移住は帰らなくてもいい終わりのない旅。人生そのものも旅。そして気づき始めたあの世への旅。旅と夢限定ブログ
2022年11月のメルボルンか
ら始まった旅も9日目。最後
の夕刻が迫ってきました🌇
急ぎ毎度おなじみ
ヘイグスに
駆け込んでチョコレート購入
1915年から続くアデレードの
老舗のチョコレート専門店🍫
そしてアデレードアーケード
でも意外と旅行者には縁遠い
なぜなら高級クリーニング店
シェーバー専門店
に
バッテリー専門店
さらにウィグ専門店
こうした店がこんなに一等地
で採算が合うのが不思議~
カツラってそんなに売れる
旅の最後の晩餐は雲南味道
前回出会い非常に感動した店
材料とあつあつのスープが運
ばれてきて、卓上で自分で作
る🥢過橋米線が素晴らしい
と・こ・ろ・が・・・
えっ
最初からできてきました
保健局の指導とかがあったの
か。スープの熱だけでしゃぶ
しゃぶをするようなものだし
夫のピリ辛麺
副菜の豆腐皮と豚耳
この辺は特に変わらずながら
山積みのチキンシーゾニング
パウダー。つまり化学調味料
前回はNO MSG(化学調味料
不使用)の張り紙があったのに
今回は見当たらず残念な最後
でもインチョウと出会えたし
@
インチョウ
捨てる神あれば拾う神あり
陽の長い晩春。のんびり歩いて
風景を目に焼き付けてホテルへ
最終日10日目。これも恒例で
最後のアデレードアーケード
美味しい朝の1杯と
オープンサンドを半分こ🥪
快く食器を2つ用意してくれ
ありがたく美味しかったです
チャオ・カフェバー
チャオ
またね、アデレード
アデレード空港。NZ航空の
ラウンジがないのでカンタス
のラウンジなのがちょい残念
でもコロナ後はバリスタ配備
これはありがたかったです🙏
=============
今回の旅行は本格的なロード
トリップだったため、今まで
あまり見たことがなかった観
光地ではないオーストラリア
に足を踏み入れ、半年前の総
選挙で盛んに言われていた、
エブリデーオーストラリアン
(Everyday Australian、普通
のオーストラリア人)の暮ら
しぶりを目にしてきました。
国民の平均的豊かさの指標で
ある1人当たりGDPで世界10
位の国(NZ21位、日本28位:
IMF2023年)の素顔を見てい
るという気づきは、グレート
オーシャンロードを走り始め
て早々に自覚した点でした。
素顔のオーストラリアーー
まだまだ奥深く何度も訪ねて
行きたい地だと思いました。
2022年11月のオーストラリア
9日目。アデレードも4日目に
移住博物館は初めて訪れた20
18年に、
アボリジナル画家ク
ニ・ジューン・アン・マキナ
ニーの特別展を開催していて
史実の衝撃に心が震え、足が
釘付けになった場所でした。
今回は「アフガン女性に贈る
モザイク展」を開催中です。
「糸に吊るされてーアフガン女
性に贈るモザイク」(
Hanging
by a Thread-Mosaic for Af-
ghan Women)とは世界的な
プロジェクトで、タリバン政
権樹立以降のアフガニスタン
の女性や少女が置かれている
過酷な社会的、経済的な状況
に目を向けようという動き。
オーストラリアの100人以上
のプロアマのモザイクアーテ
ィストがアフガンの伝統的な
色使いや文様を活かして制作
した、モザイクのスカーフ。
その趣旨といい、モザイクは
人生で諦めたこのとの1つ(笑)
(※最終的にアクセサリー作り
を選択)といい見入りました。
単純な構図の配色の妙。1粒1
粒で埋めていく事に力を感じ
見飽きることがありません。
1作1作写真を撮りたいぐらい
アボリジナル・アーティスト
ダリル・フィッツナー・ミリ
カ氏の作品群。「植民地化以
降アボリジナルたちにもたら
された痛み、嘆き、喪失を単
純な構図の中に込めたもの」
だそうで、単純ゆえに正直で
喜びも哀しみもすべて直截的
豊かな水が示す雄大な自然
豊穣で平和な地に生きる民
「畏敬の念」と題された作品
小さな月が頼りなげに見える
ほどどっしり揺るぎない大地
ある日、高波を乗り越えて帆
船がやって来て暮らしが一変
「ホワイトアウト」という作品
副題は「漂白され消されていく」
棲み処を奪われ
農地は生き物の棲み処も奪い
大河が蛇行する雄大な地を遠
く離れ、建物の中イギリスら
しい白黒の市松模様のタイル
の床を磨かされ、黒板には存
在を抹消してくような分数と
絶滅したタスマニアタイガー
水平線や地平線以外の直線が
いかに人工的で自然とかけ離
れたものかに気づかされ、小
さな絵が無限の奥行を持つ。
移住博物館旅は移民と先住民
の双方に焦点を当て、そのバ
ランス感覚が素晴らしい
と
移民の1人として思います。
次も定点観測的に向かった、
南オーストラリア州立美術館
『オルセー美術館の印象派展』
が見られた思い出深い美術館
今回は中が真っ赤っか
クラ
シカルな建物と前衛のせめぎ
合い
無数の赤い紐が毛細血
管にしか見えないと思ってい
たら、あろうことか足元には
マネキンの脚や腕がばらまか
れていて、直視できない空間
日本人名の女性アーティスト
の作品でしたが、記憶なし
その奥では草間彌生展。これ
も私は苦手な、隙間のない極
彩色の息がつけない空間で、
芸術は良し悪しではなく、好
き好きというフランス人の教
えを改めて思い出しました。
次は
南オーストラリア博物館
ここも見応えがある博物館
しかし、向かったのはカフェ
館内にあるので営業時間が他
の店より長くて助かります
オマケでティラミスまで(笑)
良く歩いた旅の終わりの1日
2022年11月のオーストラリア
9日目。旅もいよいよ終盤。
オーストラリア国旗とアボリ
ジナル旗がはためいている、
ビクトリアスクエアに面する
南オーストラリア州水道局
SA Water
あの
ブルーレイクの水もここ
の管理下かと思うと不思議。
中心部では無料の路面電車。
これだけの乗り物が無料って
オーストラリアは素晴らしい
都市部へのクルマの乗り入れ
を規制するなら代替手段がな
いことには、今のオークラン
ドのように片手落ちで、多数
の市民が苦しむばかりかと。
利便性の高い公共交通機関が
無料で利用できる憧れの光景
ですが、自分の目の黒い内に
オークランド中心部で実現す
るとは残念ながら思えない💦
道幅や都市計画が違いすぎる
鉄道のアデレード駅へ。カジ
ノも入居する一大商業施設。
その向こうは州の肝入りで進
む複合再開発計画
フェスティ
バルプラザ。工期2016~25
年の予定で、ず~と工事中
これだけ時間をかけて造って
いるところがスゴい。期間中
のインフレも半端なさそう。
前夜の
魚の銀行もこの通りで
ここが官庁や文教施設が集中
する目抜き通りノーステラス
南オーストラリア州議事堂
65年をかけて完成。ここは資
金不足を補いながら後世に残
る仕事をこつこつと不屈に、
確実にやり遂げる地なのか
コリント式の大理石の建物
趣きのある建物が続きます。
一等地だけに美しい街並み
マシュー・フリンダーズ像
(1774~1814年。享年40歳)
イギリス海軍に属した類まれ
な航海士、測量士。オースト
ラリアを初めて1周し大陸で
あることを突き止め、オース
トラリアという名称を強く推
奨。植民地化の先駆者の1人
今も国内中にその名を遺し行
く先々でフリンダーズです。
フリンダーズチェイス国立公園
(※建物は2020年1月の森林火
災で焼失してしまいました)
国立戦争記念碑
どうしても筋トレ・アベニュ
ーと読めてしまい毎回ウケる
キントアアベニューを曲がり
やって来たのは
移住博物館
2022年11月のオーストラリア
9日目。メルボルンから始ま
った旅もいよいよ終盤です。
やり残しがないようにサクサ
クお気に入りの場所へ来ると
ため息
そしてため息
「一生ココの朝ごはんで生き
ていける」と思える品揃え🥪
ビッグテーブル
@
アデレード中央市場
2018年の初アデレードで
出会
った店。コロナ後も変わらず
お向かいさんも美味しそう
ここは夫婦で一番気に入って
いる市場で、見てはため息
歩いてはため息
食べても買ってもため息
「オークランドにこんな場所
があったらね」と毎回思う
プレゼン?忘れ物?
ポンと置いてあるキャベツ
来るたびにアデレードに住み
たくなる場所「ここで買い物
してアレを作りコレを作り」
と想像力だけは膨らみますが
(👆NZ国籍はオーストラリア
にいつでも自由に住めるので)
ここの気候には耐えられそう
になく、実現はありません
でも、夢が膨らむ場所です。
トマトだけでもこの種類
エノキもこの量でこの安さ
ほぼ300円
ワニ肉も絶賛販売中🐊
『地元の手作り生産者のショ
ーケース』とありますが、南
オーストラリアのキーワード
のひとつは『手作り』かと
安易に安価な工場や機械での
大量生産に頼らず、割高でも
職人気質にこだわり、それを
支える消費者がいる地なのだ
と感じます
それは
クラフト
マーケットでも感じ、クラフ
ツマンシップの高さは感動的
生産者と消費者の間に絶対的
信頼感があってこその市場。
売上がついてくれば、生産者
は一層供給に専念でき価格も
据え置けるのかと思います。
食品以外の小物も多数あり、
センスの良さが光ります
おみやげ探しにもいい場所
匠の域は食材に留まらずデリ
の充実も生きていけるレベル
私はこっち
夫はこっち
だそう。
アルジェリアのパエリア
いつか夫もリタイアしてゆっ
くり来られるようになったら
アデレーディアンに混じって
連日ここに繰り出せるかな
2022年11月のオーストラリア
8日目。アデレード3日目はビ
クターハーバーから戻って、
ブタがゴミ箱をのぞいている
ランドルモール。人気の銅像
ブタのお出かけ像
夜は前から予約をしておいた
フィッシュバンク
英語のフィッシュタンク(fish
tank)は水槽なので、T⇒Bに
置き換えフィッシュバンクと
いう洒落もありそうですが、
なによりもここは元銀行
(※日中の写真)
さらに言えば最近まであのセ
レブシェフ、ジェイミー・オ
リヴァー氏の店でしたが、本
国イギリスでの
経営破たんで
コロナ禍中に閉店しました。
別の店になったと知り初めて
来ましたが、なんとも重厚。
相当投資をしたのが判る
かなりがジェイミー・オリ
ヴァー時代のままなのか
ゆうに2階分以上ありそうな
天井の高さで席数もスゴい。
まずは旬のホワイトベイト
美味しいに決まってます
日本でいえばシラウオに近い
稚魚の総称で、オーストラリ
アのはもっと太目で大きい
ここにも熱烈なホワイトベイ
ト教徒がいそう。NZでの話は
コチラでどうぞ。
ホタテ
前夜に続きメインは蒸し魚
えっ魚の向きが逆
夫の方からも撮り直してもら
いましたが、逆なものは逆。
プレゼンも荒く、汁も多すぎ
前夜との
質の違いは歴然で
頼んだ私たちが冒険しすぎで
この手の店では禁じ手でした。
反省💦
シンプルな蒸し魚がどれだけ
難しい一品かを実感しつつ、
香港人たちがその辺で店の格
を推し量るのがよくわかる。
他のメニューと難易度が違う
「あれは見といた方がいいよ」
と夫に言われて来た、地下室
ワインセラーみたいですが、
なんと
トイレ
銀行時代の金庫室なのでしょ
うが、うまくリノベしてあり
これは一見の価値あり
「スゲぇよな、ここ。こんな
トイレ見たことないよな~」
と写真を撮っている私に声を
かけてきた笑顔のお二イさん
魚の銀行はトイレがピカ一
また機会があれば~
2022年11月のオーストラリア
7日目。アデレード2日目の夜
ビクトリア州のグレートオー
シャンロードでもマウントガ
ンビアでも洋食続きだったの
で(地方でのアジア食には限り
あり)この日もアジア食に🥢
やって来たのは中華街
この門も街も本格的です。
これは可愛い
虎
もいて感動(←寅年)
前々から気になっていた店へ
実はこの写真、2018年の初ア
デレードのときに撮ったもの
変わった名前と老舗の風格に
「アタリ」を予感。でも混み
合っていて1、2回目とも通過
包有魚菜館
3回目にして初めて予約なし
で、席をげっとできました。
英語名は
インチョウ
白人だけでこんなに込み合う
老舗中華も珍しいと思いつつ
アデレードの民族構成比を考
えると、こんなものかとも。
気になるのがその名前です。
インチョウはどんな字なんだ
ろう。中国語名の包有魚とは
まったく関係なさそうだし。
チョウ(CHOW)は周なのか?
店の解説では『インチョウと
いう名は‟The state of Ying”
からとったもので、そこは芸
術や美食が花開く、豊かで非
凡なローマのような場所だっ
た。政治面では徐々に上海に
追い上げられたものの、歴史
上の重要性は不朽』なのだと
英語でstate(州)ということは
チョウとは現代中国語では州
(ZHOU)なのか。つまり地名
(※一例:広州=Guang zhou)
大方の人には全然関係なくて
も、1980年の訪中から始まり
アジア在住歴20年の私は、州
がZHOUではなく、CHOWで
あることに興味を感じます。
店のオーナーかその一族は現
代中国になる前、第2次大戦
以前に本国を出た人たちの証
明だからです。苦力(クーリー)
として南洋に出て、タイやマ
レーシアなど第3国を経由して
何世代もかけてここまでたど
り着いたか、ゴールドラッシ
ュの一攫千金狙いで
新金山と
呼ばれたオーストラリアに直
接渡ったか、または彼らを頼
って出国した人たちの末裔か
いずれにしても現代中国にな
り、中国語が北京語表記に統
一される前に出国した場合、
人名や地名は各地の方言の発
音に適当にアルファベットが
充てられたため、同じ漢字で
も驚くほど表記が違います。
まさにこのアデレードでその
好例のような一族を知りまし
た。詳しくは
コチラ(姓は陳)
(※初代は1891年の移民)
では、『中国のローマ』イン
州とはいつのどこだったのか
調べてみたところ、應国(州)
とは紀元前1,030年~646年ま
で400年近く存在した、中国
東部の小さな王国で、後に西
周王朝の属国(属州)になった
そう。中国語では應国(←慶應
義塾の古い應ですよね
)で
すが、英語のstateといいチョ
ウ表記といい、現代中国語の
州(ZHOU)で、應州でしょう。
さぞや文人を大勢輩出し、中
華文化が隆盛を誇ったのでし
ょう。現在でいえば河南省平
頂山市に相当するそうです。
その頃日本は縄文時代末期。
NZは人がいない鳥の楽園🐦
では中国語名の包有魚は?
これは周易(古代中国の三易の
ひとつで周代に生まれた易)に
見られる言葉だそうですが、
そんなに遡らなくても魚=余
連年有魚とか、
年年有余とか
中国正月に張り出される赤い
紙に書かれた年初の願掛けの
定番で中華圏では今も現役
『魚』と『余』はユイという
発音が同じなので、願掛けは
「毎年余りが出ますように🙏」
で「儲かりますように」の意
中国正月でも北京語であれば
新年快楽
(新年おめでとう)
とサラッと淡泊な表記が多い
のに、中国返還まで約150年
間英領下にあった香港は、現
代中国成立前の19世紀の文化
習慣を色濃く残しています。
なので新年の挨拶もいきなり
恭喜發財
(おめでとう。儲かるように)
4文字に納めないといけない
ので「新年」なんて省略
その事を香港人と話したら、
「年が変わったからって儲か
らなきゃ話にならんだろう」
格差社会も環境もほとんど関
係なかった80年代のネイキッ
ドキャピタリズム(裸の資本主
義)に触れて衝撃を覚えた私。
「働くなら絶対この街で」
と決め、大卒後は香港で就職
懐深い街にじっくり育てられ
子どもたちもまた香港生まれ
血縁はなくてもあのDNAは我
が家に受け継がれています。
ということで、英語名は雅や
かでも中国語名はかなり本音
紀元前から「儲かりまっか」
.
「それもイイ
」と気に入り
サンラータン
お初の店でのお試しメニュー
ネギ餅
質の高さに驚きました
そして蒸し魚。このシンプル
な1皿
がどう出るかで、店
の格が決まると言っても過言
ではないと思っていますが、
蒸し加減、香味野菜や油の量
質の高さに大感動の大感激
ここは毎回来るでしょう。
2022年11月のオーストラリア
7日目。アデレード2日目午後
はドイツ村ハーンドルフから
戻り、徒歩で市の中心部へ
雨も上がってフラり街歩きへ
19世紀に造られた
『20分シテ
ィー』はほとんどの場所に歩
いて行けるので便利で楽しい
滞在中何度も行っては通り抜
ける、
アデレードアーケード
すっかりクリスマス仕様
一番の繁華街
ランドルモール
モールと言っても青空ホコ天
店が鈴なりでパフォーマーも
このダリのレプリカは
アレ
好きな建物。現役の住宅です。
多様性でレインボー🌈
午後も遅くなるとカフェは閉店
チョコレート専門店
サンチュロ
ここでやっと午後コーヒー☕
メニューにすべてカロリー表
示(KJ)があり、正直だけど逆
に頼むのを考えてしまうびみ
ょ~なマーケティング。でも
世の流れはこうなんでしょう
私はブラウニー。夫はクレー
ムブリュレでかなり大きめ。
チェーン店らしくすべて平均
点。卒もないけど感動もない
店内が甘い香りで満ち満ちて
いるせいか、無糖のコーヒー
まで甘く感じられました(笑)
アジア人が少ないアデレード
でアジア人率が高い店です。
クリスマスまで1ヵ月以上あっ
ても街はクリスマス一色です。
でも多様性を意識してか宗教
色が薄まっているのは今風。
住んでいるオークランドは年
年クリスマスらしさが後退し
なんだか新鮮に感じます。逆
に商魂逞しくコテコテにやら
ないところが好感度大です。
老若男女で祝っている感じ
えっあんなモノが走ってる
みんなグラス片手でまさかの
飲み会🥂
こんなものが公道を走っても
いいなんて
かなりビックリ
夕方のツリーは
夜は素朴なライトアップ
超ハイテク仕掛けよりも、
これぐらいの方がホッとして
立ち止まって全ver見たかな
まだまだいろいろあります。
ぬくもりのある暖かい、誰に
でもやってくるクリスマス
2022年11月のオーストラリア
7日目。南オーストラリア州
にあるドイツ村ハーンドルフ
アデレードに来るたびに立ち
寄っているので今回で3回目
ドイツ国旗が掲揚されていて
なんでもかんでもドイツです。
ジャーマンスプーンという店
ド派手なドイツ国旗色の階段
ここはドイツ食材店でしたが
フランスやイタリアの物など
いろいろあったのは内緒(笑)
パケ買い需要に弱そうな独製
1839年の創村時からあるの
素朴な『1839』に説得力が。
ここも半切妻屋根ですね
見慣れない屋根が気になる。
前回来た時に食事をした店。
名前が変わりジャーマンイン
以前はアシエット(皿)というフ
ランス語名が目立っていた店
今はスペイン、イタリア、イ
ンド等いろいろな店もあり。
以前からあるインド料理店
ここも変わらない老舗パン屋
でも村は確実に大きくなって
おり、この宿泊施設も新築か
拡張か、とにかく新しそう。
週末の小旅にはもってこい
大通りのありとあらゆる場所
が商業施設になっている感じ
で、奥まった場所にも店が。
それがいかにも自然な感じで
コロナ禍中に村を挙げて練り
に練ったかのような、気づか
れにくいアップグレード
コロナのようなピンチのとき
に攻められるのが正しい経営
では。多くのビジネスはキャ
ッシュフローが止まって四苦
八苦。そこを内部留保を使っ
て攻めれば、四苦八苦な他の
地元企業の助けにもなるかと
しっかり宿題をやっていた
こんな消防署があったっけ
インフラも追いついている
ふと目に止まったマーケット
ポップマーケット
地元クラフターのハンドメイ
ドクラフトマーケット。洗練
されたセンスや精緻な造りに
驚き。ギフトやおみやげが必
ず見つかりそうな場所です。
目移りしたシュシュ専門店
生地選びのセンスがすべて
けっこう買っちゃいました(笑)
そして出会った美しいボード
この手の嵌め木は珍しくない
ものの、ここまで美しいのは
初めて見た気がします。どれ
もオイルで丁寧に磨かれてい
るばかりか、今や伐採禁止の
樹も多く、貴重な組み合わせ
じっくり話を聞き何点か購入
息子と友人のプレゼントにも
我が家にも2点買いましたが、
もったいなくて使えません
(※一番手前を購入。クスノ
キ、クルミ、ユーカリの1種
レッドガム、ラジアータマツ)
チラリと映っているのが制作
者のエロール・クラウチ氏。
見事なクラフツマンシップ
自宅の工房には膨大な数の木
材コレクションがあるそう。
私もクラフターの端くれ。材
料はいつも、いくらでもほし
くなるものなんですよね
ぜひまたお目にかかれますよ
うに🙏エロール、ありがとう
2022年11月のオーストラリア
7日目。前夜に南オーストラ
リア州州都のアデレード入り
この旅行記も40本になりまし
た。どこまで続くんだろう
この日もこんな天気でしたが
こういう天気こそクルマでし
か行けない場所に行くに限る
やって来たのは1839年から始
まったドイツ村ハーンドルフ
なぜオーストラリアの片田舎
にドイツ村ができたのかは、
記事にしているので
コチラで
そこに新しくできたスペイン
料理の店
コミダ。ここは以前
人気カフェだったはずですが
コロナ禍中に変わったよう。
半切妻屋根がオーストラリア
では珍しくドイツ風なのか
昔の写真でも半切妻です。
広々とした店内。カフェとい
うよりは完全にレストラン
巨大なパエリアパン。大のパ
エリア好きの夫は目がハート
シンプルな内装は配色の勝利
このコップもありそうでない
コロンとして手頃な大きさ
サワードウ好きの夫は再び
で、こうなる。バターも秀逸
これで2ドル(200円以下)って
ありえないお値打ちさです
さらに驚きの食材を発見
まさかのタコ🐙しかも地元産
さすが地中海料理。獲る人も
食べる人もいるんですね。NZ
はそこまで普及してないかな
私も迷わず大好物で。ベビー
コスレタスのシーザーサラダ
エシャロットたっぷりで非常
に丁寧な作り。味もピカイチ
これでオーストラリア標準サ
イズ(この2倍以上)あれば(笑)
ハーンドルフは市内から30
分もかからない距離なので
ぜひ次回は夕食で
雨も上がっていざ村歩きへ
かつての製粉所。今はホテル
オールドミル
なんだか一段と小ぎれいにな
ってアップグレードされた
インスタ映えが強化されて、
これは乗ってもいいらしい
アデレードもならハーンドル
フも3年7ヵ月ぶり。なんだか
村が広くきれいになっている
コロナ禍で閉店した店もある
反面、残った店や新しい店は
あの手この手でコロナの反動
を享受しているようでした。
(※ここはイタリア料理)
どこがどう変わったのかは以
前の写真とでも見比べないと
判りませんが、雰囲気をその
ままに、確実に村が拡張して
いるのを感じました。その高
度な再発手腕の見事さたるや
変わらないことに価値がある
ことを知り尽くし、自分たち
もその価値観を愛する人たち
の完璧な規律と調和の結実か
(※ずっと変わらない刃物屋)
ここも変わらないドイツバー
みんなめちゃ飲みそう~🍺🍺
ここは前回はなくコロナ直前
にできたビスケットカフェ
(※
ビーン&ビッキー)
前からあるキャンドル専門店
古くて新しい村を歩こう
2019年3~4月のアデレードも
11日目、最終日となりました。
最後に
アデレードアーケード
1885年の完成当時は南半球最
大のショッピングアーケード
で、シドニーやメルボルンを
凌いだ華やかなりし時代
滞在中に何回となく行ったり
通り抜けをしたりしました。
グレンフェルという大通りと
恒久ホコ天の
ランドルモール
を繋ぐ造りになっているので
通路代わりにもなって便利。
ちょうど復活祭の時期で飾り
もイースター一色(多色か
)
出入口の1915年創業の老舗
ヘイグスチョコレートで
前回
同様におみやげも購入
定番のイースターエッグ
さ、魚
ココはカエルモチーフも有名
どうも購買欲がそそられない
のは気のせいではなさそう💦
(※お財布に優しい店かも
)
イースター名物ホットクロス
バンのチョコレート版発見
うろうろしている時に小さな
アーケードの博物館発見
開業時はバルコニーと地下の
ティールームが話題になり、
創業を祝してポルカも作曲さ
れ、みんなで踊ったのかな
アーケードに住み着いている
といわれる、かつての管理人
だったフランシスの亡霊
1991年まであった毛皮専門店
ホダーズの帽子にあったロゴ
ハロッズ風なのは気のせいか
とはいえアーケードそのもの
がミラノのガレリア(1877年
開業)やロンドンのバーリン
トン(1818年開業)を参照して
設計され〇〇風あるある(笑)
左:ガレリア 右:バーリントン
ドームも15世紀イタリア風
を模した八角形なんだそう。
左:フィレンツェのドゥオーモ
右:ローマのサンピエトロ大聖堂
で、アデレードアーケード
国旗とコートオブアームズ
が掲げられオフィシャル感
アデレードアーケード紋章は
1880年代の数々のコンペを
経て決定されたそうです。
初代はエミューとカンガルー
がそっぽを向いていました。
アーケードはこれをオースト
ラリア全体の紋章に推してい
たのですが1901年に拒否され
1908年に決定した国の紋章は
エミューとカンガルーの位置
が入れ替わっただけで激似
それがアーケードとしては悔
しいやら自慢やら説明の行間
を読み取った〇〇風の時代
現在のコートオブアームズ
時代とともにデザインは変わ
っても2匹の位置だけは同じ
1976年にホコ天としてランド
ルモールが開業したときに、
この噴水がリアルシャンペン
タワーになったんだとか
1万人が集まったそうで、ヘ
ルメットですくう人も
1976年はもう中学生でしたが
そんな素朴な時代だったっけ?
1980年には火災が発生。隣接
するガイズアーケードが全焼
し両アーケードで200万豪ドル
の甚大な損失を出したそう💦
現在のガイズアーケード
床の市松模様が異なります
白黒がガイズ
ネットショッピングもなんの
その、19世紀の買い物の殿堂
は今も街の中心で威風堂々
最後の最後に駆け込んだのは
前回目を付けていたカフェ
チャオ・コーヒーバー
アデレードの最後の1杯と
古風なアーケードに似つかわ
しい、古風なマーマレード
目の前の手芸店のディスプレ
ーで19世紀にタイムスリップ
ティーコージー
今はコーヒーがぶ飲みのオー
ストラリア人がお茶を飲んで
いた頃を彷彿とさせる代物
多様性の時代に金髪の女の子
コアラは永遠なり
また来るね、アデレード
チャオ
アデレード2回目旅行記終了
長々とお付き合いありがとう
ございました~
2019年の2回目のアデレード
は滞在期間中に
テイスティン
グ・オーストラリアという食
の祭典の開催がありました。
行ってから知ったので、予備
知識ゼロ、下調べゼロでした
が街の至る所に宣伝があり、
見過ごすはずのない一大企画
直訳ならオーストラリア食展
とでも言うべき名前で、全国
展開なのかと思ったら、南オ
ーストラリアだけの限定企画
これは仙台で東北の食ではな
く、日本食展を開催するよう
な感覚ではないかと思われ、
州の食への自負を感じさせる
ネーミングだと思いました。
カンガルー島に行っている間
に始まり、帰る前にぜひ
と
勇んで下見に来ました
オーストラリアの地方部らし
く、シンプルでエコでお洒落
大きさもあってインパクト大
仮設でも凝っているセンス
温室のような特設会場での食
事が人気らしくSOLD OUT
催しの特設会場もあります。
ゴミの分別も厳格で、観光客
にも判りやすく助かります
出店が鈴なりで美味しそう
炭火で焼いているチキン
チキンの籠がグルグル回転し
ハワイ
の
フリフリチキン
と同じ原理と作り方で感動(笑)
どちらもこれで脂を落とす
チュックシャックという店で
チュック
はニワトリの俗語
こっちも豪快に焼いてます
オーストラリアだしワインの
名産地南オーストラリアだし
出店に見えない酒類の充実
ジン専門のバーもあったり
とにかく飲みには事欠かない
『渋い』デザートバーだそう
この薪は演出用❓暖房用❓
ベンツがドーンとスポンサー
熱心に見る御仁。1台いかが?
奥さんは距離を置いてます
日中から混み合いさすが1年
に1回の食の一大祭典なのか
昼間の下見を終え、鼻息荒く
夕刻に再びやってきました。
照明も兼ねた松明がステキ
お目当てのチキンをげっと
シーザーサラダも欠かせず、
夫はスリランカカレーに
地中海料理のタコ捕獲(笑)
薪は立派な暖房で、4月初の
アデレードの夜はかなり冷え
込んで火の回りは人気の席
専属火奉行が巡回していて、
すべて手慣れたものでした。
アデレードに来るなら4月
と2人で即決したイベントで
最後の夜を堪能しました
2019年3~4月のアデレード
も10日目となり残すところ
あとわずか、となりました。
この日は街中で見かけていた
この催しを観るために、
南オーストラリア博物館へ。
前回も訪れた充実の博物館
世界的に著名なイギリスの動
植物学者にして自然主義者の
デイビッド・アッテンボロー卿
卿が車型の潜水艦に乗って、
グレートバリアリーフに潜り
海の神秘を360度の視界と共
に自身の声で解説する企画
目で耳で楽しむバーチャルリ
アリティーのドキュメンタリー
2014年の撮影当時の卿は88歳
グレートバリアリーフには、
「地球で最も美しいところ」
と格別な思い入れがあるそう。
(※現在は御年95歳❣)
いつかグレートバリアリーフ
もゆっくりまわってみたい
と話しながらやってきたのは
ブタ🐷🐖たちが遊んでいる
一番の繁華街
ランドルモール
女性がブタに座って見つめる
プレスリーの銅像
ではなく銅像のように動かな
いスタチューパフォーマンス
何度も見かけた人でスーパー
でも会ったことがあります。
上半身は普通で下半身は真金
店じまいに出くわしたことも
動けないって大変そう💦
お疲れさまでした~
アデレードらしい光景を抜け
来たのは
アデレード中央市場
前回非常に気に入っての再訪
ちょうど150周年記念でした。
由緒あるアデレードの台所
夫も私もこのマーケット
が
大のお気に入りで、住んでい
たらしょっ中通っていそう。
清潔で端整で生鮮食料品がこ
こまで整然としているのは、
感動的ですらあります
ここは創業60周年
食品も手作りのものが多く
それがまた食欲をそそり、
見ても食べても愉しい
小さなレストランも軒を連ね
ここはカンボジア料理
ここはかなり大きなフレンチ
屋根裏が倉庫になっているら
しく折り畳みの梯子を出して
物を出し入れしているところ
すごく西洋な光景に思える
前回見つけた店が見つからず
まさかのマレーシア料理
マラッカコーナーという店へ
馬六甲(=中国語でマラッカ)
甘すぎずコクのある美味しい
ラクサで店主にお礼の一言。
食後に見つかった前回食べた
ビッグテーブル(笑)💦
あれからたったの2年なのに
私の食の志向がかなり変わり
おいしいパン
と新鮮な野菜
こういうものさえあれば
生きていけるな~
とつくづく思うようになり、
挟みモノ系好きの夫似に。
NZへの食品持ち込みはやや
こしいので買い物は断念して
カフェへ
家のようなこんな演出がまた
長居したくなる寛ぎの場所
惜しむらくは市場なので夜の
営業がほとんどないこと
日中にせっせと来ましょう
2019年3~4月のアデレード
9日目、カンガルー島5日目で
いよいよ島を離れることに。
西の観光の拠点だったカンガ
ルーアイランド・ウィルダネ
スリトリートともお別れ
ここも消失しましたが今頃は
再建が進んでいるでしょう
敷地内に池やブッシュがあり
ワラビーやコアラもいました。
最後の夜はクルマの灯りに向か
っておっちらおっちら出て来て
慌てて敷地内に停車して無事
に通過するのを待ちました。
それぐらい自然あふれる場所
最後の夜の感動体験でした
最後に敷地内で給油し、東へ
アデレードへのカーフェリー
連結のタンクローリーが首を
左右に振りながら後から乗船
運転手が神に見えました(笑)
何度も何度も
右に左に
終わったところで一般車両の
乗船開始で同乗者は別に乗船
(※なので写真が撮れました)
2回目は45分があっという間
みんな続々と降りて来て
ガソリンのタンクローリーだ
ったんですねぇ。ますます神
この大きさはNZでは見ません
アデレードに帰る途中で休憩
ティンシェッドカフェ
ティン=トタン
シェッド=倉庫/物置
という名前どおりのカフェ
オーナーがアメリカからの移民
ボリューム満点なメニューで
「カンガルー島❓行ったことない」
と言っては私たちのようにたった
今フェリーを降りて来たお客から
ウケ、鉄板ジョークなのかも
市内に戻って
「アデレードの子」
にチェックイン
今度も自室で
はなく同じタイプの部屋でした。
自分の部屋への道のりは遠い💦
その後は部屋でフッティー観戦
(オーストラリアンフットボー
ル、オージールールズとも)
楕円のボールを使っても
ラグビーとは違うスポーツ
ボールをもたない選手との接触
プレーなんてラグビーでは反則
ただただタフなスポーツで💦
ラグビーだったらレッドカード
並みのプレーが延々続きます。
それを防具もつけずにやるの
だから、まぁこうなります
この競技だけは永遠にオースト
ラリア人しかしないだろうなぁ
あまりにも危険すぎます~
だから面白いのでしょうけど。
国内リーグだけで大盛況
人形のような仕草の審判も有名
いつか生観戦しようと決定
2019年3~4月のアデレードも
8日目となり、カンガルー島も
4日目で観光もいよいよ終盤
島内観光の本丸
フリンダーズ
チェイス国立公園の中心をじ
っくり歩いた後、近くだった
のでフラっと立ち寄ったのが
ハンソンベイワイルドライフ
自然保護区(Hanson Bay Wild
life Sanctuary)という民間施設
ここはキャビンに泊まれる宿
泊施設があり、宿泊敷地内で
コアラが見られる場所なのか
と期待もせずにやってきたら
やたらにだだっ広い場所で、
カンガルーが飛び回っていて
「ココにコアラがいるの」
と思って三々五々人がいるユ
ーカリ並木に向かっていくと
いるもなにも『柵のないコア
ラ園』とも言うべき場所で、
どの木にもコアラがもれなく
ついてくる
という密集度。
1本1本が1軒1軒に相当する
ようで、ぐっすり寝てたり
お食事中
だったり
きょうだいで遊んでたり
地上から10ⅿ以上の場所での
暮らしがことごとく見える
(※カメラの望遠で、ですが)
こんな笑顔のカメラ目線
も
実はこんな高さの偶然の賜物
コアラの可愛らしさは想像を
超え、まさに動くぬいぐるみ
尾のないヒトの子どものよう
な丸いお尻と鋭い爪は印象的
床でも歩くかのように地上十
数メートルの幹を歩き回り、
木の股にすっぽり収まり熟睡
風で枝が揺れるので寝ながら
揺れていても大丈夫らしい
ハンソンベイはコアラ天国で
安全なせいか、フリンダーズ
チェイスと比べて動きが活発
高い所からスルスル降りて
目の前で止まってくれ
ユーカリの若芽をパクパク
葉っぱより美味しいのかな。
枝を伝って木を移動したり
地面に降りて移動したり
これなどまさに目の前でした。
こんな光景が見てみたかった
しかし、別の貴重な光景に遭遇
水飲み場でゴクゴク飲んでいた
テスラのロゴがあるカンガルー
そこにひょっこりコアラ登場
2匹とも固まって見つめ合い
カンガルーが逃げて行きました。
藪の近くで様子を見るカンガルー
いつでも潜り込める態勢
コアラはスタスタ歩いて行き、
目的のユーカリの木に到着
スルスル登っていきました。
歩くコアラを見られたのは感激
ハンソンベイのコアラは数が桁違
いで狂喜乱舞で写真撮りまくり
数えたら優に500枚以上でした💦
しかし、ここも森林火災で2020年
1月3日にほぼ焼失してしまい、多
数のコアラも犠牲になりました。
火災により島のコアラ5万匹以上
の90%が命を落としたといわれ、
ハンソンでは28匹をアデレード
の
クリランド自然公園に疎開させ
40数匹を手元に残し生態の回復
を図っているところだそうです。
楽園が1日も早く元の姿に戻り、
2度と火災に見舞われることなく
楽園であり続けられますように。
火災9ヵ月前の平和な姿を目に
できたことを幸運に思います
2019年3~4月のアデレードも
8日目。カンガルー島も4日目
まずはホテルのビュッフェで
軽く腹ごしらえをして
フリンダーズチェイス国立公園
に移動してカフェでコーヒー
コーヒーはエスプレッソ派
エネルギーチャージをして
遠出はせずにビジターセンター
周辺をじっくり歩くことに
一帯は10万年前までメガファ
ウナ(巨型動物類)と呼ばれる
超大型動物が闊歩した場所。
恐竜が絶滅した後の地球上で
最も大きな動物たちでした。
今はすべて絶滅しました。
カンガルーの古代種ステヌルス
は座ると3mにもなったそう
古代有袋類ディプロトドン
現存の動物ではコアラに近く
1日150kgの草木を食べ100kg
のフンで大地を潤したそう。
2番目の大きさの有袋類ジゴマ
トゥルスはサイに似ています。
これらを狙う肉食性ティラコレオ
オーストラリア最大の肉食有
袋類でそれ以外の草食巨大動
物の背中に飛び乗り、鋭い爪
や歯で攻撃しメガファウナ絶
滅の要因の1つといわれます。
イメージしやすいようメガファ
ウナのリアルサイズの展示も。
オーストラリアはとにかく有
袋類の大地だったんですね
遊歩道は歩きやすく丁寧な説
明もあり散策には最高です
顔が蛍光色の見たことのない
グレーのガチョウがたくさん
ロウバシガンというそうで
秋になると島の東側から渡
りをし(たったの150km💦)
ここで産卵するそうです。
なーるーほーどー
生涯同じ番でいるそうです。
島を襲った2019~2020年の
森林火災の惨状を知る今と
なっては、目を背けたくなる
写真ですが、その半年前の
訪問時には森林火災は2007
年に起きた過去の話でした。
2007年も2019年もこの国立
公園での落雷が火元となり大
規模森林火災になりました。
ということは島では今後も火
災が繰り返され、地球温暖化
の中で、頻度が更に上がる恐
れも十分考えられます。
しかし、焼け落ちた森
には
火災に強い動植物も棲み、
逞しく再生していくのです。
2007年の火災後
2019年4月現在
今は再び焼失し、この見晴台
も焼け落ちてしまったはず
幹が黒焦げでも枯れずに残る
樹木も多数あります。
小さい生き物はこうした木
の中に逃げ場を見つけたり
地面や沼地に潜ったりして
生き延びていくそうです。
鳥は飛び、足の速い動物も
逃げることができます。
最大の問題がコアラです。
こんな写真は胸が苦しい💦
しかし、身動きが取れない植
物の中にも逞しく生き延びて
いるものもあります。
この硬い殻に包まれた種のよ
うに耐火性があるばかりか、
火の熱や煙で成長が促進され
る種類や、火災後に雨が降っ
たところで最も肥沃で水分の
ある大地に種を落として再生
する種類さえあるそうです。
下草を焼き払うのも樹が大き
く育つには重要でしょう。
でも寝る場所なくなる
森林火災には恐ろしさと
重要性の両面がありました。
どうしても会えなかったのが
カモノハシ
会えたらラッキーだそう
オーストラリアにしか生息し
ていない「生きた化石」だそ
うで、鳥類、哺乳類、爬虫類
の掛け合わせのような動物。
この池にいるそうで忠告通り
静かに息を凝らして待ってみ
ましたが、会えずじまい💦
その前にすれ違った観光客は
「たくさんいたわよ~」
と言っていたのに、この差
銅像を写真に収めぜひ次回
水の中で火災を生き延びて
くれたと信じましょう