第3部 未知への挑戦(6) 安全のカルテ 土壌診断個別に処方

福島大に農学部はない。しかし、東京電力福島第一原発事故で根底から揺らいだ福島県の稲作を立て直すため、原子力災害の最前線にある「知」と「人材」の拠点として、早急に支援に乗り出さなければならなかった。
平成23年4月。福島大うつくしまふくしま未来支援センターが設立される。産業復興支援部門はまず、農地の詳細な放射線量マップを作り、土壌を調べることにした。調査と分析に基づいた科学的な知見を、浮き足だった生産現場に還元するのが目的だった。
チェルノブイリ原発事故では、周辺国に水田はなく、放射性セシウムが玄米に移行するかどうかのメカニズムは福島で解明しなければならなかった。昨年、東京大、東京農大と連携し、伊達市霊山町の小国地区(旧小国村)などの試験栽培に取り組んだ。土壌中のカリウム欠乏だけではなく、水田を取り巻く条件などの複合的な要因により、放射性セシウムが食品中の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超えていたことが分かった。
■ ■
「放射性物質の分布実態を把握することは食と農の再生に向けた取り組みの根幹」
自然環境学や地域経済学が専門で、農業復興支援担当特任准教授の石井秀樹(34)は昨年4月からJA新ふくしまと連携し、福島市の農地1枚ごとの放射性物質の分布実態を調べている。
土壌のガンマ線を検出する特殊な測定器を使い、これまでに福島市の全ての水田と果樹園のうち半数近い3万2716地点で計測した。測定器はセシウム134、セシウム137、カリウム40などの濃度と沈着量を定量評価できる。
農地ごとに地権者情報、耕作履歴、土壌の化学組成などをデータベース化し、放射性物質の分布マップを現在、作成中だ。「マップ作りは目的ではなく手段」と石井は強調する。目に見える形で分かりやすく情報を提供するだけでなく、土壌の特性とリスクを把握し、きめ細かな営農指導に役立てるのが狙いだ。
コメの全袋検査で比較的高い濃度の放射性セシウムが検出された水田を特定し、土壌のカリウム濃度や保肥力(CEC、陽イオン交換容量)などを解析すれば、水田ごとのセシウム低減対策が打てる―。水田の条件にかかわらず、各自治体が決めた分量のカリ肥料やゼオライトを画一的に散布するこれまでの対策と比べ、社会的コストと環境への影響を低減できると考えている。
■ ■
コメの全袋検査やカリ肥料の散布などをいつまで続けるべきなのか。
石井は(1)何年間も放射性セシウムが不検出(2)土壌の化学組成や放射性物質濃度の解析で移行が想定されない(3)科学的根拠を示し、社会的総意を得る―という条件で将来的には省力化、合理化を検討していくことが重要だとしている。
全袋検査や低減対策などに費やされる膨大な労力、費用、時間を減らせれば、基準値超えのリスクが高い水田に対策の重点を置くことができるからだ。
原子力災害の影響が長引けば、農山村の荒廃が進む恐れがある。「生産者は補償や賠償を受ける権利はあるが、究極的には農業の再開を望んでいる。研究者には土壌を診断してカルテを作り、対策を処方する責務がある」。石井は水田はもちろん果樹園の再生も十分に可能だと手応えを感じている。(文中敬称略)
2013/05/19 11:52 福島民報

福島大に農学部はない。しかし、東京電力福島第一原発事故で根底から揺らいだ福島県の稲作を立て直すため、原子力災害の最前線にある「知」と「人材」の拠点として、早急に支援に乗り出さなければならなかった。
平成23年4月。福島大うつくしまふくしま未来支援センターが設立される。産業復興支援部門はまず、農地の詳細な放射線量マップを作り、土壌を調べることにした。調査と分析に基づいた科学的な知見を、浮き足だった生産現場に還元するのが目的だった。
チェルノブイリ原発事故では、周辺国に水田はなく、放射性セシウムが玄米に移行するかどうかのメカニズムは福島で解明しなければならなかった。昨年、東京大、東京農大と連携し、伊達市霊山町の小国地区(旧小国村)などの試験栽培に取り組んだ。土壌中のカリウム欠乏だけではなく、水田を取り巻く条件などの複合的な要因により、放射性セシウムが食品中の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超えていたことが分かった。
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「放射性物質の分布実態を把握することは食と農の再生に向けた取り組みの根幹」
自然環境学や地域経済学が専門で、農業復興支援担当特任准教授の石井秀樹(34)は昨年4月からJA新ふくしまと連携し、福島市の農地1枚ごとの放射性物質の分布実態を調べている。
土壌のガンマ線を検出する特殊な測定器を使い、これまでに福島市の全ての水田と果樹園のうち半数近い3万2716地点で計測した。測定器はセシウム134、セシウム137、カリウム40などの濃度と沈着量を定量評価できる。
農地ごとに地権者情報、耕作履歴、土壌の化学組成などをデータベース化し、放射性物質の分布マップを現在、作成中だ。「マップ作りは目的ではなく手段」と石井は強調する。目に見える形で分かりやすく情報を提供するだけでなく、土壌の特性とリスクを把握し、きめ細かな営農指導に役立てるのが狙いだ。
コメの全袋検査で比較的高い濃度の放射性セシウムが検出された水田を特定し、土壌のカリウム濃度や保肥力(CEC、陽イオン交換容量)などを解析すれば、水田ごとのセシウム低減対策が打てる―。水田の条件にかかわらず、各自治体が決めた分量のカリ肥料やゼオライトを画一的に散布するこれまでの対策と比べ、社会的コストと環境への影響を低減できると考えている。
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コメの全袋検査やカリ肥料の散布などをいつまで続けるべきなのか。
石井は(1)何年間も放射性セシウムが不検出(2)土壌の化学組成や放射性物質濃度の解析で移行が想定されない(3)科学的根拠を示し、社会的総意を得る―という条件で将来的には省力化、合理化を検討していくことが重要だとしている。
全袋検査や低減対策などに費やされる膨大な労力、費用、時間を減らせれば、基準値超えのリスクが高い水田に対策の重点を置くことができるからだ。
原子力災害の影響が長引けば、農山村の荒廃が進む恐れがある。「生産者は補償や賠償を受ける権利はあるが、究極的には農業の再開を望んでいる。研究者には土壌を診断してカルテを作り、対策を処方する責務がある」。石井は水田はもちろん果樹園の再生も十分に可能だと手応えを感じている。(文中敬称略)
2013/05/19 11:52 福島民報