れた母は、認
知機能に後遺症が残ってしまい、
認知症のように通常の会話がで
きなくなってしまいました。


しかし、母は看護師だったので
特養の病院のような雰囲気が気
に入り、自分は体調を崩してい
るだけで患者ではなく看護師と
して入所したのだと信じていて
「早く良くなって働きたい
と前向きだったのは幸いでした。


倒れてから9ヵ月のスピード入所
に家族一同感謝でいっぱいです。
特に生前の父が奔走しました。


母の件という最大の使命終了で
6日目は2018年末に急逝した伯
父にお線香をあげに行きました。

駅の構内で日向ぼっこ中のハト
フンだらけでもたくましそう。


伯母に会い、お線香もあげられ、
数ヵ月後には伯母も他界し、急
な決定は貴重で最期の機会に


鶴見駅で遅めのランチ
 


時間がなくパッと食べるなら

お寿司は打ってつけでした。


でも追加も(笑)



その後新幹線に飛び乗り名古屋。



長男と落ち合ってマハラジャ

な訳はなく『名古屋と言えば』の


山ちゃんでもなく



ココに来ました。

外で待ちましたが無事席げっと。


お通しから始まって



飲まない長男がエンジン役で



まぁまぁ頼む、頼む(笑)



2人のときとスピードが違う



これは親がリクエスト



これは夫だったかな?



美味しいに決まってます



私もすかさずこんなものを。



まだまだ続くよどこまでも。



長男の食欲と話が止まらない



男子はこれで〆



私はこれで



この洋館はタイ料理だそう。
確かに国旗が出ています。



美味しいし満腹でもどうして
も野菜不足なのが日本の食。

毎晩のようにサラダを買って
ホテルで補給しています。


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2019年日本行:横浜の食

2021年07月15日 | 日本
2019年2~3月の日本里帰り。


2日目は横浜に移動して関内の
馬車道で妹夫婦と作戦会議



ホテルからも妹宅からも徒歩
で集まれて個室があるという
条件にピッタリでココに決定

鶏炎


確かお任せのコース焼き鳥
話に夢中で記憶も記録もなし



3日目の朝を迎え、朝ご飯は
関内にいる限りまずココです。

ポンパドウル
小学生でバゲットの美味しさ
を知った店。横浜の楽しみ


いろいろあって迷いますが



大好物だったソンブレロも



夫が好きな挟みモノ系も(笑)



でもこれに落ち着くバタール
 


父へのおみやげもここで。



当時独り暮らしだった父に会
いに実家に行き母の相談も。

駅の自販機にあったコレ


コレって飲み物なの



夜はホテル周辺でラーメン



あーでもないこーでもない
と特養に移る母の話が続き、



食事は簡単に済ませたい気分

街は週末で混み合ってました。


4日目もポンパドウルで開始
したはずですが写真がなく

いきなり夜ご飯@勝烈庵


横浜にいるうち1度は行きたい
という揚げ物夫指名の店



さすがに付き合わないと気の
毒で本店限定エビカツサンド
で私もお付き合いしまーす。



5日目も写真が夜ご飯ぐらい
しかなく、妹たちと中華へ。

妹夫婦がよく行く店だそう。


やっぱり麺でさっぱりと(笑)



4人でも円卓でガッツリいく
気分でもなく早目少な目



みんなでお疲れさんとなり



横浜最後の夜は日本らしく
杏仁豆腐で〆(←海外では稀)



6日目の朝もポンパドウル

名物横須賀海軍カレーパン


目移りしまくりでも



最後となったらやはりバタール




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2019年日本行:キウイ目線のニッポン

2021年07月14日 | 日本

2019年2~3月にかけて母の件
で日本へ里帰りしていました。


普通の月より短い2月ですが
さらに仕事を早めに切り上げ
オークランド空港へ



しばらく飲めないフラットホ
ワイト(ラテからミルクのフォ
ームを除いたもの)をラウンジ
で飲み干して、機上の人に



成田着。
「わ~日本語がいっぱい」

里帰りのたびにそう思います。


つい英語を求め読んじゃうとか。



日本滞在中コーヒーはスタバか
あればタリーズにしています。

店内で紙コップは残念すぎ💦


電車の中吊り広告もニッポン

180日以上の入院で住宅ローン
残高ゼロ円
スゴい商品だけど詐欺はない?
(👆海外だったら絶対ありそう)


ラグビーワールドカップ前で、
オールブラックスが千葉の柏市
でキャンプをするので広告が
なんでこの3人なの(笑)

初日はその柏駅周辺泊


夕食はNZにはない蕎麦屋へ

なめこもありません


外食は断然揚げ物男になる夫
(👆家で出ないから💦)



さつま揚げに



サラダ

日本のサラダはどこも小さい


2日目もスタバでスタート



高島屋の開店の行列に驚き



ここでもオールブラックス



昔ながらの昭和な商店街

今でも日本は上履きなのか


あれから2年超経ちますが
生えたという話を聞いた



時給が1000円になっていた
のにはプチ感動。デフレの
日本で何よりもデフレなの
が賃金だと思っているので。

35年前の私の大学時代の事
務職の時給は850円でした。


男性もこういう時代か~



1円、0.5円ってこれもデフレ?



サクサク必要な買い物と用事
を済ませて、お昼はココへ



仕事の関係で月末~月初に
旅行することが多かったので
日本に行くとよくコレに遭遇



迷わずいただきまーす



夫はもちろん揚げ物で



この時点ですでにNZ国籍を取り
NZパスポートだったので役所へ
戸籍の除籍の相談に行きました。

今は除籍して100%キウイです


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日本行:昭和を生きる街

2017年12月05日 | 日本

息子を訪ねて名古屋に行くたびに思うのが



この街は昭和を生きている

ということ。


時代遅れとかネガティブな意味ではなく



昭和を生き抜き、高度成長のビフォア&アフターを

リアルに思い出せる世代には


場所と時代を超えて懐かしいものがあるのです。

私には高層ビルを感嘆をもって見上げること自体が昭和だった。


こんなコスプレも

80年代の竹の子族に見え


大勢で踊ったりせずに静かに写真を撮っているところは

今風なのかな?


70年代に大ブレイクした浜トラの元祖のひとつ

キタムラが名古屋にある


しかも駅のそばのかなりの一等地
フクゾーの服
ミハマの靴
キタムラのバッグ

は元町発祥の浜トラの御三家


こんなにコンサバな(という形容詞も涙ぐむほど懐かしい)モノが
これだけ海外ブランドが溢れる時代に元町以外にあるなんて
驚くと同時に名古屋の保守ぶり昭和ぶりを見たような。


自動車とその周辺産業にがっつり支えられた経済圏は
男が正社員として生涯働いて経済的に一家を支え
女が家を守りながら親を世話し次世代を育んでいく

そんな昭和な生き方が今でも可能な場所なのでは?


日中の平日に出かけると若い専業主婦風な人が多い気がし、
デパートがどの階も賑わっているような場所。

ブランド文化がまだまだ日常の中に残っていて
店から出てくる昼間からハイブランドで着飾った若い女性に
30年ぐらい前に引き戻される想いでした。


極めつけがコメダ

数年前に息子と一緒に一度だけ行きました。
このコーヒーにお冷


名物の無料のモーニングセット

トーストも玉子も餡も食べない私には
コーヒー1杯ではずい分割高な朝食
さらにエスプレッソではないので後から飲み直し(笑)


ボックス席の椅子の上であぐらをかいて新聞を読む人
自宅の居間のように寛いでダベっているカップル
すべてが昭和の喫茶店のようで
懐かしいけれどいたたまれず
落ち着きませんでした(笑)


名古屋は社会の安定ゆえに昭和のまま変わらなくても

よかったのか


でも、世界では電気自動車(EV)へのシフトが急激に進み
ヨーロッパの国では早ければ10年以内にガソリン車が
鉄クズになろうとしているこのご時勢


オーストラリアで仮免の子がテスラで教習しているのを見て
「そうかこの子は生涯EVしか乗らないのかも。」
というのを実感して、後戻りのない時代の流れを感じました。


掃除機のダイソンなど家電メーカーが続々EV参入を表明し
自動車メーカーというものが根本的に変わり、


2019年5月からは平成さえも終わってしまう中で

名古屋という街がこれからどう変わっていくのか


興味深く思います



名古屋にあってもコーヒーは毎日毎日

スタバでしたん(笑)


2017年3月の日本旅行記、9ヵ月ぶりに終了
長い間(長すぎる~)お付き合いありがとうございました。

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日本行:息子の食

2017年12月04日 | 日本
今年3月の日本行きは大学を卒業した息子に
名古屋で再会するのも大きな楽しみでした。


本人は今のところ郷愁はないようで、NZを飛び出して丸5年
ま~ったく帰ってくる気がないどころか遊びにも来ません(笑)
自分もそうだったので、文句を言えた義理ではなく
会いたかったら、こちらから出向かないと


本人バリバリの料理男子なので作って良し外食して良し。

ここは美味しくて、オーナーとも知り合いだそう。


ここはよく利用している中東食材専門店



これは楽しそう



持って返れるものならほしい、こんなランプ



台湾料理屋があると聞いて、いそいそ来ちゃいました

味仙
母子ともども台湾留学組で、大の台湾びいき。


えっ

台湾ラーメン
なにコレ?


母「担仔麺って書いてあるけど、そうは見えないな~
子「全然違うよ。」
母「でしょ?こんなの台湾にないじゃない
子「それが今の台湾にはあるんだよ。名古屋麺っていうんだよ。」
「えぇぇぇえ


辛さひかえめ=アメリカン
というのも爆笑で、息子の友だちだったアメリカ人が
名前のとおり、いつもコレだったというので大爆笑


この麺はこの店のオリジナル。ウェブサイトにもきちんと
台湾ラーメンはメイド・イン・名古屋
と書いてありました
(※だよねぇ


確かにナイ

でも雰囲気出てます


これは広東料理では?



和台折衷がなかなかいい塩梅。

地元で愛されるのもわかります


日本滞在中、最も野菜が頼めたレストランでした。

それでも、少なっ


こんなの発見
なーつーかーしー

あれこれ買い物


この行列は
パン屋さん

地元の人だけが知っている場所なんだそうな。
看板もないし、知らなければ絶対にわからない


ソロピッツァの本店だそうです。



息子がよくお世話になっているブラジル料理

今回は行けなかったので、ぜひ次回


ちょっと気になったけれど行けなかった店



仰天だったレストラン

このオドロオドロしいライトアップで
ストロベリーコレクションんんん


好みの問題なんでしょうが、

絶対入れないな~


東京から比べると限られた広さにいろいろなものが

ギュっと詰まった面白い街、名古屋
息子もこのサイズ感をこよなく愛しているようです。

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日本行:名古屋の食

2017年12月03日 | 日本

大学卒業と同時に日本を出てしまい、
横浜と東京以外の日本を知らないせいとはいえ、
名古屋は近くて遠い存在。


ひつまぶしというものを知ったのも、実は香港にて

大学の同輩(東京出身)が、
「名古屋に出張に行ったら、蒲焼をお茶付けにしてた~
と驚いて帰り、見よう見真似で作ってくれました。


インターネットなど影も形もなかった30年前。
ご当地情報は雑誌かテレビかガイドブックか
海外暮らしとなったらさらに浦島タロ子
「けっこう、美味しいじゃん
と言いつつ食べた遠い記憶が


手羽先が有名なのを知ったのも、息子の名古屋熱の影響。

大学の下見に行く時に名古屋出身の人に
「やまちゃんが有名
と聞くまで、夫婦とも世界のやまちゃんも知らず


私の中での名古屋の食のイメージは

とにかく鶏
ブラジル料理まで鶏の丸焼き(笑)
チキン好きにはウレしい限り。


そして

玉子率が高い。
鶏がいっぱいなら玉子もいっぱいってことなのか?
玉子はつなぎぐらいしか食べないので、これはお味見程度。


さらに

甘い


タレも餡も味噌もケチャップも

とにかく全てが甘めな仕上がり。


これも菜飯で休み休みいただきました。



「やっぱり食事は甘くない方がいいな~」

とラーメン屋に駆け込んだら


店にみりんの大瓶が林立していて

「チャーシュー用?それにしてはスゴい量。」
と思っていたら・・・・・


しょう油ラーメンが

甘いっ
関東のモノとは別物でした。
これならみりんが大量にいりますね


食全般の甘さにパンがとっても

塩辛そうなものに見えました(笑)


あと、どこに行っても肉料理と



揚げ物が多いな~と。

味噌カツの街ですもんね。
今の日本は全国的にそうなのかな?


最後に名古屋空港できしめん。

私にはこれぐらいさっぱりがちょうどいい


夫は一口カツ付き。

最後の最後にカツでした。
(※夫はカツが食べたかったかも。ゴメンね

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日本行:名古屋のソロピッツァ

2017年12月02日 | 日本

息子と再会した名古屋最初の夜はピザ
いろいろ受賞暦のある店だそうです。

ソロピッツァ名古屋駅店
(※名古屋の人はホントにソロピザと呼ばないの?)


一等地で内装にもお金をかけているのに

持ち帰りが多いのか、ピザ箱のディスプレーは残念な感じ


マルゲリータ

初めてのお店は必ずこれで。


息子のお勧め

名前忘れました


生ハム



驚きの














使い捨て食器


サラダもプラスチック容器に入ったものがポンと出てきました。
ドレッシングも使い捨て容器入り



輸入タイルをふんだんに使った凝った店内なのに

これではお里が知れるというもの


食べ物としてはおいしかったけれど、
じゃんじゃん出てくる使い捨てにげんなり。


私にとって食事は生きていくための大切なエネルギーを得る
1日の中でも大事な時間
1人でも誰かとでも、短くても長くても
最初から最後までを楽しみたい充実の時。


味もさることながら、エネルギーを取り込むための
落ち着いたなかでのちょっとした高揚感も大事。
外食ならば店の雰囲気やスタッフの印象も影響します。


実はそこまで深く意識して外食をしていた訳ではないものの
ここでの食事を通じて、
「外食はトータルカスタマーエクスペリエンス(TCE)
というのをつくづく実感


料理という商品そのものはもちろん、それを取り巻く
すべてのエクスペリエンスを楽しみ、対価を払っている


安くてお腹がいっぱいになれば満足な店から
それなりの値段でもお腹も心もいっぱいになる店
安くてもどっちもいっぱいになればなお可(笑)


罪悪感のない使い捨てっぷりには心が寒くなりました。
分別ゴミとしてリサイクルしているとしても
なぜ、食事の基本中の基本である
食器を使わないのか


どう考えてもコスパという店側の事情でしょう。
持ち帰る訳でもない客側が使い捨てを望む理由はないし
凝ったインテリアと粗末な使い捨ての落差から
店側の本音がしっかりと見えてしまいました。



この対極にあるのが、私たちがこよなく愛する
ラグランのイタリアン、フード・デパートメント



小さくて、店内で食べるより持ち帰る人の方が多い店です。



サラダ類はプラスチック容器入りで冷蔵庫に入っていますが、
店内で食べるときはお皿に盛り直してくれ

オリーブオイルもかけ直し、チーズもおろしたて。
これはシルバービートのニョッキ。絶品です。


ピザというものは手で作る作業が多いせいか

作り手の想いが正直に出る食べ物だと思います。


さりげないようで、折り目正しく、心がこもっていて

生きていくための大切なエネルギーを得るのに相応しい
美味しさと場所


馴染み客も一見さんもつい店の人と立ち話をしてしまうような

居心地のいい場所


息子と食事をしながらも、NZへの郷愁が募ってきました。

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日本行:犬山城

2017年12月01日 | 日本

鶴舞公園でビックリした翌日は郊外へ。

犬山駅


犬山祭
高山祭みたい!

ユネスコの無形文化遺産なんですね~


山車が格納してあるよう。

やっぱり高山と比べてしまう(笑)


映画村か伊勢のおかげ横丁のように古い町並み

(※例が貧弱でスミマセン


伊勢もそうですが、古い建物が現役なところが素敵。



この郵便箱



何回も来て何人も案内しているのか

息子の説明も慣れたもの。


ガイジンさんに喜ばれそうな場所

親も喜んでますが(笑)


抑えた色の木目に映える鮮やかな色



やってきたのは

犬山城


築城は1469年だそうです。

この4ヵ月後、落雷でしゃちほこが壊れたんですよね~


木曽川沿いの小高い丘の上にあり、素晴らしい眺めながら



身を守るために選んだ視界の良い場所だったと言うべきか。

外が見えても、外からは入れない。


それどころか、ここから石を落として

進入を阻んでいたわけです。


急で狭い階段も、敵が一気に攻め入れないように。

自分たちもさぞや不便だったことでしょう。
ここから石落しの間まで石を運び上げて、


来る日も来る日も見張りを続けたんでしょうね。



今はどこまでも屋根が並ぶ長閑な眺め。



手すりがないと上り下りが心許ないほどの急勾配

電気もない暗闇の中、刀を差して上り下りしてたのか~


ここまでストイックなお城は初めて見たかも?
絢爛さが微塵もない闘う城

戦国時代の緊張の片鱗をチラリと垣間見たようでした。


早春の色味のない風景の中で

茶屋の椅子がなんともキレイでした。


このキリンビールの文字にプチ感動



古い商店街だか工場街のシャッターにこんな絵

「さすが犬山可愛い犬
と言ったら、


夫と息子が同時に

「えぇぇぇえこれって猫でしょ


えぇぇぇえ

これが猫に見えます


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日本行:驚愕の鶴舞公園

2017年11月18日 | 日本

「オモシロイものが見れるよ

と息子に言われ、待ち合わせたのは名古屋の鶴舞公園


ステキな親子が通過中



やたらに広くて中央にあるのは噴水かな

水が出ていませんが。


これが公園の名前の由来らしい。



オモシロイものって、もしかしてアレ



この人たち



そうなんです!



公園内の至るところにコスプレの人たち



超デーハーな人たちに付き添っているフツーの人たち



そのギャップがスゴすぎ~



どれが基準なのかだんだん分からなくなる?



週末はコスプレの人たちのメッカなんだそうで

カメラマン同伴だったり自撮りだったり


コスプレのまま反射板持ってる人多数



パビリオンだの



古民家だの



池に橋だの



和洋折衷の背景に事欠かないので人気のよう



名古屋市公会堂

撮影禁止になっていて警備員もいました。


でも、こんなカッコのおネエさんがフツーに出てくるとか(笑)

解禁したらワっと人が集まりそう


非現実的な光景のすぐ脇で



将棋を指す将棋同好会の人たち(らしいです)



ずっと聞いてみたかった質問

「皆さん、家からそのカッコで来たの?」


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日本行:イセラーのお伊勢参り

2017年10月24日 | 日本

横浜を出て新幹線に乗り、長男の暮らす名古屋へ


旅のお供は駅弁代わりの

泉平と


大船軒の鯵寿司



子どもの頃から大好物

大船といえばコレ
(※昔はときどき食中毒を出して営業停止になってました・・・笑)
大正時代は相模湾で鯵が湧き出るようにとれたそうで、
その鯵で押し寿司を作ったのが大船軒の始まりだとか。


名古屋の夜



息子と金時計で待ち合わせ



翌日は3人で伊勢へ

超絶イセラー一家で親も行くけど子どもも行く行く(笑)
「なんでこんなに好きなのか
と自分たちでも不思議になるほど好き


駅前に新しい建物がどんどん建っていて



伊勢らしくないことになってる

でもステキ


ここは営業していなそう。

20年ぐらい前はよく呼び込みしてたのに。


この辺も再開発されていくのかな?

時代の波と経営者の高齢化が押し寄せている様子


まずは商売の守り神あこねさんへ



これでも零細ミジンコ在宅業なもので



ここのおきつねさんは毎回返して新しいのを連れて返ります。

ところが今回は返す分を持って行くのを忘れてしまいました


ところが、今までの一番小さいサイズが廃止になったそうで
返し忘れた一番小さいサイズはこのまま家で大事にします。
一回り大きいサイズを連れ帰ったので、ただ今2組あります。


外宮へ



式年遷宮前はこちらにお宮がありました。

頭でわかっていても遷宮はやっぱり不思議


外宮の後は猿田彦神社を参拝。その後は歩いておはらい町へ。

お昼は必ず岡田屋


私はきつね



息子はカレー



夫は鍋焼き

三人三様で妥協のない家(笑)


食事の後は五十鈴川を渡って内宮へ。

宇治橋を渡るたびに神聖な異界に入って行くような気がします。


ここの日の丸は美しく感じます。



当たり前ながら内宮も遷宮後



別宮も細かく回って、お参り終了



再びおはらい町へレッツらゴー



こんなものができている



あちこち行列ができていますが



私たちはまっすぐここへ。

まずは甘酒


おはらい町は大変な人混みだったにもかかわらず、
知り合いにばったり会ってお互いビックリ仰天
こんな偶然ってあるんですね~


その後はみえぎょれん

ここで天然ワカメだのあおさだの乾物類を大人買い


現金オンリーなのがアレで、カードOKにならないかな?

混ぜ込みワカメがソフトタイプになっていて
非常に残念
前の乾燥タイプご所望


あちこちブラブラしても食べてはいけない





なぜなら




すし久が待っているから
(※息子はガンガン飲み食いしてましたが)

3月だったのでお雛様が出ていました。


ここでの夕食は必ず

伊勢名物てこね寿司


今回は麦とろご飯のはずが麦ではなく白飯になっていて残念



でも伊勢ではすべてが穏やかに丸く収まり
親子3人で話も弾んでお腹もいっぱいになって
名古屋に帰りました。


息子がNZから名古屋大学への進学を選んだのも
幼少の頃から、NZ移住前に住んでいた香港から
毎年お伊勢参りに行っていたことが多少は影響したそう。
名古屋を通過するので、馴染みがあったようです。


息子の名古屋暮らしも5年目に突入
私たち一家のお伊勢参りも早20年

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日本行:思い出の中の横浜

2017年10月23日 | 日本
生まれ育っても愛着のない

横浜


大学で東京に出て

@馬車道
大学を出てからは日本を出て


振り返ることもなく今に至ると思えば

生まれ故郷に愛着がないのも
「それはそれで良かったのかも
とも思います。


海外に定住していても故郷への想いも募り、歳とともに
「帰るか?残るか?」
で迷う人もいるそうですが、私には迷いもブレもなく
NZ国籍を取得してやっと自分の在り方が定まり
今は心からホッとしています。


日本に行っても両親は私や家族が実家に立ち寄るのを好まず

20年前にマンションを購入してそこに滞在してきました。
それも今回売却してしまったので、今後は全泊ホテル泊。


ここ数年は、両親と会うのは母の贔屓の店。

その店で撮った写真


水を入れた紙を直接火にかけても燃えない

と初めて知り、思わずパチリ


私はMSGアレルギーがあり、化学調味料を使ったここの料理は
食後が大変ですが、これが両親との唯一の接点なので仕方なし。



友人に連れて行ってもらった馬車道の鶏炎

内装が凝っているので外国人ウケが良く、接待にいいそう。
確かに凝ったインテリアで美味しかったです。


天保10年というのがスゴ~いいなり専門店

それっていつ(笑)
1839年でした。
NZで言えばワイタンギ条約の1年前


今回はここには行かず。



中学生ぐらいまではよく行っていたマリナード

ホームレスの居住空間になっていてびっくり。


ご存知、

崎陽軒


でも私にとって関内といえば

ポンパドウル
私のパンの原点です。


中学生のなけなしの小遣いをはたいてもほしかった

バゲット


これも当時は上に四角いチーズがゴロゴロしていて

お気に入りでした


ソンブレロ

フレンチパティスリーの美味しさを知ったのもココ


クロワッサンにパンオショコラ



甘党だった父へのお土産



揚げ物は昔から食べていなかったので記憶にないけれど

ネーミングが横浜というか私の生活圏内感満載(笑)
「港のミコト、横浜、横須賀ぁぁ~
なんですわ。


春先だったのでこんなものも。

餡が見える芸コマさ


地味に驚いたのが

バゲットを半分に切って売っていたこと
1人暮らし用なのか?


夫が驚いたのは、このアイスクリーム発祥記念像

「どーして裸のお母さんなの?母乳で作る訳でもないのに!」
どーしてだろうね(笑)


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日本行:愛着の鎌倉

2017年10月22日 | 日本

横浜駅は大改装中でした。



横浜生まれの横浜育ちですが、



私にとって横浜は懐かしくはあっても

愛着のない街


愛着があるのはむしろ

鎌倉


雨の中、なにはともあれ

鎌倉八幡宮


2010年に倒壊してしまった大銀杏

その1ヶ月前に偶然目にしていたのがせめてもの思い出。


子どもの頃は自由に歩けた太鼓橋



この日は滞在中唯一のかなりの大雨



着物の人が気の毒ながら色鮮やか

暗い景色に花を添えていました。


私の祈りの原点。

初詣と言えばココ
受験と言えばココ


家や学校から近かったこともあり

鎌倉は子どもの頃から何度来たことか。
高校の時は放課後に電車に乗ってフラりと来たり。
(※学校は家から徒歩圏内でしたが)


多少店は変わっても風景が変わらないのは落ち着きます。



冷えた身体に温かい茶碗蒸し



おまかせ寿司



このお味噌汁が美味しいこと



お出汁がこれですから



観光客が少ない西口すぐ



最後は東口で



本を広げて勉強中の学生に混じって

(※制服の高校生が多いところが鎌倉っぽい?)


ラテで〆

日本はカフェが少なくてスタバばかり行ってしまいます

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日本行:上野まで

2017年10月21日 | 日本
浅草を出た後は

友人との待ち合わせまで時間があったので


お得意の

街歩き


これはオフィス?住宅?



NZでの地に足の付いた暮らしだと

ここまでのガラス張りは落ち着かない


焼肉店の牛だったり



殺生してても

こんな祠(笑)


虎だったり

こちらは中華


建物を見ているだけでも楽しー



裏通りに入ればさらに、いとをかし。

喜劇人って


本当に今でもやっているんだろうか?

都内全域配達


昭和のままのような美容室



テクテクやってきたのは

かっぱ橋


見ても



買っても

楽しい場所


「バクモンで紹介されてたとこだー

と夫が気がついたここではキャベツのスライサーをげっとん
他にも和食器をいくつか購入。


ジブリの世界のようなおどろおどろしい歯医者



古い建物好きですが、ここに入るのはコワいな~

子ども時代だったら、ここに来なくていいようせっせと歯磨きした?


スッポンに



八つ目鰻



濃ゆいな上野(笑)



やってきたのは黒船亭



海外でこそ見かけない

日本で独自に発展した洋食


興味深いやら

イカ墨


懐かしいやら

ナス


夫はハヤシライス

1週間以上煮込んだデミグラスソースだそう。
誰が最初に、これにラッキョウを合わせてみようと思ったのか?


ビーフが食べられない私はチキンで

30年以上前で時間が止まったような夕食でした。


再会した友人ともかれこれ30年の付き合い
長く生きてこそ楽しめるひと時でした。

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日本行:久しぶりの浅草

2017年10月19日 | 日本

確かブログ開設のときからあった
「海外:日本」
というカテゴリー
やっと日の目を見ることになりました(笑)


今回は珍しく花の都トーキョーへ。

人の多さに圧倒されつつ


数年ぶりの浅草



いつだったか子どもたちと来て以来。



やっぱりガイジン目線



おみくじ売り場で佇む外国人や



跪いて拝んでいる台湾人か香港人に

シンパシー(笑)


頭の中で久保田早紀の「異邦人」が鳴り響く~



日本語が理解できちゃうから面白さ倍増

屋台で高級呉服?おどり衣装って何の踊り?


こちらも

ステージ用


こういう場所でこういう品揃えでこういう客層で

営々と商売が続いていることに敬意


老舗らしいすき焼き専門店



ここが坂本九の「上を向いて歩こう」の英語版「スキヤキ」の
名称発祥の店だったんだそうな
ここで接待されたイギリスのレコード会社社長の命名なんだそう。

スキヤキは1963年に全米ヒットチャートを駆け上がったそうで
私が生まれた翌年~(笑)






猫バカが素通りできない



今どきの猫ブームと関係なさそうなところがツボ



おみやげに猫せんべいゲットン



昭和で時間が止まったようなディスプレー



日本でしか見ない厚切りトーストに小さなサラダ



タバコの自販機もとっても日本



興味はあってもさすがに浅草版「入りにくい居酒屋」

バーだけど(笑)


顧客の平均年齢高そ~

浅草1丁目1番1号にリスペクト


スカイツリーも間近に見えて



はとバスも走ってて

おのぼりさん気分になれるレトロ・トーキョー


たまには浅草もいいかも

また5年後ぐらいに?

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日本行:ディスカバージャパン

2017年10月17日 | 日本

このブログだけでなく、長年続けている別ブログ
日記「さいらん日和」でも、一度もやったことがない
日本旅行記


気まぐれにちょこっと書いたりはしていますが、
今回初めて日本行を記録に残してみようと思います。


出発は2017年2月の終わり。
かれこれ8ヵ月前

NZは初秋でも日本は初春
寒くないことを祈りながら出発


今回の目的は確定申告

20年近く保有していた不動産を売却し、それに関するもの。
夫婦2人の名義のため、それぞれの手続きが必要でした。


お互い確定申告初体験

言語の問題がないにもかかわらず(笑)
非居住者にはややこし~~
(※居住者にも?)


事前に夫が何度も何度も電話やメールで税務署に問い合わせ、
必要書類以上の書類を持ち
わざわざ渡航しての1度切りの機会
ひつこいほど何度も確認の上
やっとの思いで乗り込みました。



臨時にプレハブまで建て、税務署職員が付きっ切りで記入し
それでも書類が足らずに出直さなければならない人の困惑の表情。
誰もが緊張と疲労でハイテンション。時節にそぐわない人いきれ。


このグローバル化、ネット化の時代にこんなことをしていて
大丈夫なのか
と心配になりつつも、生涯最初で最後と思えば最早過去


日本は日本の道を行くんだなーと思いました。

すべての手続きを終えて外に出た時の植え込みにホッと一息。


確定申告で税金の還付を受けたら、日本での事務的な手続きが
すべて終了するため、NZ国籍を申請する予定でした。


そう心に決めていたせいか、今回は目に入るものが妙に新鮮で



自分の視線が早くもガイジン目線になっているのに気づきました。



単なる非居住者から、さらに遠い存在とならんとする中



見知っていたはずのものさえも

懐かしさよりも目新しく感じました。


この感覚の違いには自分でも驚くほど。

残っている写真もガイジン目線(笑)


夜ランチ?

まぁ英語でもオールデー・ブレックファストがあるぐらいだから
夜にランチを食べたっていいんでしょうけど


これも気になった「洗体」

「せんたい」でも変換しないし


今回は全泊ホテル泊でお墓参りに行くにも雑巾がない

と思っていたら、コンビニで見つけました


お墓参り専用の雑巾

こんなものが存在するなんて
捜しておいてなんですが、心底驚きました。
恐るべし製造国


でも、コレってホントに必要?
普通の雑巾ではダメなの?
製造しない国NZで暮らしていると、素朴にそう思います。


日本を出て33年目のディスカバージャパン

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